第4話 「僕と一緒に旅をしませんか」
「あ、すみません。いきなり首を絞めてしまって。何だかとっても久しぶりに、”仲間”に出会えた気がしたものですから」
そいつは感情の抜け落ちたような顔で手の力を抜いた。手は首にかけられたままだったが、もう触れているだけと言ってよい状況だった。
「痛いところはありませんか。お腹が空いていたりとか、のどが渇いていたりとか。何でも言ってください」
押し倒されて、首に手をかけられて、隣にはおそらくパーティーメンバーの物だろう肉塊があって……俺はいつ殺されてもおかしくない状況で。
なのにどうしてこいつは、こんなにも普通に会話をしようとしている?
「ええと、言葉は通じていますよね。鼓膜も問題なさそうですし」
あ、と言った奴さんは首にかけていた手を自分の顔に持っていき、ぐにぐにと筋肉をほぐすように動かした。表情の問題ではないのだが。
奴が顔をほぐしているおかげで、俺は腹の上に奴が乗っているだけになり、全身の鎖はあるが少し自由になった。さして重くもない男一人を突き飛ばすのは容易で、時間さえかければ鎖も解ける、はずだ。
しかし、先ほどに比べれば随分気が楽になったものの、奴から感じる圧倒的な強者の予感は変わらない。
友好的なのかわからない行動はどうにも判断しかねるが、普通の会話を試みているところを見ると敵意はなさそうだ。しかし、それでも心臓を握られているような緊張感がある。
俺を見下ろす奴の首を見ると呪縛の首輪がついている。「お揃い」というのは本当のようだ。
「……身体が痛い。鎖を外してくれないか」
「もちろん、いいですよ」
きつく身体に食い込んでいた鎖がいとも簡単に外されていく。そんなに容易く外せる代物ではないはずなのだが、奴には関係ないことらしい。
隣の肉塊は、認めたくないがパーティーメンバーだろう。肉の量を見るに教会の連中も含まれている。
何を目的にキャラバンを襲撃したのかは知らないが、首輪がお揃いだからという理由で俺だけを生かしておくような奴の考えを理解するのは難しいだろう。
拘束が解けて自由になってからも奴に反撃する気は湧かなかった。俺が生きていられるのは奴に殺す気が無いからで、忌々しい呪縛の首輪は今や俺の生命線となっている。
奴の気に入るように振る舞えばいい。そうしなければ、俺は十中八九死ぬ。
くそ。こんな思いは何年ぶりだ。
誰かの機嫌を損ねないようにおもねるなんて、冒険者を始めてしばらくの間しかやってこなかった。それが嫌で俺は強くなったのに。
ああ、本当についていない。
「……あの、すごく唐突な申し出だとはわかっているんですけど…………」
「なんだ」
「僕と一緒に旅をしませんか。魔王を討伐しに行くところなんです」
ああ、教会からの要請を断っても、結局こいつに脅されたんじゃあ意味が無い。
正義も利権も気に食わなくて断ってきたのに。
今度は頭のおかしい強者に振り回されるのか。
「いいぜ。パーティーもちょうど崩壊しちまったしな」
俺は奴に握手を求めた。形だけでも”仲間になる”というのを演出しておくに越したことは無い。少しでも俺が生きやすいように。
俺のすべてをこいつが握っているのだから。
「それは奇遇ですね」
奴は自分の所業も素知らぬ様子で握手に応じた。無表情のままに「ふふふ」と笑ったのが気色悪かった。
「そういえば、名前はなんていうんですか」
「ジルだ。お前は?」
「僕の名前……知りませんね。好きなように呼んでいいですよ」
わりあい感情の乗った声に対してほとんど動かない顔を見ながら俺は少々考えた。
好きなように呼べと言うが、元になる名前が無い以上名付けのようなものだ。
変に凝ったものでは呼びづらい。しかし、今までに会ったことのある人物の名前でも呼びにくい。
いくつか適当な候補を上げて、奴の顔を見てその中から選んだのは。
「イサク……アイザックだ。アイザックでいいな?」
「ええ。じゃあ、これから僕はアイザックです」
奴はまたも「ふふふ」と言いながら、少し目を見開いて小首をかしげた。笑っているつもりなのだろう。気味が悪い。
こうして、隣にかつての仲間の肉塊がある狂った状況で、俺はその状況を生み出した張本人の”仲間”になった。
ああ、本当に、頭がどうにかなりそうだ。
僕はあなたを愛しているし、苦しむあなたは愛らしい カネヨシ @kaneyoshi_book
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。僕はあなたを愛しているし、苦しむあなたは愛らしいの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます