第21話 ラフィリア・フォルジュ・ヴァンヴィエール

 エルフ娘の腕を強引に引っ張り、俺はその場から離脱した。尚も、追撃をしてくるヴィータ。後方から火の玉がボフン、ボフン、と飛んでくる。もう演技は充分なんだが……おかしい、目がマジだ。


 火球をかわして、走った。エルフ娘と二人で走る、走る。友の為、邪知暴虐じゃちぼうぎゃくの王を打破する為、雨の中、村を出て、野を横切り、森を潜り抜け、黒い風のように……は走っていないが、暫く逃走を続けた。

 振り返ると、ヴィータの姿はない。俺はエルフの腕を放すと、言い聞かせた。


「もう大丈夫……ところで」


 しまった。助けた後の展開を考えていなかった。なんて言えばいいんだ? どうやってラクリマを聞き出せばいい……考えろ、考えるんだ。


「ありがとうございました……急に襲われて……助かりました」


「ああ、そんな……ええねん」


 エルフ娘はぺこりと頭を下げた。騙しているので、良心がちょっと痛むが……俺は両手を振って誤魔化した。

 ふと景色を見ると、郊外の住宅街が目に付く。町の中心地からかなり遠ざかっていたようだ。

 最近気付いたのだが、妙に足が軽いというか……走るのが得意になった気がする。俺のペースが速かったようで、エルフ娘は呼吸を乱し、苦しそうだった。


「茶でもしばきに行こか? 奢るで?」


 すぐそこに甘味屋があるのを俺は知っていた。あそこなら外で座ってゆっくり出来るだろう。ヴィータが来なければ、だが。……流石に作戦を分かっているよな?


 俺はゆっくりと店に案内すると、エルフ娘を外のベンチに座らせた。年頃の女の娘は何が好きなのか、いまいち把握していない。だが抹茶やタピオカ、スムージー……このあたりが安パイだろう。女子が好きそうなアイスドリンクを注文し、エルフ娘に手渡した。


「ごめん、エルフが何好きなのか分からんかった。抹茶ラテで良かった?」


「どうも……随分と優しいんですね……」


 受け取ったエルフ娘。ただ、語調には若干の警戒心が感じられた。と言いつつも好意はありがたく受け取るタイプらしく、貰ったラテはしっかりと飲んでいた。


「それに、聞いたことのない訛り……」


 ひと口飲んで、そう呟くエルフ娘。どうやら俺は怪しまれているらしい。

 そりゃあ、見知らぬ初対面の人間がここまで優しくしてきたら、何か裏があるかもしれないって思うだろう。


「ああ、これは元居た世界の方言みたいなもので……あ、俺って転生者なんだよね。タチバナって言います」


 弁解しようと頑張るのだが、じとっとした眼差しでこちらを見ていた。この男は何を企んでいるのか、そんな顔をしている。


 気を遣ったのは本心なんだけどな……、打算があったのは認めざるを得ない。

 俺がどうしようか決めあぐねていると、エルフ娘はおざなりな口調で言葉を紡ぎ出した。


「言いたくないですけど、エルフに近づこうとする輩って多いんですよね……。人身売買だったり、体目的だったり」


「いや、違うからね! 俺は別に、そのぉ……アレだからね!」


 完全に否定できない所が惜しい。エッチなエルフはアダルトゲームで散々見てきたけど。今回は少なくとも……違う。いや「」って言うと、次回はエロい事を目論んでいるのか、みたいな言い方になっちゃうけど! 断じて違う、と付け加えるのだが、彼女はまだ疑っているようだ。それよりも不味いのが、会話を聞いていた甘味屋のおばさんが物凄い形相で俺を睨んでいるのだ。親の仇みたいな目で見ている。すぐにでも通報しそうな勢いだ。


「分かった……下心があったのは認める」


「ほら、やっぱり! ア、アタシの体が目当てなんですね!! さっきも舐めるような目でアタシの事見てたし! クズッ! 変態ッ!」


「違う! いや、違わないけど違う! はぁ……分かった全部話すから! ……あと、お母さん! 通報しないで!」


 俺は観念して口を割った。それと、甘味屋のおばさんが受話器を片手にこちらを凝視していたので止める。

 俺はエルフ娘にラクリマや族長、もしくは集落を案内してほしい旨を話した。すると、思いの他軽い返事が待っていた。


「いいですよ」


「え! 本当!?」


「悪人じゃないって事は分かりましたし。抹茶ラテのお礼。あと、ウチ、結構近くですから……よっ、と」


 エルフ娘はベンチから立ち上がった。ご馳走様、と言って店のゴミ箱に飲み終わったカップを捨てる。どうやらすぐに連れていってくれるようだ。


 なんだ……礼儀正しい子じゃないか。ババ様がエルフはどうのこうの言っていたから心配だったんだけど。さっきだって、「案内する代わりにお金、五千万ください」とかぼったくられるかと思った。性格が悪いとか言っていた気がするけど、優しい子も居るんじゃないか。


 今はまだ昼の十三時前だ。今から出発すれば、夕方くらいには帰れるだろうか。エルフ娘の後を追い、俺は歩き出した。


「アタシ、ラフィリアです。ラフィリア・フォルジュ・ヴァンヴィエール」


「ラフィリア、フォ……バン、バン……?」


「苗字がヴァンヴィエールです。長いのでヴァンでもいいです。フォルジュは部族名みたいなもの、かな」


「そうなんだ。エルフって名前がややこしいんだね」


「……そういえば、無知な転生者さんでしたね」


 エルフ娘ことラフィリアが教えてくれた。部族名……ミドルネームとは違うのか。確か、エルフは小さな集落ごとに生活をしているんだっけ。その集団一つを括ってフォルジュと呼称しているって所だろうか。流石は異世界アロファーガ、よく分からない社会形態だ。……あと、無知は余計である。


「ラフィリアはアサーガで何してたの?」


 俺が尋ねると、ラフィリアは嫌そうな顔をした。その小さな唇から「えー、いきなり名前呼び……?」という言葉が漏れる。……色々気に障ってしまったようだ。


「何って……週に一度、アサーガに食べにくるランチが楽しみなんです。あとはついでに買い物。……そしたら変なドラゴニュートに襲われたんですけど」


「……成る程ね」


 口を尖らせて言うラフィリア。


 ごめん、それ、俺の知り合いだわ……。


 明らかに不機嫌だから、これは黙っておこう。ラフィリアはヴィータに押し倒されているし、リュックも齧られているしな……今バラして、村に案内してもらえなくなるのは困る。


「まだ、何か隠してます?」


「いやいや! あの竜人は何だったのかな~、なんて思ってさ!」


 俺が誤魔化すと、ラフィリアは溜息を吐いた。エルフは勘が鋭いみたいだ……今後、言動には一層注意しなくてはならないようだな。


 郊外を暫く歩くと、山があった。大きさは然程ではない、雑木林といっても差し支えない程度の規模だ。

 ただ、木々が鬱蒼と生い茂り、昼間なのに薄暗かった。奥の様子は見えないが手入れが行き届いていると思われる。地面は整備され、樹木の生え方も人の手が加えられた形跡があった。


「ここです」


 ラフィリアが指差す。町からは数キロといった所か。案外近くにエルフは暮らしていたようだ。俺とラフィリアは山の中へと進んでいく。

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