第20話 エロフ

 数日の調査と張り込みの結果、エルフが一週間に一度、アサーガのパスタ屋に来るという事が判明した。時刻は正午、この時間に現れるのだという。

 俺は路地裏から様子を窺い、ヴィータと作戦の確認をしていた。

 そこへ、フードを被ったやや小柄な女性が現れる。服は緑や黄色、茶色を基調としていて、なんとも森の民という印象がした。顔はよく見えないが、フードの隙間から覗く髪はサラサラの金髪で、左右からは尖った耳が生えている。短パンから見える脚部は白く、程よい肉つきで……俺は曲線美に見とれていた。間違いない、エロ……エルフだ。


「よし、ヴィータ、行け!」


「ラジャ」


 俺の合図でヴィータが飛び出した。彼女にやってもらうのはスラム街の少女役だ。お腹がすいた、何かをよこせとエルフに迫り、段々エスカレートしていくというものだ。最後、ターゲットに襲い掛かったら俺がエルフを助けに行く算段となっている。


「おなか減ったです……お金ください。何かくださいですー!」


「ヒッ、なに、この娘!」


 ゾンビのような振る舞いでエルフに詰め寄るヴィータ。エルフは驚いた様子で、後退りした。それを逃がすまいと、ヴィータが相手の肩を鷲掴みにする。


 まるで本物の乞食のようだ……。演技とは思えない。普段からやってるんじゃないか? いや、適役だったのかな。


 恵んでくださいですー、とにじり寄るヴィータ。対するエルフは声を震わせながら「やめて、こないで!」と狼狽している。台詞だけ聞くと薄い本みたいな展開になってきたが、もう少し待とう。


「くんかくんか……これは! これをくださいですー!!」


 ヴィータが目をつけたのは、エルフが背負っていたリュックサックだ。中に何か食品が入っていたのだろう。匂いを嗅ぐと、エルフの背後から襲いかかった。まるで野生動物のようである。


「イヤーーッ!!」


 地面にビタン、と倒れこむエルフ。衝撃でフードが外れ、顔が露わになる。金髪ショートカットの美少女エルフだった。その上に馬乗りになるヴィータ。真昼間の町内は騒然となった。

 思いの他ヴィータの演技が凄烈……というかマジなので、ちょっと早いが止めに入る事にした。もう少し成り行きを見ていたいという劣情に駆られるが……目先の欲望に囚われてはいけない。その先にある大義の為に、今は我慢するとしよう。


「おい、よせ! やめろ!」


 たまたま通りかかった体を装いつつ、俺は現場へ駆けつけた。リュックサックを齧る魔の物を退け……というか物理的に突き飛ばす。ヴィータはキャン、と鳴いてすっ転んだ。

 美少女エルフの方は背中を強打したようで、呻いていた。


「いたっ……」


「大丈夫かい!?」


 俺は膝立ちになって、手を差し伸べる。ついでに軽いボディタッチも忘れない。

 間近で見れば、美玉のエルフだ。目尻に涙を浮かべて……可哀相に、怖い思いをしたようだ。


 身長はヴィータよりも少し高いくらいか。貧乳ではあるが、貧乳というのは可愛さと美しさが同居している年代、すなわち十代の少女にとって一番魅力的なエッセンスであり……おっとイカンイカン、勇者タチバナよ、正気に戻るのだ。しかしこれは……控えめに言って最高傑作といっても過言ではない。


「むー……」


 見れば、ヴィータが膨れていた。ほんのりと涙目だ。なぜだろう、か……。どこで機嫌を損ねたのかは分からないが、演技は最高だったので親指をグッと立てておいた。

 すると、彼女は口を大きく開いて、怒りを露わにした。


「なんだかムカムカするですー!」


「えっ……うわっ! おい!?」


 何を考えているのか、ヴィータは口から火を吐き出した。咄嗟にしゃがむ。俺の頭上を真っ赤なブレスが通過していった。ビビッて口から短い悲鳴が漏れる。どうやら毛先に着火したようで、慌てて振り払った。

 避けていなかったら今頃……顔面がミディアムレアになっていたかもしれない。


 台本にないアドリブまで……ヴィータの意外な才能を開花させてしまったのか、俺は? しかし、今は未来のスター誕生に喜んでいる場合ではない。死ぬ一歩手前だ……って、またブレスが飛んできた。


「あぶねッ!! い、行くよ! 逃げるよ!!」


「え……あ、はいっ!」

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