2話(1)

 あれから私はぐっすり眠ってしまい、兄様に優しく起こされたらそこはウチの敷地内。目覚めた私は大急ぎで御者兼護衛役のお二人と、アクセル・ノンルさん――無口で無表情な兄様の従者兼同じく護衛役の方にお礼とお詫びを行い、玄関を潜って家に入る。

 そうしたら、


「リーズっ! よかった……っっ!」

「殿下……っ。ありがとうございました……っ」

「リズっ。戻ってきてくれて嬉しいわ……っ」


 お父様、お母様、私の侍女であり同い年の友人でもあるサシャ――サーシャ・アイネスが駆け寄ってきて、全員が涙目で抱き付いてきてくれた。


「無事でなによりだ……っ。何もできなくてごめんよ、リーズ……っ」

「あたし達は、抗議をする事しかできなかった……。ディオン殿下、感謝致します……っ」

「ワタシも何もできない自分が情けなくって、ユーズ様には――って、え? ディオン殿下? そちらはイメチェンをされた、ユーズ様なのでは……?」

「それについて、これから話さなければならない事があるんだ。サーシャ、君も聞いて欲しい」


 サシャは代々ライヤル家の従者を務めている家系だし、なにより私と兄様にとっても大事な家族の一員。そこで同席を求められて、私とサシャが横並びで、対面にはお母様、兄様、お父様という並びで、各自がソファーに腰を下ろした。


「では、改めて説明させてもらうね。僕の名前であるユーグ・ライヤルは偽名で、本名はディオン・クノアス。隣国ジェナで、王太子を務めている者だよ」

「……………………」


 サシャが目を丸くして、その下にある口をパクパク動く。

 そのリアクションは、私と殆ど同じ。ちゃんとした反応をできる範囲を、軽々と超えちゃってるのよね。


「次に、リーズ。この子の本当の名前は、リーズ・クアノス。僕同様に現王の実子で、本来なら第一王女の地位を持つ者なんだよ」

「………………ユーズ様だけではなく、リズも王族……。で、でしたら……」

「お父様と、お母様。お二人は、義理のお父様とお母様だったんですね?」


 ジェナの国王はライノス・クアノス様で、女王は故人のレティリア・クアノス様。兄様がお二人の子供なら、実の妹である私もそうなる。


「父さんと母さん――パトス殿とネール殿は、この国での父の古い友人なんだよ。父はリーズを危険から遠ざけるために、信頼できるお二人に君を預けたんだ」


 兄様はこう前置きをして、故意に明るめの口調で――私にショックを与えないようにして、経緯(いきさつ)を語ってくれた。



 私が生まれる直前に王族内で権力を巡った醜い争いが勃発し、当時の現国王夫妻(私にとっての祖父母)が命を落とすなど、暗殺事件が頻繁に起こるようになってしまった。


 そんな状況で新たな子供が生まれたと知れ渡れば、王座を狙う『身内』に狙われてしまう。

 そこでお父様は苦慮の末に『お母様は元々身体が弱く、私を産んだ直後に死んでしまった』という事実に嘘を混ぜ込み、『私は生まれてこなかった』ということにした。

 そしてそうなると赤ん坊の存在は隠さなければならないため、お父様が最も信頼できる人に――今のお父様とお母様に、私を託す。

 そうして月日が流れ、およそ四か月前にようやく危険因子はなくなった。そのため国王様は真実を伝えようとしたのだけれど、その準備をしている最中に私の婚約が発表された。


 ――娘は今、幸せを手に入れようとしている――。

 ――このタイミングで素性を明かせば王族と王族の婚約となり、国際的な問題へと発展しかねない。最悪勢力拡大を恐れた周辺国から横やりが入り、折角の婚約が取り消しになるかもしれない――。

 ――それに何より、パトスとネールは実の子のように愛を注いでくれた。あの子にとって父と母は、あの二人だ――。


 現国王様はそう判断して、兄様越しに私を見守り続けるようにした。



 これが、全ての経緯(けいい)。

 私は邪魔だから捨てられたのではなく、ずっと愛を注がれていた。今も昔も大切にされていたのだと、知ることができた。

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