逃避

Q:ライトノベルは社会の負け組が現実逃避のために読むその場限りの慰みものではないのですか?
















A:作品に照らした場合、そんな風評とは真逆にイケメン文化のプロパガンダ装置だ。


 ライトノベルは「暗い」から「明るい」へ、「やらない」から「やる」へ、「逃げ」から「向き合う」へ、「不細工」から「イケメン」へ性格を変えることを礼賛し、逆向きを呪詛するメディアだ。確かに現実逃避な描写はあるが、それは物語の中で打倒されるにすぎない。


 開始時点の中年フリーターが学生時代にタイムスリップし、「あの時こうしておけばよかった」と思いながら、イケメン的行動を選択して成功していく作品を思い浮かべてみよう。

 これこそ、現実の自分が採った選択を全否定し、イケメン文化で人生を埋め尽くすラノベに他ならない。こうした作品は、イケメンにならないと平凡な人生という成功物語すら歩めないと本来の対象層である青少年に警告している。


 もちろん、中年フリーターは現実にはタイムスリップして、人生をやり直したりできない。そんなものを読んだところで、自己否定が深まるだけだ。

 しかし、文化資本はそんなイケメン文化のプロパガンダをあたかもそんな中年フリーターの自己主張であるかのように偽装して、イケメンの前に提示する。


 「新自由主義の自己責任社会の冷酷さ」の実例が、そんな提示法から見えてきた。

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