第6話 人外になる

 喫茶を後にした俺とヴィータは、近場の衣料品店を訪れた。

 目下、俺はバイトの制服のままだ。ヴィータはと言えば、薄汚いパーカー。

 とりあえず安物でいい。パン屋と喫茶店で物価は粗方あらかた分かった。安い衣服なら買えるだろう。


「これでいいか……」


 俺が手に取ったのは、上下セットのジャージだった。黒を基調として、蛍光色のラインが入っているシンプルなものだ。

 セール中で余計に安い。ヴィータ次第ではもう一着ぐらい買えそう。

 そんな彼女は何を買うべきか迷っているようだ。まだまだ時間が掛かりそうである。


「ヴィータ、俺、試着してるわ」


「あ、はいですー」


 試着室に入り、カーテンを閉める。鏡の前に立つと、転生前の俺の姿がそこにはあった。中肉中背、身長百七十センチメートル。黒色の短髪。

 とはいえ、サイズが合うかは別問題だ。俺はバイトの制服を脱ぎ捨て、ジャージを着てみようとした。すると――


「ホワッツ!!??」


 異形いぎょうの姿があらわになる。俺の下半身が鳥のようになっていたのだ。


 裸になって分かった。下半身が大量の毛に覆われている。

 ヘソの辺りから大腿だいたい部まで、フサフサの茶色い毛がしげっている。


「え、ウソ、ええぇぇぇッ!?」


 マッ!!?? こマ!!??

 マッッッ!!??


 なんせ、膝から下が酷い。すねには毛が生えていないが、爬虫類のようなうろこおおっていた。関節もおかしい。人間とは逆の方向に曲がる。


「えっ、ちょっ……足の指……!?」


 靴下も脱いでみる。足の指が三本しかなかった。

 これでは、まんまトリだ。しかも下半身だけ。……いつから? ずっと?

 あまりのショック故か、体に力が入らない。頭がクラクラする。


「ちょっ……ヴィータ、これどないなってん?」


「キャーッ! 服を着てください!」


 試着室のカーテンを開けた所、ヴィータが悲鳴を上げた。顔を赤らめ、手で顔を覆うヴィータ……なのだが、指の隙間からバッチリこちらは見ているようだ。


「いや、これ……下がトリやねんけど」


「えぇええぇぇと……トリですね! あれ、付いてないですね……?」


「付いてない?」


 付いてないって、何が? ああ、その……ナニ的な?


 本当だ。チ○コもないわ。


 そっか、トリだもんな。鳥類は生殖方法が人間とは違うからな。中学だか高校で習ったわ。お尻からタマゴを生むんだよね~……って、ちゃうわボケ! エマージェンシーだっつうのコレ。

 あ、でも尻の穴はある……。


「転生したら人外になってもうた」


「ほほうー、面白人間さんですー……」


 興味深そうに俺の下半身を見つめるヴィータ。鏡に映ったもう一人の俺は、青い顔でこちらを覗いていた。


 俺の上半身だけがアロファーガに転生してきたって事だろうか。


 思い当たる節がバリバリあるんだけど、あの天使、ガブリエルとか言ったか。アイツ「間違えちゃった!」とか抜かしてたよな?

 まさか、下半身だけ現実世界に残ってるんじゃないだろうな。

 ……だとしたらスゲェ怖い。冷凍庫に足だけ残ってるって事だろ?


「うーん、転生する際、この世界で余っていたパーツで再編されたのでは?」


「余ってたってどういう事や。余り物ちゃうで!」


 いや、でもヴィータの言う通りかもしれない。有り得る話だ。

 この世界に受肉するにあたって、俺の肉体を再度構築する必要があった。その際、どっかのバカ天使が失敗したのだろう。下半身だけ転生されなかった。

 無の状態から生み出す事は出来なかったのか、アロファーガに存在するパーツで補おうとしたのだろう。つまり、ヴィータの言うように余ってたもので、だ。


「余ってたって……まさか死体!?」


 暫し考えて、その結論に至った。

 俺の輝かしい異世界生活は、開始数時間で幕を閉じたのだ。さらば、愛しき薔薇ばら色のセカンドライフ。

 別にチ○コがないのは百歩譲っていいとして、下半身が鳥って……こんなん、キメラやで。


「思ってたんと違うわ……」


 可愛いケモミミ美少女が全然見つからないのも、まぁ一億歩譲っていい。だけど、こんなの……こんな仕打ちはあんまりだ。

 俺がナニをしたって言うんだ。……いや、バイトテロだけどさ!

 神様はちゃんと見ているんだね。悪い事をした人間への天罰なんだね、これは。


「はぁ……」


「元気出してください、タッチー」


 泣き出しそうな俺をヴィータがなぐさめる。

 パン屋で猪娘が言っていた。――あなたもクリーチャーですよね、と。

 きっと、この事を意味していたのではないか。多分、転生してからずっとこのダチョウみたいな足だったんだ。


「下半身を直す魔法とかないの?」


「か、下半身を魔法ですか」


 いや、その……ED的な意味ではなくて、さ。そもそも付いてねーし。


「治癒魔法なんかはあるですけど……特殊なのは難しいかもです」


 薄々勘付いていたんだけど、どうやらこの世界、アロファーガでは魔法が発達していないらしい。

 だってそうだろう。町を歩く人間が居る。料理を人力で行う。それらは魔法が発達していない事を意味する。

 瞬間移動すればいいし、何も無い空間から料理を出せばいい。落下する粉チーズやパンを、静止させればいい。


「少なくとも下半身をヒューマン、人間にする魔法は聞いた事がないです」


 ヴィータが補足した。それはこの先の絶望的な未来を如実にょじつに物語っていた。


 ファンタジーだと期待したのに。散々な目にしか遭わない。

 ガブリエルは魔法が使えていたのになぁ……。


「こんな事になるんなら、別の世界に行きたかった……」


「そういやタッチー、転生先を選べたって言ってましたね。なんで、アロファーガなんです?」


 俺がこの世界を選んだ理由? それは……俺が人外娘フェチだからだ!!

 獣人にエルフに人魚、ハーピィ、それからサキュバス……ホホッヒ!!

 ケモ耳、人外美少女はファンタジーにとって付き物だ。

 猫耳ブームで言えば、一九八〇年代頃から始まったアキバ系文化が発端かもしれない。だが、猫耳文化の発祥自体は一九六〇年代~一九七〇年代と言われている。これは諸説あるがな。

 だが、聞いて驚け。猫耳という概念の誕生は一八〇〇年代の歌舞伎までさかのぼる。更に大昔の鎌倉時代から、日本では猫のキャラクターが茶の間に親しまれていたのだ。つまり……


「つまりだな。猫耳、それに通ずる獣耳を愛するというのは日本人にとって必然なのさ。俺はその必然を求めてここへ来た!」


「はぁ」


 今や多くのケモ耳美少女が地球上には存在している。二次元に限定されるのは言うまでもないけど。

 猫に始まったそれは狐、狼、妖精、ドラゴン、それから悪魔、爬虫類、昆虫、機械……と幅を広げ、この世のありとあらゆる物を美少女に変えた。無機物有機物を問わず受肉させるクリエイターの手腕しゅわんは流石と言わざるを得ず、そのエッッッ!! な画像には息子がいつもお世話になっていたものだ。

 再三、断っておく。人外フェチと言っても俺はケモナーではない。

 イヌ、ネコ、動物? くだらん、絶滅しろ。


 ……まぁ、それは冗談だが、森羅万象は擬人化させる事が出来るし、ガブリエルに導かれたこの世界には期待していたのだ。


 ついさっきまではな。

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