第8話 キメラマン

 無事に釈放された俺は北へと向かう事にした。

 だが俺を待っている現実は惨憺さんたんたるものだった。


「見て、キメラマンよ……」


「裸で少女に近づいて『ホラ、俺のこれ、どうなってる?』とか言っていたらしいわよ!」


「まぁ! ケダモノ!」


 まずい。事態は非常に良くない方向へと転がっているようだ。

 アサーガ町民の間で、どうやら歪曲わいきょくされた俺の噂が流布るふされてしまっている……。


 違うんだ。そんな……いや、確かに裸でどうなっているかと尋ねた覚えはある。だが……あれ、そうすると事実なのか?


 いや、妙に脚色されている。それに、「ケダモノ!」とか叫ぶ獣人の奥さん。アンタのほうがケダモノだよ、俺からすれば。


 和田君、もとい国王から服は貰った。ズボンも貰った。真っ当な見た目をしている。なのに何でそんなに一目瞭然なのか。

 俺ってそんな判別しやすい顔している? いや、してないよな。

 ひょっとして匂うのか……!? 

 皆、俺の事を見て一目散にキメラマン、キメラマンって。


「あ、タッチーだ」


 おや、ヴィータの声がする。


 ふと上空を見上げると、ヴィータの姿があった。

 身体の両脇の辺りからカッコイイ漆黒の翼が生えていて、バサバサと羽ばたきながらこちらへ飛んでくる。

 そして着地すると同時、翼を折り畳んで収縮させた。


 飛べたんだ……まぁ、竜種みたいだし当然か。


「ヴィータ、どこに行ってたんだ。俺は酷い目に遭ったぞ……」


「服買ってたら見失ったですー」


 全く、悠長なものだ。というか、買った?


 あれ、その服……着ている服が変わっている。濃いグリーンのパーカーになっている。

 コイツ、俺の金で買い物していやがったな? ……まぁ、元々買ってあげるつもりだったけど。

 それにしてもよく俺が城に居るって分かったな。


「タッチー探すの苦労したです。特徴と〈キメラマン〉って言って、色んな人に聞いて回ったですー!」


「いや、お前か!!」


 余計な事をしてくれたようだな、この小娘は。

 お前のお陰で、俺はアサーガの町においてキメラマンとして完全にデビューしてしまった。


 俺はヴィータから財布をもぎ取ると、ポケットに即行でしまった。「あとこれも……」とバイトの制服を手渡されたので、それも受け取っておく。

 不貞腐ふてくされた俺は足早に歩き始める。その横を、ヴィータはくっ付いて歩いてきた。


「王様、知り合いだったですね?」


「まぁな」


「これからどこ行くですか?」


「町の北に居る、ババ様って人のとこ」


 無邪気そうに竜人の少女はくるりと回ってみせた。

 どうやら喫茶店の一件で、完全に懐かれてしまったようだ。

 こいつには警戒心というものがないのだろうか。今日出会ったばかりの俺に対し、信頼し過ぎだと思う。

 少女は大きく翼を広げると、宙に舞い上がった。


「おいしそうなピザ屋さんには?」


「行かない」


「お菓子屋さんには?」


「行かない」


「アサーガ焼き屋さんには?」


「……気になるけど行かない」


 頭上を飛ぶヴィータが次々と質問を浴びせてくる。


 ……さっきから食べ物ばっかりか。どんだけ食い意地が張ってんだ。この娘は。

 ヴィータの距離の詰め方がエグイ。というか、ちょっと鬱陶うっとうしい。

 はたと疑問に思ったのだが、ヴィータに親は居ないのだろうか。


 ……いや、やめよう。想像しない方がいい。


「タッチー」


「うん?」


「お金、貸してくださいですー」


「貸さんわッ!」


 俺が啖呵たんかを切ると、きゃあきゃあと嬉しそうに空を飛び回った。

 それから満面の笑顔で俺の耳を引っ張る。


「痛い痛い! もげる!!」


「タッチー、面白いですー!」


 上機嫌のヴィータを振り払いながら、俺は北に位置する区画へとやってきた。

 商業的な施設はなく、落ち着いた印象の場所だ。主に民家や会社だろうか。こうして歩いていると時折、ここが異世界だという事を忘れそうになるくらいである。


 町民に話を聞くと、ババ様の家の場所を教えてくれた。俺とヴィータは案内された通りに歩を進める。


【1F アサーガの母】


 ビルのテナントを見るに、ここのようだ……。

 エントランスを抜け、二人で突き当たりの扉へと向かう。

 すると、ノックしようとしたタイミングで、中から「入りな」という声が聞こえてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る