第12話 うるさいフクロウと狼と吸血鬼

 確信と共に俺は玄関を閉め、夜のアサーガへと繰り出した。

 出歩いて数分、すぐにコンビニエンスストアを発見した。予想通りである。

 アサーガにもコンビニはあった……のだが、夕方までしか営業していなかった。どうしようかと思っていた所、隣にある飲酒店が目に入る。バーのようだった。


 異世界のバー……どんな雰囲気だろう。


 心をくすぐられた俺は、大人の世界へと足を踏み入れる。入ってみると……内装はいたって普通だった。薄暗い照明の奥に、無数の酒瓶が並んでいるのが見えた。

 人間の客に混じって、夜行性と思しき獣人が居た。ウェアウルフやオーク等だ。


 バーテンダーはフクロウの頭部をした人間(?)で、カクテルを作っている。俺の姿に気付いたようで、「らっしゃあせぇ!」という、鬱陶うっとうしい江戸前寿司の店長みたいな挨拶をされた。

 テーブル席が数個に、カウンター席。俺は徐に空いていたカウンターに座る。すると「お兄さん、ご注文は!?」という至極元気なフクロウバーテンダー。外見とのギャップが甚だしい。


 ここはバー……なんだよな? なんだかイメージと違うのだが……安い居酒屋か焼き肉に来ているようだ。


 まぁ、気にする事ではないか。生前は大学生だったし、バーなんて殆ど入った事がなかったし。


「あ、じゃあ、この〈アサーガ・ダーティ・チルド〉で」


「あい、、一丁!!」


 よく分からない名前のカクテルを頼む俺。フクロウは復唱すると、慣れた手付きでシェイカーを取り出した。

 夜型だから元気なのかな。ガソリンスタンドみたいな接客スタイルが鼻に付くんだけど。……あと、その略し方はやめろ。


 と、隣で飲んでいた狼人間に話しかけられた。


「お、キメラの兄ちゃんじゃんよ」


「どもっす」


 狼人間さんは全身毛むくじゃらにパンツ一丁という、だいぶ攻撃的なファッションだった。前世の日本なら白黒のお洒落なツートンカラーの車が駆け付ける事だろう。

 ただ、俺は似合っていると思う。サーファーっぽい印象かな。……町中では物議を醸すだろうけど。


 ……話は変わるが、俺は生前ではゲームが大好きだった。ハードで言えばスーファミとロクヨン。一九九〇年代のキッズは皆そのとりこだった。


 特に好きなのが「裸にネクタイ姿のゴリラが、ワ二の敵を相手に暴れ回る」ソフトと、「クマとトリの痛快コンビがジグソーを集めながら悪い魔女を倒す」というソフトだ。どちらもイギリスのゲームメーカー、レア社が開発したタイトルである。後者のソフトはブラックジョークが満載で、独特のユーモアに富んだ作風が当時の俺を魅了してやまなかった。


 数々の名作を世に送り出してきたゲーム制作会社、レア社。その登場キャラクターは奇抜な見た目をしている事が多いのだが……何が言いたいかと言うと、目の前の狼男はレア社のキャラクターを彷彿とさせるという事だ。

 灰褐色の毛に身を包み、下は真っ赤なハーフパンツ。……ようは、上が全裸だ。気候的に、彼にとっては暑いのかもしれない。

 ビールっぽいものをジョッキで飲んでいる。


「ワーウルフか何かですか?」


「オレは狼人族ライカンスロープだ」


 俺が質問すると、ダンディな声で気さくに答える狼男。これも何かの縁、と色々話しかけてみる事にした。

 ついでに、俺は自らが転生者だという事を明かし、キメラの身体を直したい経緯を話す。それからラクリマについても尋ねた。


「グランド・ラクリマって言うんですけど」


「いや、聞いた事はないが。そっちの男に聞いてみりゃあどうだ――」


 狼男が指差すのはテーブル席に座る一人の人物だった。見た感じ、普通の人間のようである。

 歳は俺よりも上だろう。金髪で、白皙はくせきの男だ。切れ長の目に、高い鼻。……ホストかモデルか何かだろうか。


「――吸血族ヴァンパイアだ。長く生きてんだから、色々知ってんだろ?」


 ヴァンパイア! これは期待できそうだ。吸血鬼と言ったら、城で優雅に暮らしているイメージがあるが、ファンタジー作品では定番だ。場合によっては不老不死の輩も少なくない。

 史実や情勢にも詳しく、長い年月を経て蓄えられたその知識量は一目置ける事だろう。

 いやー、美少女じゃないのは残念だ……。


 紹介された男はこちらを見ると、微笑んだ。そしてキザな態度で言う。


「まぁ、知らないわけじゃない。教えてあげてもいいよ?」


 そう話す金髪吸血族。俺が期待していると、あでやかな瞳をこちらへと向けた。俺が女だったら落ちているかもしれない。そう思える程の色男だった。彼はテーブルに肘をついて続ける。


「……転生者の血って、飲んだ事がないんだよね。……君の血って、おいしいのかな?」


 何やら不穏な言葉を仄めかす吸血族。


「そういや、キメラの肉は食った事がなかったっけな……」


 吸血族に続き、狼男がそう口にした。二人はガタッと席を立つと、不気味な笑い声を上げながら、こちらへにじり寄って来た。

 危機を感じ、俺も即座に席を立つ。そこに出される、注文のカクテル、〈アサーガ・ダーティ・チルド〉。


「へいお待ち!! ――って、兄ちゃん、どこへ行くんでぇ!?」


「すみませーん!! 今度支払いまーす!!」


 食われてなるものかと、必死に逃げた。江戸前バーテンの声が聞こえてきたのだが、全力で走った。

 店のドアを勢いよく開け放ち、自宅に向かって逃走する。振り返れば……そこには二人の姿はなかった。追って来る気配はない。俺は呼吸を整えると、深い溜め息を吐いた。


 俺って、もしかして食われる側の人間なの?


 アロファーガって結構危ない異世界だったりして……というか、町中で人間が襲われる事ってあるのだろうか。

 警察は居るよね? 治安ってどうなってんの?


 分からない。分からない事が多過ぎる……。だって、異世界転生後、野原に放置だもの。行き当たりばったりで来ちゃったけど……ファンタジーの世界も現実となれば残酷なものだ。

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