第三章 究極の秘密/The information weapon(6)


▼ Day3 17:00 EST ▼


 どこがどう爆発したのか、すぐにはわからなかった。

 銀行入り口付近の壁が吹き飛び、そこから強烈な爆音と爆風が飛び込んでくる。

 エントランスホール内に雪崩れ込む土砂のような、破砕した瓦礫と粉塵。それによって生じる地響きと濃い煙幕の中に、武装集団の何人かが飲み込まれ、悲鳴を上げるのが聞こえた。外からエントランスホールに吹き込む鋭い風雨。冷えた外の空気は、粉塵を一気に、エントランスフロアの隅々まで押し広げた。見る見る間に、その場の全員は、互いの姿を見失う。

 爆発が起きる一瞬前、カナタは身をかがめて爆風に耐えていた。

 油断して、突風に吹き転がされた銀行総裁やブキャナンたちとは違い、爆発が起きることを予期していたようで、その場で踏み止まることに成功する。

 風が通り過ぎた後、エントランスには粉塵が立ちこめ、視界は深く遮られてしまっていた。

「……やはりボマーの爆発で攪乱する作戦だったか。助かった、イーグルアイ」

 カナタは、無線に割り込んできた少女に、礼の言葉を口にした。

 無線の少女、イーグルアイは皮肉っぽく応えた。

『いつもワンマンプレイで事態解決を図るあんたが、まさか他人を当てにして“待つ”なんて意外。もしかしてこれって、今までで初めてのことじゃないの? 初めて会った時の無愛想な奴が、ずいぶんと丸くなったものよね』

「今日は色々と、気付かされることが多い日だ」

 イーグルアイから、エリスと同じようなことを言われ、思わずカナタは苦笑してしまう。自分でも気付かぬうちに、そうした行動のパターンを作り出してしまっていたのだろう。そこを弱みとしてつけ込まれ、こうして窮地に追いやられたのだ。

「オレは他人を信じられなかった。いつだって、自分を救えるのは自分だけだったからだ。だからいつも、独りで戦うしかないと考えていた。いつからか、それがオレの弱さになっていたらしい……。けれど今は違う。今は、オレのことを救ってくれる仲間たちがいる。オレは、お前のことを信用しているんだ。だからお前になら、オレとリセの命を懸けても良いと思った」

「ちょっ……え……う~~~っ!」

「どうかしたか」

『ず。ズルっ! そういうこと不意打ちで、いきなり素直になっちゃって……!』

 変に狼狽しているイーグルアイだったが、気を取り直すように咳払いをした。

『い、今はそれどころじゃないわね! それにしても、よく監視カメラの異変に気付いたわ』

「オレなら気付くと思ったんだろう。お前が、敵に気付かれずにネットワークへ潜伏中で、銀行のシステムを、密かに乗っ取っている状態だということに」

『あんたの観察力に賭けて、この奇襲攻撃があることを知らせる作戦だったんだけど、やっぱりさすがよ。メッセージを送った甲斐があるってもんね』

 少し視界が晴れてくると、状況がわかってきた。

 爆発は、銀行の正面玄関横の壁に大穴を開けていた。

 そこから垣間見える外の様子。どうやら銀行周辺にも、広範囲で粉塵が立ちこめているらしく、外から警官たちの怒号や咳き込む声が聞こえてきている。警官やFBIたちも、予期せぬ爆発と目眩ましを受けて、かなり混乱しているようである。その混乱は、外にいた者たちだけはない。銀行内に展開していた、武装集団の面々も同じ様子だった。

『さあ、時間は僅かよ。これだけ包囲網が麻痺してる今なら、正面からでも粉塵に紛れて逃げ出せるでしょ。あんた、まだ市警の連中に顔を見られてないし。今のうちに急いで撤退しなさい。まだだいぶ視界が悪いだろうけど、安全な経路に、私が誘導するわ』

「わかっているが……そう簡単にはいかないだろう」

 カナタは、少し晴れてきた煙の向こう側を睨んだ。

 煙が晴れきらぬ内に、移動を開始したかったが、エントランスの奥の方で待機していた武装集団の何名かは、入り口付近にいた者たちに比べて無傷であり、カナタを逃がすまいと、銃を構え始めている。確認できるだけでも、敵はまだ10人以上いる。

『大丈夫よ。あんたが逃げ切れるよう、すでに強烈な助っ人がそっちに向かったから』

 イーグルアイが言って、間もなくである。

 深い灰色の煙の中を、ゆっくりと、悠然と、小さな影が闊歩してくるのが見えた。

 見覚えのある金髪。精巧な西洋人形のように、華奢で色白い少女。異様なのは、見る者を凍てつかせる、感情が籠もらない虚ろな眼差しだ。粉塵の中で不気味にギラついている。

「――――悪い人は全て、この世から消さないと」

 乗り込んできた幼い捕食者、爆弾魔ボマーは、戸惑う獲物たちを見渡し呟いた。

 呟いて間もなくである。立ちこめる粉塵の中へ、フラリと倒れ込むよう、ボマーは姿を消す。粉塵は上よりも下に濃く滞留しており、背丈が小さいボマーは、容易にその死角に紛れ込める。カナタや武装した男たちの目線の高さからは、その姿は完全に見えなくなった。

 ボマーの姿を見失った男たち。正面方向から突如、ボールのような投擲物が飛来する。

「!?」

 粉塵の中から投げつけられたそれは、黒いドロドロしたものを捏ね固めた、泥団子のようである。その黒玉は、男たちの顔面や胸、手足にぶつかり、容易く潰れた。

 黒玉は即座に反応し――――“爆発”する。

「うぎゃああああああ!」

 黒玉は人体にぶつかり、人肌に反応して小爆発を起こした。

 人にぶつかっては次々と爆ぜる爆竹のようで、乾いた破裂音と共に、肉塊が飛び散る鈍い音を伴って空気を震わす。赤黒い花火のように、男たちの手足や頭は、軽々と爆ぜて、周囲に血肉をまき散らす。見る見る間に、壁や床を無残な鮮血に染め上げていく。

「うわあああ! なんだ! 何なんだ!?」

「なんだ、何を投げてきてやがるんだ、このガキ! 気をつけろ!」

 次々と爆殺。あるいは手足を吹き飛ばされて無力化されていく武装集団。ふと、粉塵の切れ間に、駆け回るボマーの姿を見かけた男の1人が、その身を捕まえようと手を伸ばした。

「殺してやる!」

 伸ばされた男の腕を容易くかわし、ボマーは軽く、男の胸に触れた。

 ただそれだけ。

 その直後、男の体内で小爆発が生じ、触れられた胸とは反対側の背から骨肉を吹き出し即死する。文字通り、身体に風穴を開けられた男。大量の返り血を浴びたボマーは、ゾッとするほどに無表情のまま、男の露わになった臓物を冷ややかに見つめていた。

 粉塵の死角から飛来する、謎の黒玉によって爆殺される。

 あるいは触れられただけで、人間が爆死していく。

 ボマーが何をしているのか、誰も理解できないまま、ただ人が殺されていく。常人には理解不能な殺戮。武装集団は1分も経たない内に、その人数を減少させていく。まるで虫けらを潰して回るように、ボマーは無慈悲に、男たちを殺し続けた。そして全ての敵が消える。

『予想通り……あの程度の人数なら瞬殺だったわね。まるで魔法みたいでしょう?』

 半ば唖然と、ボマーの獅子奮迅ぶりを見ていたカナタに、イーグルアイが話しかけた。

『アリスの中に眠る、もう1人の別人格、クリス。彼女は生まれながらの“天才化学者”よ。何をどう混ぜれば、どんな爆発反応が起きるのか、わかる才能があるらしいわ。自分でも理屈はよくわかってないみたいだから、天然なんでしょうけど。彼女にとっては、道に転がる石ころだろうが、身近にあるあらゆる物質が爆弾の材料。天然爆弾製造機。それが“爆弾魔ボマー”よ』

「ルークが、ボマーのことを苦手な理由がわかった」

『あのモードになったアリスちゃん、敵味方、見境無しに暴れて危ないしね。そう言えば、いつも妹さんの傍にいるはずの、護衛のルークの姿がないわね』

「あいつは鋭い。だから、もうとっくに気付いて“向かった”後なんだろう。あいつが動き出しているなら、リセは無事だと考えたんだ」

『……?』

 粉塵の中から、再びボマーが姿を現す。返り血や肉片で汚れた少女は、カナタに告げた。

「行こう、お兄さん。悪い人たちは“もう消した”よ」

 おぞましい姿のボマー。だがカナタは構わず、その手を引いた。そうして、イーグルアイの指示する脱出ルートを駆け始める。爆破された銀行の壁から、堂々と外に出た。

 改めて――外の市警たちの包囲網に、何が起きたのかを理解する。

 すり鉢状に軽く沈み込んだ道路。

 コンクリートの土砂に足を取られ、警官たちはパトカー諸共、動けなくなっている。

 どうやらボマーは、建物を包囲していた市警たちの足下を、地下から爆破したようだ。

 爆破したと言っても崩壊させたわけではなく、浅く陥没する程度に、うまく調整して爆発させたのだろう。都合良く、いまだ周囲には目眩ましの粉塵も舞っており、カナタたちの姿は、その死角にうまく潜り込めているようだ。この状況を意図して作り出したのだとしたら、ボマーの爆発物の取り扱い能力は、神懸かっているとしか言い様がない。

「怪我人はともかく、見たところ死者は出してないようだな」

『派手な爆発だったわりに、被害は最小。警官たちの視界と行動能力を的確に麻痺させるだけに留めた。ボマーの腕前を知らなかったら、無茶な奇襲作戦としか思わなかったでしょうね』

 言いながら、カナタは素早く周囲を観察し、リセの姿を探す。市警たちと共に、苦しそうに咳き込んでいる様子を発見した。無事な姿を確認し、カナタは安堵する。

「……すまない」

 微かに呟き、カナタは警官たちの横を堂々と駆け抜けて脱出した。

 今は直接会って、話をすることなどできない。

 裏路地に駆け込み、そうしてカナタは、ニューヨークの夜闇に紛れた。

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