第7話 旧友との再会

「ちょっと元気出たですかね?」


 早口で語る俺を置いて、ヴィータはどこかに行ってしまった。

 途方に暮れていた俺だが、神様は余程よほど俺の事が好きらしい。放ってはくれないようだ。


 急に、何やら物々ものものしい雰囲気になってきた。衣料品店には似合わない連中が来たと思ったら、旭日章きょくじつしょうの礼装を着た屈強そうな男達に囲まれたのだ。

 帽子にバッジ、手帳……警察だな、これは。やはりアロファーガにも警察は居たのだ。


「タチバナ・ジンだな?」


「え、ああ……はい。そうですけど?」


「アサーガ警察だ。お前に逮捕状が出ている。未成年者誘拐ゆうかい、それから強要並びに詐欺さぎ罪の容疑で逮捕する!

 犯罪のオンパレードか、この野郎!」


「はぁッ!?」


 どういう事!? 逮捕って……何もしてへんがな!

 強要? 詐欺? ……おかしいおかしい!!

 喫茶店で値切った事? だとしたら、マスターも同意の上やぞ!?

 それに誘拐て……違いますよ!!


 試着室の前で全裸になっている俺を見て、警察官は舌打ちした。害虫を見るかのように冷ややかな視線を浴びせてくる。

 俺は無罪だ。今でこそ全裸にはなっているし、説得力に欠けるかもしれない。だけど……。


「違うんです。まずは話を……!」


「一緒に来て貰うぞ、さぁ!」


「や、ちょっとやめてください! 俺が何したって言うんですか!」


 あれ、ヴィータどこ行った!?

 誘拐なんかされてないって説明してくれ!!


「抵抗するな! 逃げられないぞ!」


 肩をがっしりと掴まれたので、思わず振り払った。すると尚も食い下がってくる。

 逃げていないんだけど、そっちが乱暴しようとするから後退せざるを得ない。

 これ、公務執行妨害になるのではなかろうか。体中から嫌な汗が噴き出してくる。あと服を着させてくれ。頼むから。

 そんな俺の事など、どこ吹く風。店の向かいにあるアイスクリーム店のショーウィンドウを眺めているアホを発見した。


「ちょっと、ヴィータァァァ!!!!」


『あ、逃げたぞ! 〈キメラマン〉が逃げたぞッ!!』


『追え!』


『待てーッ! キメラマン!』


 冤罪えんざいだって証明しようとしているだけなのに、ヴィータを連れて来ようとしただけなのに。何やら想像を絶するスピードで物語が加速しているようだった。

 捕まったら終わりだ。話は聞いてくれない。

 路地裏に入り、やり過ごそうかと考える。その道中、肝心かんじんのヴィータは見失ってしまった。


『居たぞ! キメラマンだ!』


『確保! 確保ーッ!』


 逃走もむなしく、数名の男に組み伏せられた。物凄い圧力で、咳き込む俺。視線の先には、奇異きいの目で見てくる見物客。

 すぐに手錠を掛けられて自由を奪われた。

 午後一時、容疑者確保。

 立花ジン、捕まりました。


「もしもし、ただいま確保いたしました! ――はぁ、なんと……転生者ですか?」


 俺を取り押さえていた警官の一人が、誰かと通話しているようだった。

 相手は上司だろうか。分からない。とりあえず、重いから早くどいてほしい。このままだと圧死しそうだ。


「ハッ、ではただちに連れて参ります!」


 話していたそいつは、デカイ声で告げる。

 それから強引に俺は立たされ、布を乱雑に投げつけられた。羽織はおってろ、という事だろう。血圧の高そうな中年の警官が俺の肩を鷲掴みにすると、顔を近づけて威圧してきた。


「今からお前を国王様の所へ連れて行く!」


「はぁ? また、何ででですか……」


「貴様が国王様の古いご友人に似ている、という情報があったからだ。早くしろ!」


 背中を突き飛ばされ、警官共に連行される俺。

 ジャージもバイトの制服すらも失い……靴もいていない。ポケットに入っていた全財産すらも試着室の中なんだが……。

 俺は布を被り、トボトボと歩き出す。傍から見れば完全な犯罪者。心境は最悪だった。




 向かったのはアサーガの中央に鎮座する、あの城だ。

 石造りの重厚な壁に囲まれ、柱や塀などの装飾はヨーロッパの歴史的建造物を匂わせる。

 門を潜り、廊下を抜けて進んだ先は一際広い部屋だった。とんでもなく高い天井、高級感溢れる調度品。壁にめ込まれたステンドグラス。黄金に輝くシャンデリア。


「大聖堂だ。奥に居らっしゃるのが国王様だ」


 警官は耳元でささやくと、立ち止まった。俺が振り返ると、あごで前を指す。先に行けって事か。

 背後の警官を一瞥し、ゆっくりと歩き出す。目を凝らすと、前方に誰かが居た。赤の外套がいとうに身を包み、金の王冠をいただく人物。国王だろう。


 歳は俺と同じくらいで……メガネをしており、あれ?


「え? 和田君!?」


「やっぱり、立花君だ!」


 国王の姿を見て唖然あぜんとした。目の前の君主が俺の中学の同級生、和田君だったからだ。

 貧乏で有名だった和田君。シャツを着古しすぎて薄い皮膜みたいになっていた和田君。いつも乳首が透けていた。

 今や分厚くて上質な衣服をお召しになっている。だけど見紛みまごうことはない。だって、メガネが当時のままなんだもの。


「和田君、そのメガネ……」


「フフ、形見だから捨てられなくてね」


 片方しかレンズが入ってないのに……。

 きっと裕福になった今も、当時の貧乏生活を忘れないよう自らへのいましめとして掛けているんだ。

 なんて泣ける話なんだ。


「っていうか、和田君が何故ここに……」


「ぼくは貧乏すぎて餓死して……。十五歳で死んで、この世界に転生してきたんだよ。君こそ一体何を……驚いたよ」


「いや、俺は……その……」


 俺は暫く、和田君と語り合った。

 バイト中、冷凍庫に入って遊んでたら死んでしまった事。転生したら足が鳥みたいになっていた事。

 それからキメラマンなどという、妙な仇名あだなを付けられて追われている事。すごく言いづらかった。


「そっか……お金はぼくが何とかするよ。それに罪状も取り消すよう伝えておく。

 立花君には昔お世話になったし。借りが返せて嬉しいよ!」


「あ、ありがとう……!」


 当時あんなにジリ貧だったのに、なんて頼もしいんだ。まぶしすぎて直視ができないくらいである。

 天は人を見ているんだな。前世で貧しい暮らしだった和田君には最高級の地位と財産を与えたって事か。


 知り合いとアロファーガで出会うなんてビックリしたけれど。ともあれ、これで冤罪は解けただろう。お金も工面くめんできた。

 あとは……この足をなんとか出来ないだろうか。せめて関節が曲がる方向だけでも直してもらいたい。


「それなら、何でも知っている〈ババ様〉って人が町の北に居るから、会いに行くといいよ」


 なるほど。その人に聞いてみれば良いのか。

 俺は深謝しんしゃし、大聖堂を後にした。警察官と目が合う。フン、と鼻を鳴らす彼。俺はドヤ顔でもって、別れを告げたのだった。


 そういえば、ヴィータはどこに行ってしまったのだろうか。

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