第四章 米国内戦/The Civil War(5)


▼ Day3 21:42 EST ▼


「任地が、米軍キャンプ内のドローン管制室であったこともあって、私とエリックは、基地内でよく会うようになりました。それからは、親しくなるのに時間はかかりませんでしたね」

 ゾーイは壁に背を預け、腕を抱えて続けた。

「ある日、哨戒任務から帰ってきたエリックが、私にだけコッソリ打ち明けてくれたことがありました。ある“物資“を運ぶ大量のトラック団を、軍が護衛する秘密作戦が行われ、自分がその任務を担当したのだと。その作戦は何かがおかしくて、裏側を調べているのだと。その翌日でした。エリックの部隊が襲われ、彼が殺されてしまったのは……」

 公式の記録によれば、エリック=カーターは、従軍中の事故で死亡したことになっている。

 襲撃されて死んだことを、事故と呼べるのかはともかくだ。

「私は、CIAの人間です。秘密を探ろうとした人間が、その翌日に死ぬという“偶然”を信じられない人種です。だから、彼の死に何者かの思惑が働いているのではないかと考え、周りの誰にも打ち明けず、秘密裏にエリックの参加した作戦について調べ回ったんです。それを誰かに知られれば、私もエリックのように殺されてしまう可能性がありましたから」

「それで。何かわかったのかしら?」

 ロベリアが尋ねると、ゾーイは目を細め、地に伏した。

「クランスモア総合研究所」

 その名を口に出す。

「米国のシンクタンクの1つです。エリックたちの部隊が護衛した物資は、その中東支店に届けられました。研究所という名前は付いていますが、民間企業です。グローバル経済や金融、技術革新に関する専門家や研究員を大勢抱えている組織で、取り引き相手は、主に各国の証券会社や銀行、それに政府や軍部であったりと、多岐です」

「妙な話ね。そんな会社がなぜ、中東の危険地帯にあるのかしら」

「本社ではないですし、何らかの研究上の理由で、設立された支社の可能性はあります。しかし、それにしては規模の大きな拠点で……奇妙なことに、広大な地下トンネルの中に、研究施設を持っていました。衛星からは確認できない、巨大な秘密施設です」

「そこに運び込まれる秘密の物資ね。たしかに、怪しいこと、この上ないわね」

 ゾーイは、鋭く視線を上げた。

「物資と呼ばれるコンテナの送り主が、ハドソン上院議員だったということはわかりました。ですが中身については不明で……何か金銭的価値の高いものだったという情報しか掴めませんでした。仮にそれが真実だったとしても、その行為の意味がわかりません」

 カナタは少し考え込んだ後、無線に呼びかける。

「イーグルアイ。ハドソンの経歴について調べられるか?」

『そんなの。あんたたちが、銀光へ会いに行くって言い出した時から、とっくに調査済みよ』

 やれやれと、嘆息混じりで、イーグルアイは応えた。

『民主党の上院議員で、ジョージア州から選出されたベテラン議員ね。経済学の博士号を持ってて、経済政策について造詣が深いみたい。世界的なウイルスパンデミックが起きた当時に、連邦準備銀行FRBが、ハイ・イールド債を積極購入することで米国経済を救済したんだけど、その立案と推進に一役買ったのが、主だった功績の1つ』

「ハイ・イールド債……?」

『倒産リスクのある会社が発行している債券。利回りが高いけど、投資しても、最悪の場合、利益が回収できない危険性を伴う、そんな信用度の低い金融商品のことよ。ハイリスク、ハイリターン。まあ、ようするに投資不適格とされるジャンク責と同じだわね。経済が困窮してる時って、そんなの買う人いなくなるでしょ? ハドソン議員は、FRBがそういうヤバい債権を買い支えることで、米国内のたくさんの弱小企業を、倒産から救うことを推進したわけ』

「それって、まるで借金の肩代わりみたいね」

『たしかに当時は、そういう見方をする経済学者たちもいたみたいよ。まあ、結果オーライ。その仕事によって、米国の経済は持ち直したわけだしね』

 イーグルアイからの情報を聞き、カナタは口に手を当てて考え込んだ様子だった。

 カナタが疑問を差し挟まなくなると、ゾーイは中断していた話の続きを語る。

「とにかく。真相に辿り着くためには、ハドソン上院議員を調査するしかない。そう考えた私は、帰国後に個人的なレベルでの活動を続けました。けれど収穫はなくて……当時、まだ上院議員だった、エリックの父親。ジェイク=カーターに協力を願い出ました。密かに議会を探って、ハドソン議員が中東でやっていた何かに関する情報を集めてもらうよう、依頼したんです。けれど、それが悲劇の始まりでした」

 ゾーイは、悲しい顔をした。心底からの後悔を吐露するようだった。

「彼がハドソン議員を探り始めて間もなく……奥様が交通事故でお亡くなりになりました。それはとても奇妙な事故でした。CIA職員の私から見ると、何者かの工作によって、奥様の暗殺が行われたことは明白でした。おそらくそれは、敵側からの深入りするなという警告だったんです。彼は、ご子息と奥様を、間髪入れずに失うことになりました」

 自分が関わったせいで、ジェイク=カーターの人生を狂わせた。ゾーイは、そう考えている様子だった。それを話す口調は悲痛である。

「――――でも、彼は負けませんでした」

 ゾーイは、視線を鋭くして断じた。

「彼は大統領選への立候補を決意したんです。この国に根ざす得体の知れない巨悪に立ち向かうべく。家族の死の謎を明かすべく。正義のために立ち上がるのだと、彼は言っていました。けれど私にはそれが、妻子を奪った者たちへの復讐にも見えました。彼は宣言通りに大統領になり、そしてその職に就いたことで、きっと真実を突き止めたのでしょう。それがどんな真実だったのか、私には知る術もありませんが……今の第四執行者フォース・カインドを形作っています」

 ゾーイはシャツの胸元を手で掴み、自分へ言い聞かせるように言った。

第四執行者フォース・カインドを生み出したのは私。そして、彼を止めなければならないのも私。今は、そんな気がしてならないんです。だからこの……彼を止める作戦へ参加を志願しました」

 一通り、ゾーイは話し終えたのだろう。思い詰めている様子で、何も話さなくなった。

 話を聞いている最中、カナタは長らく、無言で思考していた。

 そして、静かに結論へ辿り着く。

「…………なるほどな」

「何がなるほど、なのかしら?」

「そろそろ“反撃”を始める頃合いだということだ」

 カナタの返事は、ロベリアの問いかけに対して完璧ではなかった。

 要領を得ないカナタの物言いに、ロベリアは眉をひそめてしまう。

 口を挟んできたのは、それまで黙って話を聞いていたボブである。

「反撃って……いったいこの状況から、俺たちに何ができるって言うんだ?」

 そう言う態度は、苛立った様子だった。

「ホワイトハウスの前に押しかけてる奴等を見てみろよ。これまで第四執行者フォース・カインドによって散々に煽られたきた、現政権に批判的な連中が、間もなく爆発寸前のところにまできているんだぞ。しかも政府は、敵側に弱みを握られ、逆らうこともできない状態だ。国のリーダーを筆頭に、政府はまとまりもなく、打つ手無しじゃないか」

「あら。政府側の人間であるシークレットサービスが、そんなこと言って良いのかしら」

「言いたくもなるさ。今日は仲間が大勢死んで、俺は撃たれたってのに、仕事を回す人数が足りないからって駆り出されてる。身体を張ってるのに、政府は戦う姿勢さえ見せてないんだぞ。支える甲斐がないってやつだよ」

 状況が絶望的であることを、ボブは改めて口にした。

 それに対して、カナタは不敵に笑んだ。

「なら、やることは決まっている。現政府に批判的な世論を今すぐに変えて、第四執行者フォース・カインドに奪われた政府の弱みを無効化し、そして敵陣営を壊滅させれば良いわけだ。そうだろう?」

「そんな奇跡が起こせるもんか。お前がどんなに頭が切れる野郎だったとしてもだ。もう個人でどうにかできるレベルの話じゃなくなってるだろう? 何か考えがあるのかよ」

「ある」

 躊躇いなく、カナタは断言してみせる。ボブは思わず、二の句を飲み込んでしまった。

 カナタの主張することは、誰がどう考えても不可能だ。

 だが、この少年は幾度となく不可能を可能にしてきた。絶望的な状況をひっくり返してきた。カナタが言うからには、簡単に否定することはできない。ボブは言葉を失う。

 カナタは悠然と、手近な椅子へ腰掛けて言った。

「まずは第四執行者フォース・カインドの“居所”だ。銀光での接触以来、奴の潜伏場所がわからなくなってしまっている。殺すにせよ、捕まえるにせよ、敵の現在地がわからなければどうにもならない」

「フフ。なるほどね。じゃあ、ついに内通者を見つける気になったわけね」

「ああ。そいつから“聞き出す”のが、1番てっとり早くて確実だろう」

 簡単に言ってのけるカナタとロベリアに、戸惑ったゾーイが尋ねた。

「しかし、今から内通者探しをしている時間的な猶予はありません。調査をするにしても、とてもではありませんが、第四執行者フォース・カインドが指定している時間までに見つけ出して、敵の居所を吐かせている暇などないと思いますが?」

「今から調査をするなら、そうだろうな。だが調査など不要だ」

「?」

「内通者が、この政権内や捜査機関にどれだけ潜んでいるのか、全体はわからない。だが、確実に正体が割れている1人を捕まえて、話を聞くことはできる」

「つまり……じゃあ、すでに内通者の正体がわかっているのですか?!」

「ああ。もちろんだ」

 息巻くゾーイを、カナタは淡々と肯定する。

 1つ嘆息を漏らし、そうしてから、鋭く視線だけを横に向ける。

「そうだよな――――ロベリア・・・・?」

 その場が静まりかえる。

 カナタが視線を送った先。そこに佇む少女は腕を組み、余裕の態度である。

最初、カナタの言動の意味を、その場の誰もが理解できていなかった。

 だが間もなく、咀嚼し、衝撃的なその意味を把握する。

『……って、はあああ?! ロベリア!?』

「っ!」

 ハッとしたゾーイは、即座に懐からハンドガンを抜き放ち、その銃口をロベリアの立ち位置へ向けた。だが、それよりロベリアが動く方が早い。

 どうやって警備の目を盗んで持ち込んだのか、スカートの中から小型の仕込み拳銃を取り出し、一瞬でボブの背後に回り込んで、その後頭部へ突きつけた。

 カナタの言葉に意表を突かれたボブは、銃を向けられ、不甲斐なくゆっくりと両手を挙げて見せた。すぐに、自分が人質にされたことがわかったからである。

 ボブを盾にされたこともあり、ゾーイはロベリアに向けた銃の引き金を躊躇う。額に玉の汗を浮かべ、ボブの背後に隠れたロベリアを、ただ睨み付けるしかない。

 クツクツと、ロベリアは低く笑った。その笑いは、すぐに哄笑へと変わる。

「あっははははははは!」 

 ひとしきり笑った後、カナタとゾーイの注目を浴びるロベリアは、余裕の笑みで告げた。

「さすが先輩。やっぱり気付いてたのね――私がその内通者・・・・・・・だって」

 ゾーイは悔しそうに歯噛みして、呪詛のように呟く。

「まさか、あなたが……っ!?」

『どういうことなの、ブレイカー! なんでロベリアが内通者なわけ!?』

 後頭部に銃口を突きつけられ、ホールドアップをしているボブ。

 青ざめた顔で、自分の背後のロベリアへ尋ねた。

「これはいったい、何のつもりだよ……!」

 凶行に及ぼうとするロベリアへ向けて、カナタは言った。

「砂狼の部隊が、自動車修理場を襲うタイミングが良すぎた。まるでオレたちがいつ渡米して、いつどこへ到着したのか。把握していたような手際の良さだ。内閣情報捜査局CIROから来た、オレたちがいることにも疑問を持たず。オレの素性についても割れていた。つまり、米国政府だけでなく、内閣情報捜査局CIROの内情もリークできる者が内通者だ。お前は、飛行機の中で単独だったな。1人きりで、誰からも行動を監視されていない時間があった」

 多くの疑義を向けられたロベリアは、仕方がないとばかりに肩を竦めて語り出した。

「相変わらず、素晴らしい洞察力。その通りよ、先輩。内閣情報捜査局CIRO側の情報を、あらかじめ取り決めた通信方法で、飛行機の中から第四執行者フォース・カインドに教えたわ。だから自動車修理場の襲撃は、簡単に成功したんでしょうね」

 怒り心頭のゾーイは肩を怒らせ、両眼を血走らせながら怒鳴った。

「いったいどういうつもりで! そのせいで何人が死んだと思ってるんですか!」

「よせ、ゾーイ」

 今にも発砲しそうなほどに激高するゾーイを、カナタは冷ややかに窘める。

 完全に頭に血が上っているゾーイを、嘲笑いながらロベリアは皮肉した。

「あなた、少しは賢い方だと思ってたけど、ちょっと残念ねえ。この様子じゃ、気付いていたのは先輩だけだったのかしら。結構、わかりやすくアピールしていたつもりだったんだけど」

 ロベリアの言い回しに違和感を抱き、ゾーイは呟いてしまう。

「…………“アピール”していた?」

 代わりに答えたのは、カナタだった。

「逆に考えろ。ロベリアが内通していたからこそ、オレたちは安全だった。奴等に襲撃可能な場所を教えることで、奴等の襲撃タイミングや行動を、ある程度だが制御できていた」

「……?」

 カナタの言葉を補足するように、ロベリアは言った。

「かつての私も第四執行者フォース・カインドと同じ。エリスと協力関係にある犯罪者だったわ。その時のツテが、まだ残ってるのよね。今回の内閣情報捜査局CIROの作戦に参加するにあたって、早速、接触を図ってみたの。その結果、第四執行者フォース・カインドの陣営に接触することに成功したわ」

 ロベリアの語り口は優雅だった。

「エリスに通じていた者として、私は比較的簡単に信頼を得られた。何度か情報提供して襲撃作戦を成功に導いてあげたことで、ようやく今、本当の信頼関係が確立されたと言えるわね。だからこそよ。その信頼を裏切るのに、ちょうど良い時期なわけ」

 なんだか、ロベリアとカナタの話し方は奇妙だった。

 ロベリアの口ぶりは、正体を見破られて追い詰められた者の物言いではない。

 カナタの口ぶりは、裏切り者を曝し上げようとする攻撃的な言い方ではない。

「私は“宣教師ロベリア”。敵に取り入り、操り、破滅させる。連中の信頼を得られたことで、あなたたちが知りたがっていることがわかるのよ。睨むんじゃなくて、感謝して欲しいところね」

「つまりロベリアは敵陣営に潜り込んで“二重スパイ”をしていたんだ。それにオレは、まだ内通者の正体がロベリア“1人だけ”だとは言っていない」

「……!」

 カナタの発言の真意に気が付き、ゾーイは愕然とする。

 トドメと言わんばかりに、ロベリアはその事実を口にした。

「私が敵陣営に接触するに当たって、敵側の窓口役になっていたのは、どこの誰だと思う?」

「そんな……まさか……!」

 カナタとロベリアの視線は、ホールドアップしているボブに向けられている。そして今、ゾーイとロベリアの銃口は、ボブを包囲して狙い撃つような状況になっている。気が付けば、この室内で窮地に立たされているのは、ボブだけである。

「…………シークレットサービスのあなたが……内通者……!?」

 ボブは、何も答えなかった。代わりにカナタが話す。

「オレとゾーイは、ガソリンスタンドで砂狼たちに拉致された。なぜ奴等は、オレたちがニューヨークへ向かっていることを知っていたのか。内通者が情報を漏らしたからだと考えればわかりやすいが、そうなると内通者は、オレたちの中にいたことになる。CIAの避難場所セーフハウスに泊まっていなければ、内通者はオレたちの行き先を知り得なかったからだ」

 ボブは舌打ちをし、背後から銃を突きつけてくるロベリアを睨んだ。

「……この嬢ちゃんが内通者なんだろ。ならそうしたのは嬢ちゃんだ。どうして俺まで、一緒に内通していたなんて、馬鹿な話になるんだ」

「お前の話が切っ掛けで、オレたちがニューヨークへ向かうことを決定したからだ」

「……」

第四執行者フォース・カインドはエリスの入れ知恵で、オレをニューヨーク連邦準備銀行へ誘き出すことを計画していた。お前が、オレたちを誘導することに一役買ったと考えることはできる。オレたちにハドソン議員の話をしたのは、ロベリアではなく、お前だったな。奴がニューヨークに来るというから、オレたちのニューヨーク行きが決まった」

 ロベリアは、ボブから銃を奪って床に置く。それをカナタの方へ蹴って渡した。カナタは銃を受け取り、それをボブに向けた。3つもの銃口を向けられている状況で、今さら反撃の余地などない。だからこそ観念し、ボブは本心を白状する。

「……腐敗しきった今の政治体制を維持するか、綺麗に生まれ変わった新しい政治体制に移行するか。どちらが正しいことなのかなんて、火を見るより明らかだろう。ゾーイ、俺たちの方が正義の側なんだよ。ジェイク=カーターは、道を踏み外してなんかない……!」

 そう言い捨てる顔に、迷いは見られなかった。

 だがボブは、殊更に悔しそうな顰め面で、ロベリアを見やって言った。

「このまま正体を隠して、政権崩壊後はノンビリ隠居するつもりだったのに。こんな小娘を味方だと信じてしまって、こうして二重スパイされてたとは。俺も焼きが回ったもんだ」

「それはそれは。ご愁傷様だったわね」

 笑顔で同情を口にするロベリア。話を無線で聞いていたイーグルアイは、堪らず呻く。

『ドン引きだわ……。なんて女なのよ、まったく油断も隙もない。あんた、本当に私たちの仲間なんでしょうね。マジで誰の味方なのか、わからないんだけど……』

「もちろん。あなたたちの味方だから安心してよ、オペレーターさん」

 ロベリアは、ゾーイに目を配って言った。

「職場で使っているセルフォンとは別に、ボブはもう1台、秘密のセルフォンを持ってるわ。暗号回線が使える特殊仕様のものよ。それで第四執行者フォース・カインド陣営と連絡を取り合ってる」

「……くっ」

 ロベリアに情報を暴露され、ボブは苦虫を噛んだ顔をする。

「今は更衣室のボブのロッカーにあるはずだから、調べてみてくれるかしら。パスワードロックを解除するところを見てたけど、785369だったわね。中には色々、興味深い情報が入ってるんじゃないかしら。政府内の内通者たちとのやり取りとかね。もちろん、第四執行者フォース・カインドと今後の行動指針も話していたから、会話記録を辿れば、彼の“居所”も割れるわね」

 ボブは血走った眼差しで、ロベリアを睨み続けていた。

「ただで済むと思うなよ、小娘……!」

「あら。ただで済ませてくれないの? それは楽しみなことね」

 普通の年頃の少女であれば、ボブの鬼気迫る眼差しに圧倒され、身が竦むだろう。

 だがロベリアは涼しい顔で、愉悦の笑みを浮かべ、ボブの憎しみを嘲笑うだけである。

「さようなら、ボブ」

「日本のクソガキ共め……!」

 ゾーイは会議室内に設置された内線電話を使い、信用しているスタッフを呼び出した。

 間もなく、武装したシークレットサービスの面々が会議室に押し入ってきて、ボブに手錠をかけて連行していってしまう。それを見届けた後、ロベリアは、隣に佇むカナタへ言った。

「さて。私の仕事はここまで。お膳立てはしてあげたわよ。今回は、どんな面白いものを見せてくれるのかしら、先輩」

「オレは何もしない。この事態を解決できるのは、大統領だけだ」

「……?」

 状況を打開する策があると言っていたカナタだったが、自分で何とかするのではなく、大統領にしか問題を解決できないと言っている。だが、議会も政権メンバーも頼れず、個々の保身に走っている部下たちを統率できない大統領に、今さら何ができるのだろう。大統領はすでに内戦の勃発を覚悟していて、敵に対して、降参状態ではないか。

「あの大統領に期待できることなんて、今さらないと思うけど?」

「いいや、ある」

 納得がいかず、ロベリアは疑問を差し挟む。

「そうは言うけど、もう負けを認めてるような奴よ? 戦う意思がない人に何ができるのよ」

 カナタは答えず、会議室を後にする。再び大統領執務室の方へ向かって歩み出した。

 何となく、ロベリアも、その背について行くことにする。

 慌ただしく廊下を走り回り、状況に奔走されている様子の、ホワイトハウスの職員たち。

 その混沌の渦中であっても、肩で風を切りながら、カナタは勇ましく突き進んでいく。

 カナタは再び、大統領執務室の扉の前に立つ。

第四執行者フォース・カインドは、米国社会は腐っていて、それを守る政府は悪ということにしたいらしい」

 悪魔のように笑む。

「なら見せてやろうじゃないか。その腐りきった悪の政府が、これから何をするのかをな」

 滅び行く国の運命を変えるべく、その扉を押し開いた。

 行く手に待つのは破滅の未来か。

 継続された今なのか。

 全ての結末は、狂気の少年に委ねられた。

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