第四章 米国内戦/The Civil War(3)
▼ Day3 20:30 EST ▼
ホワイトハウスの施設内に設けられた、秘密の地下施設。
統合参謀本部。
国防長官の下にある米国六軍の将を招集し、合衆国大統領へ軍事問題に対する助言を行うことを任務にした集まりである。ホワイトハウスの大統領補佐官などの文民を含め、徽章や勲章を身につけた、そうそうたる各軍の将軍たちが円卓を囲んでいた。
案内されて、カナタとロベリアがそこへ辿り着いた時には、すでに出席者は全員揃っている状況だった。空席はなく、全員が険しい顔で、物々しい雰囲気の会議体を形成している。
円卓の最奥の席には、最高指揮官であるベイリル大統領が座していた。
いつものスーツ姿ではあるが、シャツの下、首の辺りに包帯を巻いているのが覗けていた。いかにも退院直後。病み上がりの痛々しい様子だったが、気丈に振る舞っているようだ。
入室してきたカナタたちに気付くと、シークレットサービスの護衛官たちは、すかさずスーツの下に手を伸ばし、銃を手に取ろうとしていた。だが、その行動を大統領は窘める。
「止しなさい」
カナタが大統領を撃った張本人であることは、すでに割れているのだろう。警戒する護衛たちだったが、大統領に言われては手を引かざるを得ない。その場で撃ち殺されることは免れたが、大統領を含め、室内の面々は、カナタに対して不快そうな視線を向けてきていた。
「どこへ行っても熱烈歓迎。人気者よね、先輩は」
ロベリアの嫌みが聞こえた。
今はカナタの処遇に悩んでいる場合ではないのだろう。全員の関心は別にある様子だった。
部屋の隅に佇む、ゾーイの姿を見つけた。カナタたちは、ゾーイの傍へ歩み寄った。
ギスギスした雰囲気など気にした様子もなく、ロベリアは優雅な口調で尋ねた。
「これはいったい、何事かしら?」
「……
ゾーイの話しを聞いたロベリアは、不敵な笑みを浮かべて言った。
「へえ。じゃあ、相手陣営は、ついに計画の仕上げ段階に入ったってところかしら」
「おそらくは」
ゾーイは真顔で肯定した。
「これまで、
「政府に対する要求。そこに行き着いてきてるわけね」
「ええ。どんな要求なのか……嫌な予感しかしませんよ」
大統領の眼下に置かれた、有線電話。
その電話に、呼び出しがかかる。
将軍たちや補佐官たちの視線が、一斉に大統領へ集まった。
大統領は敵と対峙するように、眼差しを尖らせる。
黙って受話器を取り、それを耳に押し当てた。
『――ご機嫌よう、ベイリル大統領』
通話内容は、スピーカー出力になっていた。会議室の全員に、
かつて、前大統領として、この部屋にいた男の声である。聞き覚えのある者もいるらしく、改めて男の正体を確認し、苦虫を噛んだ顔の者もいた。受話口の
『昨晩に撃たれてもなお生き延び、翌日にはもうホワイトハウスに復帰し、指揮を執るとは。君はとてもタフなヤツだ。就任式で、私が言った通りだっただろう。また話せて嬉しいよ』
受話口の相手がベイリルであることを確信しているのだろう、
ベイリル大統領は、ようやく
「……今さら、君と親睦を深めるつもりはない。君は国内で暴れ回るテロリストになった。私と君は、すでに敵と味方の関係なんだよ。冗長な挨拶など不要。用件を話せ」
『ふむ。私の居所を突き止めるために、会話を長引かせろと、首席補佐官からアドバイスがあったはずだろう? この楽しい会話を急ぐとは、ずいぶんとせっかちなことだ』
部屋の隅で、スーツケースに入った盗聴器を操作していた捜査官が、お手上げのジェスチャーをしていた。それを見やりながら、ベイリルは皮肉した。
「こちらの手順など、熟知しているだろう。逆探知不可能な回線を使っているじゃないか」
『お人好しだった君が、多少は賢くなったようだな。わかりやすい希望を信じるな。何もかも私のアドバイス通りだろう? では要望通り、手短に本題の話をしようか』
自身の方が優勢な立場であることを、
上から目線のまま、
『我々は――――今の米国の根本を揺るがし得る“破滅の鍵”を入手した』
「……」
『ベイリル大統領には、私が言っている言葉の意味と、その深刻さがわかるだろう』
『それを使われたくなければ、まずは6時間以内に“国家非常事態宣言”を出したまえ』
何かしらの要求が出てくることは予想されていた。
だが、その内容は、全く予期されていないものだった。
会議室内の全員が、思わず怪訝な顔をしてしまう。
大統領は、その場の全員を代表して、冷静に尋ねた。
「それが君の要求なのか? 国家非常事態宣言……いったいなぜだ?」
『この国から不正と腐敗を一掃し、これから“新政府の樹立”を目指すためさ』
大統領は、唇を引き結ぶ。苦言を呈さざるを得ない。
「新政府の樹立だと? 途方もなく馬鹿げている」
『馬鹿げてなどいない。これは実現可能な提案だとも』
『国家非常事態宣言下では、軍部が国家反逆罪を適用することで、誰であろうと逮捕することができるようになる。軍事法廷であれば、たとえ不逮捕特権を持つ議員のお偉方であろうと、誰だろうと起訴可能だ。国家反逆罪にあたる罪を犯した人物と証拠のリストなら、私が山ほど持っている。それを余すことなく提供しよう。目に見えない国内の犯罪者たちを、まずは大掃除するところから始める。私が指示した人物を全て軍部に逮捕させ、裁いてもらうのだ』
荒唐無稽とも言える要求である。たまらず、大統領は呻いた。
「むちゃくちゃだ……。政府機能が麻痺する期間が生じるのは危険すぎる。政治空白は、国内の混乱だけに止まらず、国外の敵対勢力に攻撃の機会を与えるリスクを伴っているんだぞ」
『そうだろう。だから、米国合衆国は一時的に軍統治による暫定的な軍政体制に移行する。次の緊急選挙で新大統領と新議会が生まれるまでは、その統治が続くことになるだろう。軍政によって、政治空白など作らなくて済むわけだ』
大統領が無言で視線を向けた先には、司法長官が座していた。
司法長官は複雑な表情だ。小声で見解を言う。
「……憲法上は、可能です」
「……」
その場におらずとも、状況を掌握しているのだろう。
『君たち合衆国政府が、我々の要求に応えなかった場合。私は今日、手に入れたものを使わざるを得なくなる。そうした時、人々は、これまで予想だにしなかった、途方もない真実が米国社会に潜んでいたことに驚嘆するだろう。全ての真実が白日の下にさらされるからだ』
脅しは続く。
『政府の諸君は、すでに私の素顔について承知のことだろう。私がこの仮面を外し、素顔で国民たちの前に現れた時、何が起きるのか容易に想像がつくはずだ』
「くっ……!」
『この国の秘密の全てを、知り得る立場にいた者。それが私だ。その私が語る言葉なら、どんなに荒唐無稽な話であろうと“信憑性”が生まれるとは思わないか。たとえそれが、人々の想像の遙か上をいく、信じがたい暴露の数々であってもだ』
「要求が通らなければ、人々の前で正体を明かし、全てを暴露する。そういうことだな」
『そういうことだ。大衆にとって重要なのは、真実よりも“誰が言ったことなのか”という点だけだ。人々は肩書きや権威に弱く、それを持つ者の言葉を、簡単に鵜呑みにしてしまうだろう? 私の持つ経歴には、人々を信じさせるに足る、十分な力があると思わないか』
政府が要求を呑むはずがない――――。
米国が、テロリストと交渉しないという建前を掲げているからというだけではない。既得権益に囚われた議員や閣僚たち。彼等と複雑な利害関係にある後援者の大企業や、大富豪たちが、今の統治体制の根幹を破壊する要求など、許すはずがない。大統領がいくら権限を振りかざして号令をかけたところで、政府内の反対勢力が邪魔をするだろう。もはや、大統領の判断と権限だけで、どうにかできるスケールの問題ではなくなっている。
そして事態は、予見された破局へと向かっていくはずだ。
ベイリル大統領は悲しそうに、受話口の男へ言った。
「貴方は本当に“米国内戦”を引き起こすつもりなんだな」
その絶望を、口にする。
現大統領が知る政府内情を、元大統領が知らないはずないのだ。
通らないとわかっている要求を提示してきている。そうとしか思えなかった。
「貴方のことを……尊敬していました。貴方のような高潔な大統領であろうと、務めてきたつもりです。そんな貴方が、この国を傷つけようとしている現実を、ただ残念に思っています」
愛国者であり、国のために尽くし、分け隔てなく国民を愛してきた、偉大な先代大統領だ。それがなぜ、このような怪物に変わってしまったのか。国にさらなる混乱をもたらし、争いの火種を大きく育てようとしている。男の愚行を、嘆かずにはいられない。どんな正当な理由があれば、男をこのような凶行に駆り立てることになるのか。完全に狂ってしまっている。
『そうしたくはないさ。愛すべき国民たちが傷つく姿など、見たくなどないからな。だからこうして、君たちに最後のチャンスを与えているんだ。慈悲深くもね』
そう言いながら、受話口の向こうで、ほくそ笑んでいるのが感じ取れた。
『猶予は6時間だ』
通話は、そこで一方的に切られてしまう。
政府側の反論や異論を挟む余地なく。完全に相手のペースだった。
通話が切れた後、統合参謀本部の円卓を囲む議論は荒れた。
その存在を説明せざるを得ないと判断したベイリル大統領は、重い口を開き、米国がこれまでに秘密裏に行ってきた政治工作や、軍の秘密作戦情報、社会秩序維持のために黙殺された、数々の犯罪データが、大統領にだけ閲覧できるように保管されていることを白状する。
途端に、人々は青ざめた。
身に憶えたがある者は保身に走り始め、あるいは
国体どころか、正義の在り方を巡って、統合参謀本部の内部ですら意見が対立し始めていた。見るに見かねたのか、大統領は護衛官を引き連れ、議場を後にして去ってしまう。
カナタたちも、その後を追いかけ、ホワイトハウスの大統領執務室へ戻ることにした。
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