第一章 第四執行者/The force kind(6)


▼ Day2 22:14 EST ▼


 カナタたち以外に、室内には、ベイリル大統領の他に2人の人物が立っていた。

 1人は、カナタたちをこのプレハブ小屋へ案内してくれたスーツの黒人で、おそらくはシークレットサービスのリーダー格だろう。そしてもう1人は、部屋の隅で佇み、カナタたちの様子をじっと観察している様子の、グレースーツの女性だ。中東系の顔立ちで、美人である。何者なのか、まだ定かでないが、黒人の男と装いも違うことから、シークレットサービスではないはずだ。もしかしたら秘書官なのかもしれない。

 日米の両陣営の面通しが終わると、大統領は英語で尋ねてきた。

「それで? 君たちのことは、何と呼べば良いのかな?」

「私のことは宣教者ロベリアと呼んでくれるかしら」

「ぼ、爆弾魔ボマーです!」

「……悪魔ブレイカー

 3人はそれぞれに口を開き、簡潔に自己紹介をした。

 それを聞いた大統領は、少し怪訝な顔をする。

「ふむ。皆、日本人離れした奇妙な名前だ。コードネームと考えれば良いのかな」

 答えたのはロベリアである。

「その通り。内閣情報捜査局CIRO職員は、お互いをコードネームで呼び合うの。こういう仕事では、本名は邪魔にしかならないもの。それぞれ特殊な技能を持っていて、それぞれの得意分野に応じた呼び名が付けられているわ。技能は、名前から察していただけるかしら」

「なるほどね……。なら、爆弾魔ボマーさんと悪魔ブレイカーくんの名前は、察するに少々物騒そうだ」

 それを近くで聞いていた黒人の男が、ニヤニヤと微笑んでいることに気付く。

 不快そうな顔をしたのはカナタたちではなく、その態度を見かねた、大統領の方である。

「何か、おかしいかな、ボブ?」

「いえ、ただの子供たちに、大層な名前が付いているもんだと思いまして。我々、シークレットサービスだってコードネームは使いますが、彼等ほど大層な名前じゃありません」

 ボブと呼ばれた黒人は肩をすくめて、露骨な嫌みを口にした。大統領は忠告した。

「彼等をただの子供だと、侮らない方が良いぞ。狩月局長が送ってきた子供たちだからな」

「そういうもんですかね」

 態度の悪いボブの非礼を、大統領は代わりに詫びた。

「失礼したね。シークレットサービスや、米国中央情報局CIAの現場担当は、はっきり言って君たちのことを快く思っていない。君たちが未成年だからというわけではなく、そもそも、自分たちの国のことは、自分たちで守れるという絶対的な自信とプライドがあるからだよ。国外の情報機関に助けを求める、今回のような異例行為は、無様に思えて、もってのほかなのだろう」

「大統領は、柔軟な考えなのね。私たちが未成年だということを気にしてないのかしら?」

「確かに。君たちがとても若いことは、予想外で驚いているよ。けれど、私と狩月局長とは、ちょっとした旧い付き合いでね。あの狩月局長が君たちを援軍として寄越したからには、間違いなく、君たちの力を頼りにして良いのだと考えている」

 大統領は仕切り直すよう、温和だった表情を険しくした。

「さて、あまり時間もない。早速だが、本題に移らせてもらおうか。君たちは今、この国に存在しない秘密の存在だ。本来、私が直接こうして君たちと会って話をするというのは、その秘密を漏らしかねない危険行為でもある。表向き、本日の私の公務は終了していることになっていてね。だからある意味では、私も今この場に存在しないことになっているわけさ」

「では、これは表向き、存在しない対談ということね。こうして会いに来たということは、直接、私たちに話したい大切な用件があるのかしら?」

 大統領は、歯切れ悪く語り出した。

「承知しているだろうが、我々は何としても、第四執行者フォース・カインドの暗殺を成さなければならない」

「聞いているわ。秘密裏に、それに協力するため、私たちはこうして来た」

「彼をただのテロリストだと思わないで欲しい。彼は私の前任。昨年まで、大統領職にあった傑物だ。無所属で大統領選に出馬し、他候補に大差を付けて圧勝し、過去にこの国のリーダーを務めた。任期中は高い支持率を維持し、内政においても、外交においても失策はなかった。まさに米国史に刻まれるべき、偉大で優秀な大統領だった。……私も尊敬していたよ」

「敵ながら、ベタ褒めなのね」 

「それだけのやり手だった。彼は任期中、米国のあらゆる国家機密を見聞きしている。もちろん、各軍がこれまで人知れず行ってきた秘密工作や、政府や司法機関の不正だって、何だろうと知っている。おそらく彼は、任期中に知り得た富裕層のスキャンダル情報を利用して、今の“義賊活動”を行っているんだろう。かつて国民の先頭に立って国を導いていたリーダーは、今は、この国で正義を成し遂げる仮面の英雄と化した。国民への影響力は計り知れないよ」

「いったい何を目的に、第四執行者フォース・カインドは、義賊活動をしているの?」

「――――私たちCIAは、奴の狙いは内戦の誘発。あるいは国家転覆だと考えています」

 それまで部屋の隅で黙っていた、グレースーツの女性が答えた。

「申し遅れました。私はゾーイ。CIAの国内特別担当です」

 ゾーイと名乗った女は、3人に歩み寄ってくる。

「奴が危険なのは、元大統領という肩書き。それがあれば、証拠なんてない陰謀論にすら、ある程度の説得力が生じます。大衆には、彼の言葉の真偽など判断できません。けれど、自分よりも偉大な人物の言葉であれば、信じてしまいます。大事なのは真実よりも、誰が言ったかという権威の方。第四執行者フォース・カインドは仮面をかぶり、自分の素性を大衆に隠しています。まだ肩書きの力は使っていないようですが、それも時間の問題でしょう。もっとも効果的なタイミングで、大衆に正体を明かし、国民を煽動するつもりではないかと予測されています」

 ゾーイの話を聞いていた大統領は、苦笑して付け足した。

「彼は多くのことを知りすぎている。いつ何時、どんな国家機密を暴露されても、政府にとっては致命的な痛手になるだろう。どこの国もそうだが、潔白な政府とは存在しない。国のためにやむなく行った、敢えて秘密にされている“正義のための悪事”というものもある。残念ながら、そうした清濁含めた政府の行いを、多くの国民たちは許さないだろう」

 そこまで語った後、大統領は改めて、3人の顔を見渡して言った。

「君たちに直接会いたかった理由は、私が、この事態をとても深刻に考えていることを伝えたかったからだ。一刻も早く、君たちには成果を上げて欲しい。情報提供ならいくらでもしよう。まずは敵の参謀――エリスに対抗できなければ、第四執行者フォース・カインドに近づくことすらできない。第四執行者フォース・カインドを倒すため、君たちには、我々が先手を打てる情報を掴んでもらいたい」

 大統領の言葉に賛成なのだろう。ゾーイとボブも、カナタたちに視線を向けてくる。

「我々よりエリスに詳しい君たちに言うのも何だが、何者なのか、正体の掴めない亡霊のような相手だよ。だが確実に存在し、常に我々の数手先を読んで妨害してくるのが現実だ。エリスを参謀にして行動している第四執行者フォース・カインドたちのテロ攻撃は、とても巧妙で、いつも前触れすら我々に察知させてくれない。どこの誰がどのように攻撃されるのか、知るのはいつも事後なんだ。テロを事前に察知できない米国政府は、対処が後手になってしまっているんだよ」

 大統領は、期待を込めて言う。

「だが今夜、君たちが来た。狩月局長から聞かされている話では、君たちはエリスに対抗できる特別に優秀な人材だそうだね。どうか我々に協力し、第四執行者フォース・カインドの次の攻撃を阻止して欲しい。我が国政府と、国民の安全を守ることに力を貸して欲しいんだ」

 すると、それまで黙っていたカナタが口を開いた。

「――――エリスはなぜ、第四執行者フォース・カインドの犯行に“直接”協力しているんだ?」

 急に英語を話し始めたカナタに、ロベリアもボマーも驚いた顔をする。

「え? 貴方、英語を喋れたの……?」

「高校の教科書なら一通り読み込んだ。高等教育までの英語なら、全て理解できてる」

「読み込んだって、貴方が就学したのは半年前くらいよ? そんな短期間で……冗談でしょ」

 平然と告げるカナタに、ロベリアは唖然としてしまう。

 カナタは構わず、少したどたどしい英語で続けた。

「これまでオレたちが関わった事件の中で、エリスの役割は、言うなれば犯罪コンサルティングだった。先端科学技術ASTを犯罪者たちに提供し、資金援助やアドバイスは行うものの、自ら直接、積極的に事件へ関わろうとはしなかった。それなのに、今回のように自分自身が関わって犯行に及ぶのは、過去に自らの手で直接に起こした事件、神奈川生物兵器テロ以来のことだと言える。なら気になるだろう。その理由が。今までと、今回との違いは何だ?」

 カナタの疑問に、その場の全員が黙り込む。

「……思い当たることなら実はある。いや。むしろ、その可能性を危険視している」

 答えたのは、冷や汗を浮かべ、苦々しい顔をしている大統領だった。

第四執行者フォース・カインド、ジェイク=カーターが大統領という職にあった以上は例外なく、彼は“米国の秘密”を知っている。エリスは、それを得るために協力しているのかもしれない」

「米国の秘密……?」

「教えることはできない。核の発射コードと同じで、大統領のみに知らされる重大な秘密だ。本来なら、その秘密が存在することさえ秘密なんだ」

「……」

第四執行者フォース・カインドには、その秘密を守るモラルも、愛国心もあると信じている。だがエリスはどうか、わからない。万が一その秘密が暴露されれば、内戦どころの騒ぎでは済まないだろう。それだけは……それだけは何としてでも食い止めなければならない。私がエリスを最も恐れる理由は、その秘密を暴露されることだ。だから私は手段を選べない。周囲に反対されようと、解決に必要であれば他国の力だって借りる。もはや、なりふりなど構っていられないんだ」

 大統領の青ざめた表情を見れば、それが余程の秘密だと、察することは容易だった。

「――――――すいません、お兄さん」

ふと、ボマーが、カナタの服の裾を引っ張った。ボマーはカナタを見上げている。

 そのまなざしは……ゾッとするほどに感情がこもっていない。

「血のにおいがします」

 そう言ってアリスは、プレハブ小屋の窓ガラスの向こうに目を向ける。促されるように、カナタたちも窓を見やった。ガラスの向こう側は、薄暗い倉庫内の様子が見えるだけだ。

 だが闇の中に――小さな閃光が見えた。

「?」

 プシプシという小さな音と共に、窓ガラスに複数の小穴が開き、砕け散る。高速で室内に飛び込んできた弾丸の1発は、ボブの左肩に命中して血しぶきを上げさせた。

「ぐあっ!」

「伏せて! 窓から離れて!」

 ゾーイは大統領を庇うように押し倒し、声を荒らげてカナタたちへ言った。言われるまでもなく、カナタたちは室内に分散し、窓から死角となる場所に身を隠した。肩を打たれたボブも、脂汗を額に滲ませながら、事務机の裏に隠れる。

「ばかな、侵入者の襲撃だと!? 外には護衛官がいたはずだぞ!」

 室内のスピーカーから、甲高い耳障りなノイズが轟く。その後、男の声が聞こえた。

『――かつてフーバー大統領は言った。政府に誠実さが欠ければ、国民の道徳も毒されると』

 男の声は雄弁に物語る。

『あれはまさに予言だった。この国の腐敗は、多くの人心を腐らせてしまった。有力者たちが、法を犯しても裁かれない。不正な方法で儲けても、人を殺してしまっても、金さえあれば、司法も行政も彼等を咎めないからだ。金さえあれば不正は許される。それが暗黙のルールとなり、日常になった社会。そこに我々は生きている。悪が栄え、正義は死んで久しい。こんな世の中に公正さを取り戻すとしたなら、正義を成す“英雄”が必要だとは思わないか』

 その声の主の正体を、大統領は確信した。

「……ジェイク!」

『久しぶりだな、ベイリル大統領。ご存じの通り、今は第四執行者フォース・カインドを名乗っている。いずれ多くの人々が、英雄と呼ぶであろう象徴の名だ』

 窓の向こうの暗がりから、レーザーポインタの赤い光線が、無数に飛び込んでくる。

 人影を捜すように、赤い光の点が、ゆっくりと室内を走査し始めていた。全身黒ずくめの武装した兵士たちがいた。いずれの男も、消音器付きのサブマシンガンを構え、カナタたちのいるプレハブ小屋を包囲している。いつの間にか、カナタたちは袋のネズミと化していた。

『すでに状況を理解していると思うが、君たちは私の私兵部隊によって完全包囲されている。この声は倉庫の業務連絡システムを利用して届けているし、君たちの声は室内のラップトップPCマイクから拾えているから、気兼ねなく話をしてくれて良い。それと、護衛であるシークレットサービスの諸君には、永遠に眠ってもらった。かつて私の身辺警護をしてくれていた顔見知りたちを殺すことに抵抗はあったが、計画上、やむを得ない犠牲だった』

 冷酷な第四執行者フォース・カインドの言葉に、ボブは愕然とする。

「そんな馬鹿な! こんな短時間で、気配もなく精鋭の部下たちが全員だと!」

『その声は、ボブか。まだ知人が生きていてくれて嬉しいな。君たちが精鋭であることは、警護されていた私が一番よく理解している。だからこそ、君たちよりもさらに精鋭の味方を連れてきたのだ。聞いたことがあるかな、“砂狼”の名を』

 ボブは悔しさに歯噛みしている様子で、毒づくように、その名を口にした。

「アール=レイバース、だな……!」

 ボブの言葉に応えたのは第四執行者フォース・カインドではなく、冷めた口調の張本人だった。

『――――目立たないためとは言え、護衛を少数しか連れてこなかったのは間違いだったな。すでに、お前たちは完全に包囲されている。逃れられる可能性など、万が一にもない』

『ということだ。生憎と、私は多忙の身でね。現場のことは砂狼に任せている。遠方からの挨拶になってしまって申し訳ないが、後の仕上げは、砂狼に任せて失礼させてもらうとするよ』

 口ぶりからすると、どうやら第四執行者フォース・カインドは、この場に来ていない様子だった。

 修羅場を取り仕切る後任は、砂狼。レイバースである。

『聞いた通りだ。こちらの要求は1つ。大統領の身柄を引き渡せ』

 砂狼の要求を聞いて、大統領が怪訝に尋ねた。

「……なぜ、私の身柄が必要なんだ」

『答えてやる義務はない。素直に投降するなら、その部屋にいる護衛官とCIA、それに日本から来た子供たちの命を助けてやろう。投降しないなら、大統領以外は皆殺しだ』

「……」

『1分やる。その間に相談して、どうするか決めるんだな』

 言葉短く、レイバースは一方的に警告して黙り込んだ。

 重苦しい沈黙が、室内に訪れる。あまりの急展開に、大統領やボブ、ゾーイは混乱している様子だった。放心に近い状態だ。その様子を見かねて、ロベリアが嘆息混じりに言った。

「投降すれば私たちを助けるというのは、ウソでしょうね」

「ああ」

 ロベリアの意見を、カナタは即座に肯定した。疑問を呈したのは大統領である。

「……なぜ、そう思うんだい?」

 するとロベリアが、肩を竦めて言った。

「だって、連中がやろうとしてるのは大統領誘拐よ? そこらの誘拐事件とはワケが違うわ。しかもその犯人グループの正体を、私たちは知ってるわけだし。生き残った私たちに通報されて、捜査機関に追いかけ回されるよりも、私たちの口を封じて、犯人不明のままにしておいた方が、攪乱できて何かと都合が良いわ。まあ、私ならそうするって言う話だけどね」

第四執行者フォース・カインドは、顔見知りの護衛官たちを平然と殺す命令が出せる奴だ。そんな奴なら、見ず知らずのオレたちを殺すことなんて、一瞬たりとも躊躇ったりしないだろう」

 とてつもない早さで状況に適応し、冷静に分析するカナタたち。大統領は思わず呆気にとられ、口を噤んでしまった。ほんの数分の間に生じた非常事態なのだ。それなのに、ほとんど焦った様子を見せていない子供たちに、大人たちは感心するよりも、異様さを感じてしまう。

 ロベリアの意見を聞いた上で、ゾーイが進言する。

「……彼等の言うことには一理あります。急いで投降してください、大統領」

 ゾーイは額に冷や汗を浮かべ、余裕のない表情へ懸命に笑みを作る。

「あなたが投降すれば、少なくとも、あなたの命だけは助かります。どんな選択をしても、我々が殺されることに変わりないのなら……せめて、大統領が銃撃戦に巻き込まれない状況が好ましいと考えます。私たちは、大統領が助かる方法を、第一優先にするべきなのです」

「ゾーイ……!」

 言葉を失う大統領。ゾーイの言葉を後押しするように、ボブも言った。

「我々だって、ただ黙ってやられるわけじゃない。大統領が投降した後、必死に戦って、そうすることで生き残れるチャンスだってある。我々に構わず、迷わず投降してください」

 スーツの裾を破り、撃たれた肩の止血をしながら、ボブは苦笑いを浮かべた。

 だが相手は、詳しい数も装備もわからない謎の戦闘集団だ。確かなのは、この建物を警護していたシークレットサービスを、瞬く間に倒して無力化できる技能を持った集団ということだけである。そんな敵を相手に、完全包囲されていては、絶対に形勢逆転できることなどない。

 わかっている。だからこそ選択すべきは、せめて大統領だけでも助かる道なのだ。

 ボブたちが捨て駒になれば、大統領を生かせる。その選択こそが、今この場の最善である。

「――――いいや。ダメだな」

 だが、その全てをカナタが否定する。

「それでは奴等に、みすみす大統領の身柄を引き渡すことになる。何が目的なのか不明だが、第四執行者フォース・カインドの計画を前進させてしまうだろう。ここで敵に、大統領を引き渡すべきじゃない」

 カナタの発言を耳にしたボブは、眉間に青筋を浮かべ、露骨に怒りを露わにした。

「ガキが……そんなことができるなら、誰だってそうしてるに決まってるだろ! 精鋭の部下が全滅させられるような、そんなとんでもない手練れ部隊に取り囲まれてるんだぞ! 銃社会じゃない日本育ちだから、この状況の危険さがわからないのか!」

「危険な状況はわかっている。それでも、大統領を奴等に渡すべきじゃないと言ってる」

「なら、これから始まるのは大統領を巻き込んだ銃撃戦だ! 命の保証はないんだぞ!」

「エリスの策略を超えたいんだろう? なら大統領を渡すな。そして戦うべきじゃない」

「はあ? いったいどうやったら、そんなことができるって言うんだ! 策でもあるのか!」

「策ならあるさ。たった1つだけな」

 カナタの言葉に、室内の全員が怪訝な顔をした。

 大統領を投降させず、銃撃戦も回避する。

 全てにおいて第四執行者フォース・カインドの陣営が有利の状況であるというのに、そんな都合の良い方法が、本当にあるというのか。子供が考えることなのだ。実現し得ない、自信に満ちた愚策。そうではないかと、ボブはカナタを疑った。だがカナタの目つきが、そうではないと訴えている。

「このガキ、なんて目をしやがる……!」

 思わず呻いてしまった。背筋が冷えるほどの、底暗いまなざしだったのだ。これまで多くの戦場を巡ってきた、熟練の兵士であるボブですら、寒気を感じるほどの暗い目である。

 カナタは、ボブの方に手を差し出して要求をする。

「銃を貸せ」

「…………いったい何をするつもりだ、ガキ」

「ここは彼を信じてみよう」

 困惑していたボブに、大統領が言った。力強い大統領のまなざし。その目に宿る確信は、盟友たる狩月への信頼からくるものだろう。その目は、カナタに任せるべきだと言っている。

 渋々とだったが、ボブはホルスターからハンドガンを引き抜き、それを床に置く。カナタの方に滑り渡すと、カナタはそれを受け取った。カナタは、手早く安全装置を外す。

『――さあ、結論は出たのか?』

 スピーカーから再び聞こえたレイバースの声に、答えたのはカナタだった。

「大統領は投降しない」

『ほう。興味深い。なら、みすみす殺されることを選んだわけか』

「違うな。これからオレは、お前から、オレたちを殺すという選択肢を奪うんだ」

『……何を言っている』

 カナタはハンドガンを構える。

 銃口の先には――――“大統領”がいた。

「!?」

 誰かが声を上げるよりも早く。カナタは引き金を引いた。

 瞬間、銃口は火を噴き、吐き出された銃弾は、即座に大統領の腹部へ突き刺さる。

 血しぶきを上げ、青ざめた顔でへたり込む大統領。すかさず、傍にいたゾーイが駆け寄り、慌てて止血を始めた。ロベリアとボマーは、目の前で起きた事実に理解が追いつかず、呆けてしまっていた。ボブも最初は唖然としていたが、すぐに頭に血を上らせ、喚き散らした。

「クソガキ! なんてことを! 大統領を撃ちやがっただと!」

 肩の傷の痛みで、カナタを襲うことができず、ボブはその場で怒り狂っていた。

「信じられない! こんな、こんなことを!」

 意識を失った大統領を支えながら、ゾーイは血の気を失い、狼狽していた。

 周囲の動揺など気にもとめず、カナタは悠然と立ち上がる。

 すると、室内に人影を捜していたレーザーポインタの赤い光が、一斉にカナタの身体に集まる。敵はプレハブ小屋の中に銃口を向け、獲物の姿を探していたのだ。いつ撃たれてもおかしくない状況である。だが気にせず、カナタは、気絶してしまった大統領に歩み寄って行った。

 銃口を、再び大統領の頭に向ける。

「見えているか、砂狼とか言う奴」

 レイバースも言葉を失っているのだろう。スピーカーの声は沈黙していた。

 構わず、カナタは大統領の傷の具合を見やりながら、言葉を発した。

「今、大統領を22口径で撃った。止血困難な腹部をな。もって、せいぜい20分で失血死だ。それまでに病院へ運び込まなければ、大統領は死ぬ。つまり迷っている時間はない」

『……貴様、狂っているのか!』

 ようやくレイバースは、言葉を発する。それを聞いて、カナタは嘲笑を浮かべた。

「もしも今ここでオレたちを攻撃するというなら、オレは今すぐこの場で、大統領を殺す。そうすれば、お前たちの目的は達せられなくなるだろう。オレはすでに大統領を撃ったんだぞ。くれぐれも“撃てない”だなんて誤解してくれるなよ」

 カナタは不敵に笑みながら、大統領のこめかみに銃口を押しつける。

 そうして、窓の向こうから、銃口を向けてくる兵士たちへ宣告した。

「1分やる。大統領を死なせたくなければ、今すぐ撤退しろ」

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