第四章 米国内戦/The Civil War(2)


▼ Day3 20:00 EST ▼


 クリスマスが近づく夜。

 ワシントンDCは、凛とした冬の冷気と、夜の闇に包まれていた。

 その白い建造物とは、緑の芝と木々に囲まれている。これまでの人類の歴史の中で、幾度となく重大な決定が下されてきた歴史的な場所である。佇まいは神殿のようで、だが城のような威厳を放つ。あまりにも有名なそこは、ホワイトハウスと呼ばれていた。

 明かりが灯った窓。その光を背に浴びながら、少女はバルコニーに出ていた。1952年に2階に設置された、通称、トルーマンバルコニーだ。そこからは敷地の庭を一望できる。

 手すりにもたれかかり、黒髪の少女は景色を眺めていた。

「……歴代の大統領たちが眺めたであろう景色か」

 白い吐息と共に呟き、冷えた唇をマフラーの中に隠した。

 広大な芝生の庭を挟んで見える大通り。そこに、横断幕やプラカードを手にした、抗議デモの群衆が押しかけてきていた。今夜のホワイトハウス前には、政権や、有力者たちの腐敗行為に怒る人々が集まり、殺到しているのだ。聞こえてくる声は、おおよそこうだ。

第四執行者フォース・カインドが我々に真実を教えてくれた!」

「政府は悪の金持ちたちを庇うな! 第四執行者フォース・カインドの正義を隠すな!」

 多くの人々が白頭鷲の仮面をかぶり、わめき立てていた。

 第四執行者フォース・カインドがこれまでに行ってきた“正義執行”に感激した人々は、その英雄の存在を隠そうとするメディアや政府に、ただでさえ不信を感じているのだ。そこにきて今日、連続で起きたテロ事件である。社会不安は、今や、臨界状態に達してしまっているのであろう。

「百万人デモね……一生懸命やってるのに、こんなの見せられたら、大統領も気に病むわ」

 ふと、少女の背後から、足音が聞こえてきていた。

 歩み寄ってくる人物に心当たりがあり、少女は苦笑してしまった。

「ホワイトハウスが手配した、専用ジェット機の乗り心地はどうだったのかしら?」

 振り返り、手すりに背を預けながら、少女は少年を見つめた。

「さすがのしぶとさよね。感心しちゃうわ、先輩」

「それはお前もだろう、ロベリア」

 黒髪の仏頂面の少年、カナタは無事に、ホワイトハウスまで辿り着いていた。

 カナタはロベリアの隣に佇み、ポケットに両手を突っ込む。

 大通りに集まっている反政府デモ集団を見やりながら、世間話のように言った。

「ベイリル大統領の意識が戻っていたらしいな。オレたちの唯一の味方が復帰した状況に備えて、すぐに連絡が取れるよう、お前とボブの別働隊が、捜査機関に投降していたのが幸いだった。撃たれてすぐなのに、もう職務復帰するとは。思った通り、タフな大統領だった」

「それ。撃って病院送りにした張本人が言う台詞?」

 黙り込むカナタ。その無愛想な態度には慣れたもので、ロベリアは楽しそうに続けた。

「まったく。先輩を見てると飽きないわね。いつだって、何をしでかすのか予測不能。やることは破天荒だけど、それによって、いつも必ず相手の予想を上回る。敵に回すと最悪だけど、味方でいる間は、正直なところ、本当に頼もしいわ」

「オレにとっては、お前の存在も同じだ」

「え?」

 意外なカナタの返事に、少し調子が狂ったロベリアは言葉を失う。

「過去にお前が起こした事件について、オレは全力で戦った。だが結局のところ、何もできなかったのに等しい。オレが勝てなかったのは、エリスを除けば、お前だけだ。敵にすれば厄介だが、味方の内は頼りになる」

「……」

 カナタの言葉を、胸中で咀嚼する。

 すると、不覚にも頬が熱くなってしまい、ロベリアは慌ててマフラーに顔を埋めて隠した。

「……ホント嫌になっちゃう。すこぶる頭が良いくせに。そういうところは天然なんだもの」

「?」

「鈍感」

 頬の熱を冷まそうと、ロベリアはカナタを見ずに、再び抗議デモの一団の方を向く。

 手すりに寄りかかり、思い出しながら語った。 

「……黒木カナタ。日本史に残る神奈川生物兵器テロ、通称“殺戮の三日”を起こしたテログループの主犯格で、特殊刑務所に収監されていた死刑囚。目的のために手段を選ばない、冷酷無比で残虐非道な人物。あなたのこと、エリスからそう聞いていたわ。その情報は、正確じゃなかった。いいえ。正確じゃ“なくなった”のかも」

 それを黙って聞くカナタ。ただ白い吐息を虚空に刻んでいた。

 ロベリアは続ける。

「冷酷無比だけど、他人を思いやることもできる。残虐非道だけど、無差別じゃない。今日だって“仲間を信じる”なんていう、馬鹿な作戦に命を賭けたみたいだしね」

「たまには人任せというのも、楽なものだった」

「簡単に言うわね。私たちみたいな人種にとって、そうすることがどれだけ難しいことなのか……わからないはずないでしょ」

 ロベリアは神妙な表情で黙り込んだ後、気を取り直した。

 普段のように、今度はカナタを嘲笑って言う。

「先輩は内閣情報捜査局CIROに入って、ずいぶんと甘っちょろい奴になってしまったみたいね」

「そうかもしれない。だが、この1年間を通じて、内閣情報捜査局CIROの人員が、どれだけ優秀なのかは理解できている。何度も命を救われてきた。決して勝算がない賭けじゃなかった」

「ずいぶんと仲間思いなこと。なんだか妬けちゃうわ。でも、他人を信じてもロクなことなんてないわよ。だって人間は、必ず最後に期待を裏切る生き物だもの」

「知っている。だが今は、そうされても構わないと思える連中なんだ」

 一縷の迷いすらなく、カナタは断言した。

 かつての黒き天才とは、確実に異なる言動。少年は、何か別のものに変わりつつあるように感じられた。ロベリアにとって、カナタのその変化は――――眩しかった。 

「ベイリル大統領がオレたちを呼んでいる。それを伝えに来た。オレは先に行っているぞ」

 カナタはそれだけ言って、踵を返す。

 いつも通りに愛想なく、ロベリアに背を向けて去って行った。

 その背を見送りながら、ポツリと、ロベリアは呟いた。

「……どうして内閣情報捜査局CIROの一員になろうと思ったのか。あなたは聞いたわよね」

 それを本人に白状する勇気はなくて。素直になることができなくて。

 俯きながら、告白するようにロベリアは言った。

「私も…………あなたみたいになれるかもって。そう思ったからよ」

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