第3話 はじめての人外

 町へと向かう一路、いくつか分かった事がある。

 まずこの世界は人間が普通に生活をしているという事だ。日本ではないけど……違いが分からないくらい、地球との差異が見つからない。ビックリするくらい、似通っている。

 何処どこかに出掛ける人、仕事着っぽい服を着ている人、あと犬。犬を散歩させている人が居た。

 ケモ耳ワールドだとすれば、あの犬も人間に近い風貌ふうぼうになっていても良さそうなものだが……。

 ファンタジーと言えば中世ヨーロッパを踏襲とうしゅうしたモチーフが鉄板だけど、ここは違うようだ。


「ども、こんにちは」


「あらぁ、こんにちは」


 もう一つ分かったのは言葉が通じるという事だ。

 俺は日本語を話しているつもりなんだが、この世界の住人と普通に会話が出来る。

 今も丁度、素敵なマダムが挨拶を返してくれたばかりだ。

 勉強した覚えもないし、ガブリエルのはからいなのだろう。それから……。


 これ、道路? ……道路だよな。


 なんか、車道があった。最初は舗道ほどうかと思っていたのだが、片側一車線で追い越し禁止だ。

 という事は……え、車があるって事?

 ご丁寧に標識まである。【アサーガ】と書かれている。土地の名前だろう。


 近代的過ぎやしないか。

 地球なのか……いや、パラレルワールド……?

 疑念を抱いた俺の前を一人、また一人とこの世界の住人が歩いていく。


「あ、すみません、変な質問で恐縮なんですけど」


 近くを通りかかった男性に話しかけてみた。男性の格好は……現代で言う作業着で、頭にはタオルを巻いている。


「あなたは、”地球”って過ごしやすいと思いますか?」


「チキュウ? え、チキュウって……女性の下半身の、丘の……?」


 いやいや、違いますけど!

 何か途轍とてつもない誤解を招いていないか!?


「す、すみません、やっぱりいいです!」


 強烈なパンチを喰らった気分だが、謝ってさっさとその場を後にした。

 男性はいぶかしそうな目でこちらを一瞥いちべつすると、また何処かへ歩いていった。

 推測ではあるが、やはり地球ではないようだ。

 まぁ、それが分かっただけでも良しとしよう!


 釈然しゃくぜんとしないが、俺は先へと進んでいく。

 郊外には住宅が建ち並んでいた。その間をうようにして設置されている電柱が気になったが……

 町の中心部には城が見える。城下町なのだろう。


【アサーガの町はいいぞ】


 うん、文字もすらすらと読めるね。


 この町のキャッチフレーズなのか、戦車と美少女が出てくるアニメをひたすら推してくるおじさんの触れ込みなのかは分からないが、壁にそう書かれていた。一緒に子供の落書きのようなアートが描かれている。平和な証拠だ。


 いや、しかし参った。

 異世界なんだけど、異世界っぽくない。っていうか、本当に異世界かも疑わしくなってきたぞ。

 銀行、電器店、飲食店……それから書店。ガラス張りのお洒落しゃれなブランドショップとか、アンティークな様相の喫茶店とか普通にあるんだが。


「ファッションセンター言うてるけど……」


「お兄さん、バイト中ですか? いかがですか?」


「あ、結構ですぅ」


 何か話しかけられたけど。

 店頭で呼び込みをしているお姉さんだ。もっとも、ケモ耳ではない。人間だった。

 もしかすれば、スカートをめくってみたら尻尾が生えているかもしれないけど。確かめる度胸は俺にはない。それに……


 さっするに、警察に捕まると思う。この雰囲気だと治安を維持する組織や、国を統治する為の行政機関もありそうだ。

 すなわち、悪事を働けば逮捕たいほないし幽閉ゆうへいされる。


 となると、一層この世界について理解しがたい。

 こういうのって、最初の村に辿り着くと「○○村へようこそ」みたいなNPCが居るじゃない。あとは無駄に説明してくるキャラクターとか。不親切な設計と言えよう。まぁゲームじゃないんだから、現実的ではあるけど。


 しばら散策さんさくすると、路地ろじに座り込んだ老婆が目に入った。疲れてしまったのか、それとも怪しい商売なのか……物乞ものごいではなさそうだ。


「おばあちゃん、大丈夫? 立てる?」


「はぁ……ありがとうね」


 おっと、つい肩を貸してしまった。関西のさがだろうか、お節介せっかいを焼きたくなるんだよな。かなり高齢のようである。

 あ、でもついでに聞いてみよう。


「おばあちゃん、俺、人探してるんだけど、この辺にケモ耳の女の子とかってる?」


「ケモ、ケモモモ……?」


「ケモミミね。えーと、姿は人間に近いんだけど、動物の耳が生えてたり……」


「あぁ……はいはい」


 そう言うと老婆は理解してくれたようで、頭を縦に振った。

 耳が若干遠いようだが、加齢は仕方がない。


「居るねぇ。この辺だと獣人じゅうじんなんかも多いねぇ」


「本当!? どこに居る?」


 マジで!? なんだ、居るんじゃん!

 適当とか言ってゴメン、ガブリエルさん。そうと分かれば会いたい、見てみたい、触りたい。否、五感を持って感じたい!

 いや~、さっきまでどうなる事かと心配だったけど、杞憂きゆうだったね!


 俺は老婆に場所を聞き出し、早速現地へと向かう。どうやら城の近くのパン屋で働いているらしい。

 俺の大好きなもの。二次元美少女、人外美少女。記念すべき一人目はケモ耳の獣人だ、ヒーハー!! ……待ってろ、今会いに行くぜ!

 リアルで会えるなんて、死んだ甲斐かいがあったというもの。ちょっとばかし引っ掛かるが、老婆の言葉を信じるぜ!

 城、パン屋、獣人、城、パン屋……あった! ここか!


 かぐわしいパンの匂いに誘われるかのように、ふらふらと店頭に吸い寄せられた。

 高鳴る鼓動を抑えつつ、入り口に立つ。

 そして店の扉を叩く。ドアに備え付けられた鈴の音が可愛らしく響いた。


 ついでにパンも買おう。失礼があってはならない。

 大丈夫、ポケットに財布が入っているのは確認済みだ。中を開けてみたけど、転生前に持っていた所持金がそのままこの世界のレートで変換されたっぽかった。


「ちわっす~、パン買いに来ました~……」


 あれ!? パン屋に入る時ってこんな感じでいいんだっけ?

 ま、まぁいい。俺は紳士。ダチからは〈変態紳士〉、〈日本の教育が生み出したひずみ〉とか呼ばれていたが美少女への愛は本物だ。俺はそう自負している。愛すべき美少女の為なら西へ東へ……。


「いらっしゃいませー」


 足を踏み入れると従業員の快活な声が耳に入ってきた。

 店の奥にはキッチンとがましつらえられているようだ。更にカフェスペースを併設しており、そこで数名の客が談笑している。

 空間に広がる馥郁ふくいくたる香りに、俺の期待も最高潮だ。


「いらっしゃいませ」


「あ! どどど、どうも!」


 そんなおり、背後から女性の声が聞こえた。一人の従業員がこちらに歩いてくる。この娘だ、この娘に違いない!

 スラリとした四肢しし、毛の生えた尻尾、蠱惑こわく的なお仕着しきせ姿。そしてその上からでも分かるほどの、発育の良い胸! そして――


「ウソやん」


 ――イノシシの顔。


 え、イノシシの顔……?

 思ってたのと、何か違う。いや、確かにケモ耳だけど!

 想像の百億倍ワイルドなんだが……?


 普通、獣人って言ったら人間に近い体格で、頭が人間っぽくて、胴体や手足が動物っぽいというか、ケモノの要素があるものを想像すると思う。

 だが、今目の前に居る生命体は頭部がイノシシで、首から下が人間なのだ。


「く、クリーチャーやで、コイツ」


 普通は逆じゃん。首から上が美少女で胴体がケモノじゃん。いては下半身がケモノじゃん。


愕然がくぜんとした……!」


「お、お客様? どうしました?」


 いつだったか、小泉総理が言った「感動した!」のマイナスに振り切ったような感想が漏れる。

 これでは伊之助いのすけではないか。

 それ、かぶり物だったりしない……よなぁ。口がバキバキに動いてるもんな……。


 イノシシ女は心配した様子で、膝からくずれ落ちた俺を見ていた。

 そんな彼女を尻目しりめに、俺は力を振りしぼって立ち上がる。


「ケモ耳美少女に会えると思って来てみたら、何て事だ……あ、このパン一つください」


「そういうあなただって、クリーチャーじゃないですか」


「違いますぅ、人間ですぅ」


 意気消沈しながらも、会話を重ねる。声は人間の女性だ。声帯はどうなっているんだとか、考えてはいけない。

 というか、俺がクリーチャー……? 全くわけの分からない事を言う。いや、でも他種族から見たら人間が異質に見えるのかも。

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