第4話 中也の長い夜
首領の部屋を退出し、長い廊下をしばらく歩く。
何も考えないようにして歩く。
もうそれなりに、距離を取ったであろうと、長年の感覚で確認してから、深いため息を落とした。
なんっなんだ。これ。
呪いか?呪いなのか?
あんのクッソ太宰が。次会ったらぜってぇ殺すっ!
くびり殺す。普通に死なせてなんかやらねぇからなっ。くっそ。
怒りの対象が的確なのか、単なる八つ当たりなのかはこの際全く無視する。とにかく昔っから気に入らねぇ奴だったんだし、相手も俺が嫌いだと公言している。普通の人間に対してだったら理不尽だのパワハラだの言われるようなイラ立ちのぶつけ方であったとしても、相手があのクソ太宰なら遠慮などいらない。盛大にとばっちりを受けさせてやる。とにかくむかつく。今すぐぶん殴ってやりてぇ。
「…ずいぶんと。…荒れていらっしゃるようで」
罵詈雑言は脳内だけで叫んでいたつもりだったが、何か漏れていたのか?
うっかり握りしめたままだった拳と不機嫌極まりない表情を直すつもりもなく、声の主を振り返る。
少々ばつの悪そうな顔をした広津柳浪が立っていた。
「お久しぶりですね。」
「おぅ。久しぶり」
「ご多忙なところ、お声がけしてしまい、失礼いたしました。…お気持ち、お察しいたします。」
「なにをどう『お察し』されたのか聞いてみたいところだが、藪蛇っぽいからやめとくわ」
「そのほうが、よろしいかと思います」
否定しねぇのな。このじいさんは。
「で?」
「…まぁ。なんというか」
「樋口を吊し上げにしたんだろ?まぁ…こっちもいろいろと『お察し』申し上げるけどさ」
「樋口君については、私も少々、可哀想なことをしたとは思っておりますが。…それにしても、脅しが通用しないというか、なんというか」
「通用しない?」
「ご帰宅されました」
広津の渋い顔を見る限り、樋口が帰宅したことだけが問題ではないようだ。
「指示さえあれば上司とて手にかける。という脅しではありましたが。その対象は樋口君のみならず。ということまでは言及しませんでしたし。その…つまり『察して』はくれなかったというか」
「樋口に『空気読め』っていうほうが無理なんじゃね?ある意味」
「私が期待しすぎた。ということでしょうかねぇ…」
確かに、回りくどい表現ではあったと思うんですが…と、広津は額に手を当て、深いため息をつく。
最古参といっても過言でないキャリアを持つ広津にとって、樋口のような、「上司として未熟」な人間を上に持ってしまうと、いろいろとやりづらいのはわかる。
ポートマフィアの世界において、指揮命令系統の乱れは致命傷になる。
トップダウン型の命令系統を無視し、立場として下の者が勝手な行動をするということは、組織の規律が破壊され、それが無秩序を生む。
生来が「常識とモラル」からかけ離れている人員で構成されているマフィアの世界における「無秩序」は「破滅」と同義だ。
首領も広津も、それをよく知っているからこその苦言だったはず。
「やることやって帰ったんなら、別に問題ないと思うが?」
「…芥川君への護衛指示もないままに帰宅されましたので…どうしていいものかと」
「あぁ???」
…いやいやいやいや。ちょっとまて。
「芥川君の指示により口封じしたカルマトランジットの残党の情報も、樋口君には伝わっているはずなのですが…そこまで考えが回らなかったのかどうなのか…」
危機管理っ!危機管理だよっ!
樋口っ!
きーきーかーんーりっ!
思わず両手で頭を抱える。…どうしてこうなった。
「そんじゃ何か?本当に芥川は、丸腰で寝てるのか?」
「上司の命令が何もありませんから、勝手に護衛を置くわけにもいかず。…はい。おっしゃる通り、丸腰です」
うーそーだーろっ?おいっ!
なんなんだこの状況はっ!
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