第一章 第四執行者/The force kind(5)

▼ Day2 22:00 EST ▼


 ペンシルベニア州フィラデルフィア。

 米国の東海岸に位置する街で、ニューヨークと、ワシントンDCの中間に位置している都市である。有名なペンシルベニア大学のキャンパスがあるため、学術都市としての側面が強い。そのため街並みはどこも、広大なキャンパスの敷地内という雰囲気だ。フィラデルフィア美術館や、歴史的建造物も多く、米国内では比較的小さな都市なのだが、多くの人が集まる、有名な観光地にもなっていた。

 すでに夜が訪れているため、通りに人の姿は見当たらない。

 昼間であれば、出歩く大学生たちの姿が多く見受けられたことだろう。だがもはや、昼間の観光地らしい雰囲気は消え去っていた。今はネオンの陰に、怪しい男たちの姿が蠢く、危険な時間と化している。フィラデルフィアは、全米でも屈指の、治安が悪い都市としても知られている。夜遅くともなれば、道を行き交うのは、危険人物か、自動車だけだ。

 観光スポットが多いセンター街の周辺に、貧困街が隣接している。

 フィラデルフィア北部。犇めくように建ち並んだ小さな家々の風景に、ひび割れたアスファルトの道路が走っている。あちこちの壁にスプレーアートの落書きが施され、火をくべたドラム缶を、ホームレスたちが囲っていた。そんな景観の場所だった。

 街の一角に、寂れた倉庫がある。

 四方を有刺鉄線付きの金網のフェンスで囲まれた倉庫だ。ちょっとした草野球場くらいの敷地はあるだろう。その中に、2棟の倉庫が建ち並んでいる。昼間は自動車の修理工場として使われている場所であり、修理待ちの車や、配送待ちの新車が、粗雑に並べて置かれていた。

 治安の悪い立地の倉庫であることもあり、敷地内のあちこちには防犯カメラが設置されており、巡回する夜警の姿も見受けられる。だが、今夜の夜警は普段と違う。

 サブマシンガンで武装した、物々しい黒スーツの男たちである。5分ごとに無線で点呼を行い、警備体制に穴ができていないことを、互いに徹底確認している。統率された動きの彼等は、町外れの自動車修理工場を守る警備員などではなかった。

『――全チームへ。空からの荷物が届いた。所定の場所で開梱する』

 無線連絡の声と共に、敷地の入り口から、小型トラックが1台、入場してきた。敷地内の、照明の灯っていない場所を選んで進み、トラックは倉庫の1つへ入って行く。

 倉庫内では、武装した黒スーツの男たちが6名。車両の到着を待ちわびていた。 

「ついにお出ましだぜ。内閣情報捜査局CIROから来た助っ人とやらだ。さて、どんな野郎なんだ」

「助っ人ね。特殊部隊か何かの出身か? あれ? そういや日本に軍隊なんてあったか?」

 スーツの男たちは、トラックが倉庫棟に入るのを確認してからシャッターを下ろし、手早く荷下ろし作業を始める。車両後部の荷台を開けると、棺のような機械製の箱が2つ、並んで横置きにされていた。保温カプセルである。あらかじめ決められた手順で、それを開けていく。

 中から出てきたのは、仏頂面の1人の少年と、2人の少女だった。

「……おい。まさか、冗談だろ。まだ子供じゃないか」

 部下たちの荷下ろし作業を見守っていた、坊主頭の厳つい黒人が毒づいた。

「あんなガキ共を、俺たちの援軍として寄越しただと? 日本人め、ふざけやがって」

「やめておけ、ボブ。元々、日本のような平和ボケした国の情報機関に、大統領以外は、誰も期待なんかしちゃいなかっただろ。みんな言ってたことじゃないか」

 ボブと呼ばれた男は、スーツの襟を正しながら毒づいた。

「ふん。俺たちシークレットサービスは子守りじゃないんだ。銃撃戦になって、あの坊やとお嬢さんたちが、泣いてクソを漏らしたって知らないぜ」

 シークレットサービス。

 大統領一家をはじめ、要人警護を行う執行機関であり、米国各軍から、選りすぐりの手練れを集めて組織された戦闘部隊でもある。スーツの男たちはいずれも、その所属である。

 ボブは、隣に立っていた同僚と語らい終わると、無線機に告げた。

『開梱は終了。これから荷物をフェニックスへ届ける。総員、警戒を厳にしろ』

 ボブは少年たちに「ついてこい」と、無愛想に声をかけ、倉庫の奥へ向かって歩き始めた。

 倉庫内に、雑然と並べられた多くの自動車の横を通り抜け、たどり着いた先は、簡素なプレハブ小屋だった。ボブはその扉をノックした後、小屋へ入室する。

 白色の電灯に照らされた室内には、いくつかの事務机と椅子がある。それにいくつかの棚も置かれていた。普段は、事務所として使われている場所。そんなふうに見えた。

 ボブは、部屋の最奥で待つ人物に向かい、背筋を正して敬礼をする。

「閣下、連れて参りました」

「ご苦労様」

 にこやかに微笑む。その男は、人当たりが良さそうな顔つきだった。

 金髪碧眼。上品な口ひげを生やした老夫であり、着込んだ上等なスーツの襟元には、合衆国国旗のバッジが付けられている。優しい顔で、多くのシワを刻んではいるが、若く見える。

「やあ、初めまして。君たちが、狩月局長が送ってくれた、荒事のスペシャリストだね」

 老夫は少年たちに歩み寄る。初対面であるのに、その顔には見覚えがあった。

「私の顔は、どの国のニュース番組でもよく見られるから、今更、自己紹介は必要ないかもしれないね。でも名乗っておくよ。私は合衆国大統領、ライアン=ベイリルだ。よろしく頼む」

 ベイリル大統領は、気さくに語りかけた。

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