第5話 極貧少女ヴィータ

 俺は人外娘を連れて路地裏から出て、適当に目に入った飲食店の暖簾のれんをくぐる。入ったのは喫茶店だ。

 働いているのは人外ではなく、人間だった。しぶめのマスターが一人で営んでいるようである。

 店内を見回してみる。テーブル、窓、時計。秒針は昼を指していた。


 そういや今が何時なのか、全く気にしていなかった。


「ほら、席に座って」


「ふぁい……」


 椅子に人外娘を座らせる。元気がない。今にも死にそうだ。

 メニューをざっと眺めて、ミレニアムサンドとかいうサンドイッチとコーヒーを注文する。マスターは丁寧にお辞儀をしてから、準備に取り掛かった。


 ……あれってコーヒーマシンだよな?


 俺が見つけたのはマスターの近くに置いてある機械だ。鉄製の外観に透明のポットが付属しているものである。

 アサーガの町に来てから分かった。異世界と言うと中世のヨーロッパ的な世界を想像しがちなのだが、時代的には地球の歴史で言う近代から現代といって差し支えない。無論、地球とは別世界である。だが、地球に存在する調度品や生活用品も多く散見される。

 それは文明というか、既存のカテゴリー全てにおいて該当するようで、コーヒーマシンもあれば、ワインもある、という事なのだろう。

 まぁ、人間が居るのだから、そういうものだ。地球と同様の進化・発展を遂げ、あまり遜色そんしょくのない文明を築いているのかもしれない。


「この辺て、電車とか通ってます?」


 マスターに聞くと「ありますよ」との事。成程……やはりそういう事らしい。


 ちなみにこの世界は【アロファーガ】という名称のようだ。これは町民の会話や、町中で見かけた文言もんごんから推測される。

 この店のうたい文句にも「アロファーガ史上最高の~」とか記載があるし、そう呼称されているのだと思われる。


 あとは……目の前の人外娘に恩を売って、色々と聞き出す事にしよう。

 よく見れば端正な顔立ちだ。金色の瞳で、爬虫類のような瞳孔をしている。

 出されたミレニアムサンドを少女はキラキラとした眼差しで見つめていた。俺が食べるよう勧めると、間髪かんぱつ入れずにむしゃむしゃと食べ始める。


「自己紹介がまだやったね。タチバナです」


「わたしはヴィータですー!」


 俺はコーヒーを飲みながら、ヴィータと名乗った少女はサンドイッチをみながら、互いに挨拶を交わした。

 凄い食べっぷりだ。ミレニアムというだけあってかなりの大きさだったんだが……、すぐに完食してしまいそうだ。

 そんなヴィータを眺めながら、俺は続ける。


「信じてくれないだろうけど、俺……別の世界から転生してきたのよね」


「ああ、そういう人は居ますですね。じゃあ、転生者さんですねー」


 え、そうなの?

 言ったら「コイツ、頭がどうかしてるんじゃね?」とか思われると心配してたんだけど。やっぱりファンタジーの世界なんだな。


「あ、そうなんだ。ちなみにこの世界ってアロファーガで合ってる?」


「ふぇ、そうですよ?」


 皿の上のサンドイッチをガツガツとむさぼりながら答えるヴィータ。その口元からは、鋭利そうな牙がのぞいていた。

 ヴィータの背中からは一本の尻尾が生えており、それがゆらゆらと揺れている。


「ヴィータって、何人なにじん?」


「何人かと言われると、竜人りゅうじんですー。ドラゴニュートとも呼ばれてますよ?」


 竜人とな!

 竜人……竜族、竜種って所か。猪の次が竜って、何か急な気もするけど。

 個人的なイメージでは高貴で知能が高くて、強いって感じがする。目の前の少女からは全然伝わって来ないけどな。

 あと長寿って感じがする。……もしかして、結構歳が行ってたりするのか?


「そういやさ、何で行き倒れてた?」


 年齢とか出身とか、聞きたい事は山ほどある。

 けど、無我夢中で頬張ほおばる彼女を見ていると、邪魔するのもちょっと悪い。


「貧乏なんですー」


 ミレニアムサンドをペロリと平らげ、そう言った。

 そうだよな。金があったら飢えたりしないよな。

 ……ところで、食べ終わった皿を舐めるのはやめてくれないかな?


「あああ、あの、おかわり貰えますか!?」


 爛々らんらんとした目でヴィータが言う。

 対照的に、俺の目は死にかけていた。

 マスターをちらりと見ると、お互いに無言で頷いた。

 どうやら二皿目を作ってくれるらしいが、財布が心配だ。足りなかったらどうしようか。


「おかわり二つください!! ……なるはやで!!」


 アホか! 勝手に追加すな!

 ……と言いたいところだが、人外娘は好きだし、可愛いし。今回だけ。そう、今回だけだ。これは投資で、必要経費だ。


 マスターも大慌てだ。フードファイターの登場に翻弄ほんろうされている。

 それで、かすもんだから調理スピードが既に尋常じんじょうじゃないレベルに達しているし、手付きがあやうい。


 そんな折、マスターの腕が近くに置いてあった袋に当たった。袋はそのままカウンターから落下して、俺達が座っている付近の床にドサリと音を立てて中身をブチけた。

 中に入ってたのは粉末。匂いからしてチーズのようだ。

 突然の出来事にちょっとびっくりした俺。自責の念にられるマスター。それらを余所よそに、椅子から飛び出すヴィータ……。


「まだイケますぅ~!!」


「あ、おい!!」


 そいつは、床に散らばったチーズパウダーを這いつくばって舐めていた。


「やめーや! バッチイで!!」


 俺は床からヴィータを引っぺがして、マスターに謝った。マスターはといえば、いやしすぎるロストジェネレーションの登場に硬直していたようだが、すぐに気を取り直すと調理を再開した。


 えぇ……何、この子。貧乏が過ぎる。極貧少女やで。


 いや、待てよ。俺が元居た世界の大阪も貧乏でヤバイ奴が結構多くて……そういや、中学の時も居た。

 和田君ってのが居たんだけど、半袖のシャツを買うお金が無くて、長袖の腕を切り落としていたし、一人だけ体操着が三世代くらい前のバージョンだったし。皆で駄菓子屋に行った時、お金がなくて地面のアリを捕まえて食べていた。

 ある時そいつの家に遊びに行ったら段ボールが床にいてあって、「これ何?」って聞いたら「ベッド」とか言っていたっけ……。

 都会から引っ越してきた俺にはインパクトが強すぎたし、学費が払えなかったのか和田君は途中から姿を見なくなったんだけど。


 ヴィータを見ていると、どことなくそんな和田君を思い出す。

 和田君……メガネのレンズが片方なくなってるのに買い換えるお金がなくて、ずっと掛けていた和田君……。


 おっと、話が逸れた。


 ふと正面を見れば、ヴィータは落ち込んでいた。

 キツめの口調でしかってしまったからか。

 怒った時とか驚いた時、瞬間的に関西弁が出ちゃうんだよね。


「それって、パーカー?」


「あ、これですか。これは捨てられてたヤツをですね……」


 着ている服がずっと気になっていた。どう見ても地球人のソレ、白いパーカーなのだ。

 異世界のドラゴニュートが着ている服じゃないよね。

 ちょっと待った。今、なんて……捨てられたパーカーを拾ってきて、着ているって事?


 よく見ると、泥とかが付着している。

 匂いはしないからセーフだろうか。

 俺と同じように地球出身の〈転生者〉とやらが居て、そいつが着ていた服なのかもしれない。


 よし、決めた。乗りかかった船だ!

 どうせ俺も服を買いに行こうと思っていたし、この後ヴィータの服も買いに行こう。


 俺達はその後、軽く雑談を交えてから会計を済ませた。

 ウィンナーコーヒーが一つに、ミレニアムサンドが三つ。

 代金が支払えなかった。

 正確に言うと所持金は足りているのだが……恐らく、服が買えなくなる。そこまで計算し、マスターに値切り交渉をする。

 誠心誠意せいしんせいい懇願こんがんする事で、俺は代金をまけてもらったのだった。

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