第三章 究極の秘密/The information weapon(2)


▼ Day3 13:00 EST ▼


 雨音で目が覚める。

 どれくらいの間、意識を喪失していたのだろう。

 開いた双眸に映る像は、いまだにぼやけていたが、やがて鮮明さを取り戻す。

 簡素な寝台の上で横たわっていたようだ。最初に見えたのは白い天井。照明器具が生え出ている様子はない。室内に光源はないようだ。光は、室外のどこかから差している。

 起き上がり、辺りを見渡した。起きてすぐに目に入ったのは、壁ではなくて廊下である。薄暗い室内と通路を隔てているのは、頑丈そうな鉄格子。明かりが灯っているのは、その向こう側、通路の天井に埋め込まれた蛍光灯だった。

「ここは……牢屋か」

 この場所を、そう断定する。

「気付きましたか、ブレイカー」

 廊下を隔てた向かいの牢獄。そこに閉じ込められていたのは、ゾーイだった。スーツの上着を没収されたようで、隠し持っていた銃なども、持っていない様子だ。丸腰である。

 ゾーイは鉄格子に貼り付き、焦った表情で、カナタを見つめて話しかけてきた。

「私も、ついさっき目が覚めました。山奥の納屋まで運転させられた後、そこにいた敵の仲間たちに取り囲まれて……記憶がありません。今まで眠らされていたようです」

 カナタも、そこまでは憶えている。その後の記憶がないのも、ゾーイと一緒である。

「この場所がどこにあるのか。道順を憶えさせないために眠らせたんだろう」

「……ええ。おかげで、仮にここを脱出できたとしても、逃げ道がわかりません」

「見た感じ、牢屋に閉じ込められているわけだが……ここは刑務所なのか?」

 廊下側以外、全面がコンクリート壁になっている。圧迫感がある狭い室内。カナタとゾーイが閉じ込められている牢屋以外にも、通路の両脇に無数の牢が並んでいるのが見て取れた。どの部屋にも窓がないため、外の様子はわからない。太陽が見えないため、時間も推測できない。だが、雨音が微かに聞こえてくるということは、壁は厚くないのかもしれない。

「これだけたくさんの牢が並ぶ施設になると、ここが私有物件であるとは考えにくいです。おそらく公的な施設ですから、刑務所で間違いないと思いますが……問題は、どこなのかですね。見たところ通路の電灯も点いていますし、それなりに清掃された形跡があります。ここは放棄された施設ではなさそうです。ですが、法執行機関でもない、第四執行者フォース・カインドに捕まった私たちが、なぜこんな場所に投獄されているんでしょう」

「オレたちは知らない間に、FBIに差し出されて、投獄されたのかもしれない」

「いいえ。そうではないと思います。いかに私たちが大統領暗殺未遂で捕まったのだとしても、収監されるまでに、いくつかの手続きが必要です。これは正規の収監ではないはずです」

 そう言われて、カナタは少し考え込んだ。

「たしか米国の一般人の中にも、奴の支援者フォロワーたちがたくさんいるんだったな」

 カナタの考えをすぐに察し、ゾーイは歯噛みする。

「なるほど……。では、どこかの刑務所の管理役職者が、第四執行者フォース・カインドに味方している可能性があるということですかね。そこまでのことになってるとは、あまり考えたくないですが……」

 ゾーイは鉄格子から離れ、自分の牢の寝台に腰掛ける。力なく、肩を落とした。

「自動車修理場の事件の後、砂狼の部隊が、我々をずっと追跡監視していたなら、なぜすぐに我々を殺さなかったのでしょう。敢えて生かして、泳がせていた理由がわかりません」

「オレたちに、まだ利用価値があるからだろう」

 カナタは即座に断定する。

 だが、それを聞いたゾーイは、眉をひそめて尋ねてきた。

「私たちは今……完全に孤立しています。支援してくれる味方は乏しく、彼等にとって都合の悪い情報を知っているだけの邪魔者でしかない。仮に私たちを使って偽情報を流布させ、捜査機関を混乱させることもできるかもしれませんが、彼等の味方に内通者がいる以上、その役割を私たちにさせる意味もありません。今さら、私たちが何の役に立つと?」

 ふと、通路を歩く複数の足音が聞こえてきた。

 近づいてくる足音を聞きながら、カナタはゾーイに答えた。

「――――本人に聞くのが、てっとり早いだろう」

 カナタとゾーイの牢屋の前に現れたのは、3人である。

 1人は、タクティカルベスト姿の元軍人、アール=レイバース。カナタとゾーイを誘拐した男。通称、砂狼である。もう1人は刑務官の制服を着た、恰幅の良い大柄の黒人の男である。見たことのない人物だが、立派な制服と帽子をかぶっている姿から察して、おそらく所長だろうか。この場を第四執行者フォース・カインドへ貸し出している、敵側の支援者フォロワーの1人と思われた。

「お目覚めかな。こんなところに押し込めて、すまないね」

 2人を引き連れて現れた、仮面の男。

 ゾーイは、その男を睨み付け、名を呼んだ。

第四執行者フォース・カインド……!」

 襟を立てたダークロングコート。白頭鷲の仮面を身につけた、白髪の老夫である。コートのポケットに両手を差し入れ、堂々たる佇まいで、カナタとゾーイを順番に見る。 

「面と向かって会うのは久しぶりだ、ゾーイ。そしてブレイカー君の方は、初対面だったね」

 第四執行者フォース・カインドは、カナタの方を見やって告げた。

「見ての通り、ここは刑務所だよ。州立刑務所の一角を借りている、とだけ伝えておこうか」

「……」

「君ならすでに察していると思うが、最近は、我々の活動を密かに支援してくれる一般人が多くなっていてね。ここの所長も、我々の熱心なファンだ。ご好意で、この場を使わせてもらっている。まさか捜査機関が追っている大統領暗殺未遂犯たちが、すでに刑務所に拘束されているとは、誰も夢にも思っていないだろう。この場を探り当てることは不可能だ」

 カナタとゾーイの推測は、外れていなかった。だが喜べることではない。

「私たちを、いったいどうするつもりですか」

「少なくとも君については、悪いようにはしないよ、ゾーイ。約束しよう。なにせ君は、かつて“私の息子が愛した人”だ。これでも丁重に扱っているつもりだよ?」

「以前の貴方の言葉ならともかく……。今の貴方を信用することは、とても難しいです」

 ゾーイは胸中を正直に告げた。 

そのまま、第四執行者フォース・カインドの背後に佇む、刑務所長を鋭く睨み付けて警告した。

「そこのあなた。この男に加担することは、国家反逆罪です。私には、あなたを一生、刑務所で過ごさせ、2度と家族に会えなくさせる権限があります。このままでは、ただでは済まないんですよ? それが嫌なら、今すぐ私たちを解放しなさい」

 唐突に、所長を脅迫するゾーイ。相手が一般人であることを考え、弱気にさせれば、心が揺らぐことを期待しての不意打ちだった。だがゾーイの思惑に反し、所長は脅しに屈せず、余裕の笑みを浮かべていた。皮肉っぽく、肩をすくめて見せるだけである。

「無駄だよ。私の計画に協力してくれる、志ある者に対して“今さら”脅しなど無意味さ」

 第四執行者フォース・カインドは、ゾーイを窘めるように言った。

「この国では、誰もが社会のあり方に疑問を感じて暮らしている。富があるというだけで、汚いことをしても罰せらない者たちが栄華を極める。そんな狂った今の世界を、貧困の底から見上げている物たちがいる。これまで大衆は、漠然と、その仕組みを“どうにかして正さなければならない”とだけ感じてきた。強者にだけ有利な、この世界の仕組みをだ」

 雄弁に演説しながら、第四執行者フォース・カインドは拳を固めて見せた。

 仮面の奥に見える凛とした眼差しは、煌々と力強い光を放っているようにさえ見えた。

「つまり私がやっていることとは、誰もが望んでいた“暗黙の正義”であり、その体現だ」

 それを聞いていた砂狼と所長は、賛同しているのだろう。第四執行者フォース・カインドの言葉を聞きながら、ただ無言で微笑んでいる。それに苛立った様子のゾーイが、認められずに否定する。

「暴力による社会の変化なんて、私は認めませんよ!」

「歴史を見直したまえ。これまでに人類社会を変えてきたのは、いつだって暴力だった。そのことは、CIAの仕事をしている君が、1番良く知ることのはずだ。これまで、大衆の知らない世界の裏側で、何が行われてきたのか。そのおぞましさなら散々、目にしてきただろう」

 それを言われてしまうと、ゾーイには返す言葉がなくなってしまう。

「そろそろ、捜査機関の者たちも、疑問に思い始めていることだろう。君もその1人だ。私の行いの“何を悪として咎めるべき”なのか。自らが正義の側にいるのか。自信が揺らぎ、わからなくなってきているんじゃないのか。だからこそ、私の目を見つめ返して言い返せない」

「……!」

「私は、何一つ間違っていない。そうだろう?」

 ゾーイは、思わず自身が、第四執行者フォース・カインドから目を逸らしてしまっていることに気が付いた。まるでこれでは、ゾーイの方が間違っていて、第四執行者フォース・カインドの言っていることの方が正しいのだと、認めてしまったかのような態度である。悔しくて、ゾーイは苦虫を噛む思いだった。

「――――やはり妙だな」

「……?」

 ふと、カナタが小声で何かを呟いたような気がした。気のせいだったのかも知れない。だがゾーイだけでなく、第四執行者フォース・カインドたちも一様に、今度はカナタの方へ視線を向けていた。

 牢獄に囚われた少年は、鉄格子を隔ててもなお、不遜な態度で尋ねた。

「なぜ、暗黙の正義とやらを成すのが、お前でなければならないんだ」

「別に私でなくても良かったさ。ただ、最初に立ち上がったのが私だったというだけだよ」

「……」

「不正を許せないという気持ちは、誰だって持ち合わせている、ありふれた想いのはずだ」

 カナタは、何も答えなかった。普段通りの鉄面皮は、何を考えているのかわからない。

 そこで、第四執行者フォース・カインドは腕時計を見下ろした。

「さて。時間だ。君たちに良いものを見せよう」

 その言葉が合図だった。刑務所長が、ゾーイとカナタの牢屋の扉を、順に開けた。

 砂狼が2人に手錠をかけ、背後から銃口を向けて「歩け」とだけ命令してくる。

「ついてきたまえ」

 第四執行者フォース・カインドに言われるまま、その後に続いて、カナタたちは通路を歩き始めた。

 蛍光灯で点々と照らされた通路は薄暗く、通路の両脇に垣間見える無数の牢獄は、暗がりになっている。他の囚人がいない。人の気配がない。静かな通路に響くのは、カナタたちの足音だけだ。周囲の異常さに気が付いたゾーイが、薄気味悪い思いで言った。

「……何なのですか、この静けさは。この刑務所がまだ稼働しているなら、静か過ぎます」

「どの牢獄にも、囚人が1人もいないな」

 背後のカナタたちの会話を聞き、第四執行者フォース・カインドは、ほくそ笑んだ。

 やがて、通路の突き当たりにたどり着く。行く手を阻む扉のセキュリティを、刑務所長が解除すると、第四執行者フォース・カインドはそれを押し開けた。扉の向こうは体育館のように、広い空間になっていた。吹き抜けになった高い天井から、燦々と目映い電灯の光が降り注いでいる。

 そこは刑務所の食堂のようだ。無数に並んだテーブルや椅子。

 そして――強面の無数の囚人たちが、完全武装して整然と立ち並び、待っていた。

第四執行者フォース・カインド!」

第四執行者フォース・カインド!」

 仮面の男が入室してくるのと同時に、囚人たちは手にした武器を高らかに頭上へ掲げ、その名を称えるように繰り返し声を上げた。眼を血走らせた、屈強な男たちの大歓声。その圧巻の迫力に気圧され、思わずゾーイは後退りしてしまう。カナタは、険しい顔をしていた。

「ご覧。この熱気を見たまえよ」

 囚人たちは第四執行者フォース・カインドに敬礼をすると、再びテーブルの上に広げた銃火器の手入れを始めた。まるで全員が、これから戦場へ向かう準備をしているような、物々しい光景である。

「彼等は、私と志を同じにする、世の中に虐げられた者たちさ」

「いったい、あなたたちは、ここで何をしているんですか……!」

「彼等は、この国を救うために、自身の命を投げ打つ覚悟を持っている。我々の計画を遂行するために、力を貸してくれる真の愛国者たちだ。そして砂狼が鍛え上げた」

 第四執行者フォース・カインドの言葉を聞き、ゾーイは推測して青ざめた。血の気が失せ、震える唇で尋ねる。

「まさか……囚人たちを煽動して“自爆テロ犯”に仕立て上げたのですか!?」

「人聞きが悪いよ、ゾーイ。あくまで彼等は、自身の考えで行動している愛国者たちだ」

全く悪びれた様子もなく、第四執行者フォース・カインドは言ってのけた。

「社会に馴染めなかった者。不当な理由で収監された者。彼等は、様々な事情でこの刑務所へ集められてきた者たちだ。共通しているのは、今のこの国を憎んでいるということさ。私の存在をメディア報道で知り、そして共感し、自分たちも一矢報いたいと滾っているのだ。どうせ檻の中で朽ちる命だから、私の計画で、それを有意義に“使って欲しい”そうだ。無駄になってしまう彼等の命を、私は有効活用しているのだよ。彼等は願って殉教者になりたいのさ」

 そう言って、悪魔のような冷笑を浮かべる。

 寒気がした。ゾーイはこれまで、中東で何度も自爆テロ犯を目撃したことがある。彼等を操るのは、人の命を、武器や弾薬のような消耗品としか考えていない鬼畜たちだった。その鬼畜同然のことを、かつて尊敬していた男が平然とやってのけているのだ。衝撃的だった。

 言葉を失っている、ゾーイ。第四執行者フォース・カインドはそれを意に介さず、話を続けた。

「もはや私は、最初の火付け役でしかない。私が始めたこの戦いは、今や私だけの戦いではなく、皆の戦いになりつつあるからだ。私の考えに賛同する、多くの名もなき大衆の有志たち。彼等が国を想う尊い志が、私という象徴を支援することによって、いつしかこの国を正そうとする巨大な動きムーブメントに育ってきた。善良なる市民たちは、皆が私の同志になりたがっている」

「人々を煽動して政府と対立させ……そうして、この国を滅ぼすつもりなのですか……!」

「少なくとも内戦にはなるだろう。改めて、正しい国の在り方を目指してな」

 力なく、ゾーイはその場にへたり込んでしまう。

 捨て身で第四執行者フォース・カインドの計画を遂行しようとしている、狂った戦士たち。それを目前に、言葉が見当たらず、戦慄くのみだ。いったいこれだけの人数の自爆テロ犯を集めて、どれだけ大それたことをするつもりなのか。尋常ではない量の弾薬と爆薬の数々を見れば、911テロ事件以上の惨事が起きても、不思議ではないだろう。かつて自分が憧れた、偉大な人物が、取り返しの付かない罪を犯そうとしている。それを、ゾーイはただ見守るしかないのだろうか。

 悔しくて、唇を噛みしめているゾーイと対照的に、カナタが冷ややかに告げた。

「無駄なお喋りだ。オレは、この国がどうなろうと興味はない。オレに与えられた仕事は、ただお前の計画と、お前の背後にいる参謀を叩き潰すことだけだ」

「ハハハ。君は今、その“計画”にやり込められている最中じゃないか。冗談がキツいな」

 ゾーイは珍しく、怒りを露わにした形相で、第四執行者フォース・カインドを責め立てる。

「その貴方の計画とは、いったい何なのです……!」

 今は、言葉にして吐き出さなければ。責め立てなければ気が済まなかった。

「正義のためと称して、権力者たちを殺害してまわり、こうして大衆に大義を与えて、我が国への大規模なテロ攻撃を企てている。米国への憎しみを煽り、自爆テロ犯を生み出し続ける、野蛮な過激派勢力と何も変わりません! 私には、そうとしか見えません! 昨日の自動車修理場での、ベイリル大統領誘拐の件と言い、私にも納得がいく説明をしてください! こんなこと……貴方の息子、エリックの目を見て、誇りを持って説明できるのですか!」

「ああ。もちろんだ」

 非道な行いを、息子に誇れるのだと即答する第四執行者フォース・カインド

 もはや、堕ちるところまで堕ちているとしか、言い様がない。

 聞いても理解できないことを、掘り下げても仕方がない。カナタは話の切り口を変えた。

「なら、話しやすいことから質問してやろう。昨夜の自動車修理場の件。お前は、オレが大統領を撃つことを――――“最初から計画に入れていた”な」

「……ほう」

 カナタの発言に、ゾーイは驚嘆する。

「昨日の大統領誘拐未遂。これまでお前が行ってきた、義賊的な行いとは矛盾する行為の理由も、あの場でオレに大統領を撃たせる状況を作るための芝居だった。そう考えれば合点がいく。お前には、エリスが入れ知恵しているんだったな。しかも内通者が、日本から来るオレたちのことを事前に通知していたはずだ。エリスなら――オレを利用することを考える」

 大統領が撃たれることを予見していた? そんなこと、事前に想定することが可能なのか。

 カナタの推察を聞いた第四執行者フォース・カインドは、しばし唖然としていた。だがやがて、不敵に笑む。

「フフ。相変わらず、敵にしておくには惜しい、素晴らしい洞察力だ」

クツクツと、腹を震わせて低く笑った。

「君はしばしば、荒唐無稽な行動に出て、物事を解決しようとする傾向があると聞いていた。他者を頼らず、自身で道を切り開き、その結果を受け入れる覚悟がある人間だからだ。エリスは、君の性質を見抜いていたよ。その分析が正確であったから、君の行動を先読みできた」

 信じられないことに、第四執行者フォース・カインドはカナタの推察を認め始めた。

「砂狼たち襲撃部隊には、君が行うであろう蛮行を、敢えて事前に教えることはしなかった。そのおかげだ。君が大統領を撃った時の彼等の驚きは、我々が君の行動を予期していなかったと“錯覚させる”くらい、迫真に迫って見えただろう? 天才の目を欺けた」

「オレを油断させ、お前たちのシナリオ通りに操られていると、察知されないための工作か」

「我々の作戦参謀たるエリスは、君よりも上手なのさ。それはわかっていたことだろう。君はこの国に降り立つ、ずっと前から、すでに我々の手のひらの上で踊っているんだ」

 途方もなく荒唐無稽な計画だった。

 そんな非常識な作戦を、常人なら実行しようと思わないだろう。成功するとは思わないからだ。だが第四執行者フォース・カインドたちは、それを実行し、目論見通りの結果を得ていると言う。その作戦を立てたエリスという参謀の知性は、神懸かっているとしか言い様がないだろう。

「そんな……そんな計画が成立するなんてことがあるの!? 最初から全て、ブレイカーさんに大統領を撃たせるための、偽の大統領誘拐計画だったなんて……!」

「それだけのために、お前はずいぶんと多くのシークレットサービスを殺したな。かつては、お前のことを守護してくれていた、見知った仲の者もいたんだろう。大した外道だよ」

「その点については、残念に思っているよ。だが、全ては計画のためだ。尊い犠牲だった」

 第四執行者フォース・カインドは虚空を見上げ、カナタを見ずに語りかけた。

「エリスとは、神がこの世に遣わした、救いの子だよ。彼の知性は、もはや人の領域を超えている。あらゆる未来を予見し、いつか人の世のあらゆる難問に解を見いだしてくれるだろう。君の破天荒な行動すら、彼にとっては想定内だ。たしか君は、史上最悪の天才と称されているのだったかな。君がそうであるなら、私はエリスのことを、こう呼ぼう」

 亀裂のように、唇の端を吊り上げて笑み、第四執行者フォース・カインドは横目でカナタを見下ろした。

「――“史上最善の救世主カリスマ”とな」

 第四執行者フォース・カインドは、カナタを嘲笑う。

「エリスは、時にテロリストのように振る舞う。そして時には、凶悪事件の裏方に徹し、実行犯たちに知恵と力を与えて、彼等の計画を成就させてきた。エリスがそうしてきた結果、この世界はどうなったと思う? 少しずつだが、たしかに“変わってきている”んだ」

「どうやら奴に心酔しているようだな」

「心酔ではない。共感さ。エリスがやっていることは、痛みを伴う世界構造の変革だ。犠牲を伴いながら成し遂げられる、世界の救済なんだよ。私が成し遂げようとしていることも、彼にとっては、壮大な計画の一部なのだろう。たとえ私とエリスが、お互いに違う目的を持っていたとしても、理想は共有している。だからこそ、こうして協力することができているのさ」

 ふと、それまで黙っていた砂狼が、第四執行者フォース・カインドへ声をかけた。何かを耳打ちしている。

「ふむ……。天才との会話を、もっと楽しんでいたいところだが、そろそろ出発だ」

 踵を返し、ロングコートの裾をはためかせる。

 再び、カナタたちは第四執行者フォース・カインドの後に続いて歩かせられた。食堂の中央を突っ切り、いくつかのセキュリティゲートを抜けた先。そこは地下駐車場だった。黒塗りの大型バンが10台以上並んでおり、慌ただしく物資の積み込み作業をしている、囚人たちの姿が見受けられた。

「私たちを、どこへ連れて行くつもりなんですか……!」

「すぐにわかる」

 砂狼に銃口で背中を押され、ゾーイはバンの荷台に乗るよう、促された。

 逆らえず、車に押し込められるゾーイ。それを見守った後、第四執行者フォース・カインドはカナタに告げた。

「君は特別に、あちらの車両に乗ってもらう」

 そう言って、第四執行者フォース・カインドは1台のリムジンを見やった。胴が長い、高級車両である。

 ここで抵抗することは無意味だと考え、カナタは黙って、その指示に従うことにする。

 車に向かう途中。第四執行者フォース・カインドはすれ違い様に、カナタへ言った。

「――――お互い、積もる話もあるだろうな」

「……!」

 その言葉の意味を即座に理解し、カナタは目を見開く。

 リムジンの前まで来ると、運転手の男が現れた。

 恭しくお辞儀をして見せ、車両後部の扉を開けて、カナタを迎えた。開いた扉の向こうには、高価な調度品をあしらった内装が見える。本革のソファが敷き詰められた座席。格式高い応接間のような雰囲気の車内である。その最奥に鎮座している、1人の人物がいた。

 輝く白い髪。性別不明で、中性的な美しい造形の顔。カナタと同じくらいの背丈だろうか。ただ美しいということ以外、性別も人種も不明な人物である。

「やあ、カナタ。今は、ブレイカーと呼ぶのが適切かな」

 少年とも少女とも取れる、不思議な声色。宿敵は語りかけてきた。

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