第19話 泣いた赤鬼

 翌朝、ラクリマの情報収集に出掛けた。アサーガの町を練り歩き、出会った人や人外に話しかけてみる。日用品を購入する傍らだが、気さくに応じてくれる奴等が多かった。

 勿論、聞く側には相応の話術が求められるのだが、その点は問題なかった。これはきっと、元居た世界で培った俺のコミュニケーション能力に端を発している。……大阪で生活をすると、否が応でも口が達者になるのだ。

 まずは有翼人、竜人、エルフ……の目撃情報を聞き込みする。それとは別に変わった種族が居ないか、ラクリマという秘宝を知っているかも聞いて回った。

 ある時は暇そうな若者に、ある時は交番に。ある時は散歩している犬を触るついでに飼い主に……あの手この手でアサーガ市民から情報を聞き出す。


 ……有益な情報が幾つかあった。ハーピィやエルフはここアサーガの町に買い物へやって来るらしい。たまに見かける事があるそうだ。生活用品や、自分達の里で賄えない物品を調達しに来るようである。


 また、アロファーガにおけるエルフが住んでいる大方の場所も分かった。ハーピィはと言うと……不明だ。少なくともこの近辺には棲息していない様子である。


 あとは、竜人についても情報を入手した。竜人という種族は珍しく、数も多くないらしい。主にアサーガから遥か彼方、竜の里と呼ばれる土地で暮らしているようだが……俺は運が良かった。アサーガの町に住み着いている乞食が一匹居るようだ。外見は十代前半くらいの少女で、白髪でパーカーを着用。食べ物をねだったり、金品を要求してきたりするそうだ。路地裏のゴミ箱を漁っている事もあるらしい。


 うむむ、そんなヤツが居るのか……。

 一匹だけ里からはぐれちゃったのかな? まだ幼いというのに、可哀想なもんだ。……ちなみに白髪で少女の竜人とな?


 ふむ……。俺はそんな少女を知っているような……いやー、駄目だ、思い出せないわ。


「それ以外に何か見かけたりしました?」


 色々と教えてくれたおじさんに礼を述べつつ聞いた。現在午前十時。場所は町中にある小さな公園だ。

 真っ昼間の公園で、おじさんはワンカップ片手にブランコを漕いでいた。……尚、私服である。


「いやー、ないなー。……え、お兄さん、エルフに会いに行くの? やめといた方がいいよ」


「それは、何故ですか?」


 頭頂部の禿げ散らかした五十歳くらいの男性だった。人間である。目は光を失っている。哀愁が漂ったその背中が気になり、俺は声を掛けてみたのだ。すると、幸運な事に人外に対して博識な人物だったのだ。


 おじさんは幸運じゃないのかもしれないけどね……。


 俺が問うと、おじさんは口をへの字に曲げる。


「エルフはね、人間を見下しているんだよ。自分達は魔法も使えて寿命も長くて、おまけに美形だからね……」


 そう告げるおじさん。


 成る程……自分達は生物的に人間よりも優れていると思っているって事かな。

 まぁ実際、俺もエルフの方が上位互換だと思うけど。おじさんの言うとおり、美男美女だし。

 おじさん曰く、エルフは小さなグループで集落を築くらしい。協調をあまり望まず、数名の家族単位でしか群れないようだ。

 頭が良いから、相手の色々な所が気になったり、見えてしまったりするのかも。


 集落は各地にあり、この辺でも郊外ならひっそりと暮らしているらしい。森の周辺や山中に居を構えるらしく、これはやはり、エルフ特有の性質だと思われる。

 エルフの森があって、種族全員がそこに暮らしているってわけじゃないのね……。

 ラクリマを持っている族長に会いたいわけだが、そうすると、俺が立ち寄った集落には族長が居ないっていう可能性も出てくる。


「成る程ね……ありがとう、おじさん! これはお礼ね!」


 俺は礼を述べ、夜食用に買ったおつまみを置いていった。本当は自分で食べたかったけど、教えてもらった御礼である。


 エルフは人間の事が好きじゃない。と言っても、出会い頭に殺されるような事は流石にないと思うけど。嫌な目には遭うかもしれないって事だな。おじさんの忠告を頭の片隅に入れておかなければ。

 それよりも問題なのは、エルフのラクリマについてだ。譲ってもらえるのか、という疑問があった。更に大前提として、見つかるのかという問題が出てきてしまった。

 おじさんから入手した情報によれば、訪れた集落に族長が居ないかもしれない。住んでいるエルフに聞いてみて居場所が分かればいいけど……。

 エルフにとって宝かもしれないものを、見ず知らずの俺に快く渡してくれるかどうか……一計を案じる必要がありそうだな。……大丈夫、悪知恵は働く方だ。




 俺は帰宅後、ヴィータに話を聞かせた。エルフやハーピィについて、そしてその特徴について。もしかしたら異世界人のヴィータは既知の部分もあるかもしれない。しかし、俺がラクリマを探す旅に出ようとしている所から復習していく……彼女が忘れていそうな顔をしていたからだ。


 で……譲ってもらう為に、もしくは情報を有利に聞き出す為に、策を練る必要があると伝える。


「なるほど、そしたらカンタンですー。ご飯を奢ってあげるですよ」


 目の前の竜人は食い気味に答えた。


 いや、それは……もし成功したらチョロ過ぎるだろ。

 誰もが皆、お前みたいに食べ物でホイホイ釣れると思うなよ?

 ましてや、行き倒れているヤツか、知性の低いヤツ限定の作戦じゃないか。エルフは頭が良いんだって。


「いや……考えがある。それで、ヴィータには悪役をやってもらいたいんだけど――」


 俺の作戦はこうだ。町に買い物へ来たエルフ。そこに悪役のヴィータが襲い掛かる。「金を出せ」やら「食い物をよこせ」でも何でもいい。とにかく追い剥ぎ紛いの事をし、恐怖を与える。

 そこへやってくるヒーローこと、俺。危機一髪の所、無事エルフを救い出し、恩を着せる……という作戦だ。


 子供が考え付きそうな駄作といってはいけない。童話でも出てくる。確かによく耳にする作戦だし、これを実行したアニメや漫画は大抵の場合……失敗する。だが、心配ない。


「――名付けて、〈真・泣いた赤鬼作戦〉や」


 あの名作童話〈泣いた赤鬼〉は、子供達に戦略の大切さと立案の思想を植えつける為の思想教育なのだ。

 将来は立派な軍師となってニッポンを率いて各国と戦えるよう、小さな子供でも分かる精神的支配の手法が示されている。……失敗しているのは、ひとえに皆下手だからだ。俺ならば絶対にうまくやれる。それに、ここは地球ではない。こんな巧妙なマインドコントロールに気付く輩が居るとは到底……


「あ、童話〈タクティック・オーガ〉ですねー。同じのがアロファーガにもあるですよ?」


 いや、あるんかい。

 ま、まぁ……大丈夫だ。確かに、演者が三流では芝居も失敗してしまう。だが、一流の演技であれば見抜かれる事はない筈だ。昔、演劇部に所属していた。イケる。俺なら、イケる。


 悪役に抵抗があるのか、渋っていたヴィータだったが、「作戦が成功したら美味いものを食べさせる」という条件の下、協定を結んだ。

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