第262話 王都へ

――雑木林



 東門から少し離れた場所にある雑木林。

 そこへ誰からも見られることなく、こっそり近づく。

 

 林はさほど大きくなく、じめっとした湿気が漂っていた。

 そのため、苔生した木々が立ち並ぶ。

 また、人が足を踏み入れることがないのか、道はなく、丈の高い雑草が林の周りを覆っているため、外から覗き見られることはない。


 

 ラングは林に入る前に軽い注意を促した。

「この林は沼地が多く、ヒルも多いので、気をつけてくださいね」

「マジで? 俺、半袖なんだけど。魔法で結界でも張ろうかなぁ。魔力がもったいないけど」


 そうぼやいていると、キタフが声を返してきた。

「その必要はない。我らの周囲に微量の電磁波を流し、虫などの微小な生命体を遠ざけておこう」

「ほんと、ありがとう」

「フッ、友の仇相手に言う言葉ではあるまい」

「そうだけど……礼くらいは言うさ」

「甘いな。そのようなことで宰相を討てるのか?」

「それは……」


 キタフの言葉は、ウードの中に眠るヤツハのことを指している。

 ウードを殺すということはヤツハを殺すということ。

 ここまで来て、まだ迷いがあった。

 


 俺は一度、視線を地面に落とし、おずおずとキタフに向けていく。

 彼は相変わらず襤褸で顔を隠しており、その表情は窺い知れない。


(中身はどんなのなんだか? サシオンに匹敵するとか言ってたから結構屈強な感じなのかな? いや、技術力が匹敵しているだけだから体は関係ないのか? 技術力……そうだっ)


 俺はヤツハについて、とある妙案を思いつく

「くそ、何で気づかなかったんだ? ウードのことで頭がいっぱいでこんな単純な質問を忘れてた」

「急にどうしたというのだ?」

「あの、キタフって、サシオンに匹敵するレベルの技術を持った宇宙からやってきたんだよね? だったら、ウードとヤツハを分離することができるんじゃ?」


「サシオンの宇宙から見れば我らの宇宙は見劣りするが、それでもその程度のことなら設備さえあれば可能だ。だが、そのようなものをない。作ろうとすれば数か月はかかる」

「数か月、そんなに……」



 その間にウードによって、どれだけの人々が蹂躙される?

 友達にどれほどの悲劇が強いられる?

 とても、待てる時間じゃない……。


 俺は両奥歯を噛みしめる。

 その姿を見たキタフは軽く息を落とし、言葉を漏らした。


「貴様からの情報によれば、ヤツハとは偶然生まれた存在なのだろう。ならば、仮に施設があったとしても、ヤツハの意識を固定するのは難しい」

「それは、意識が弱いから?」

「その通りだ。己を確固とする意識が脆弱である以上、分離しても消えるか、狂人が誕生するかのどちらかだろうな」

「そうなんだ……」



 ヤツハとは……なんて悲しい存在なんだろう。

 俺かウードがいなければ、存在を許されない。

 フォレを想う感情を持ちながら、女性としての存在を許されない。


 そんな憐れな少女を俺は生み出してしまった。

 それがたとえ意図しないものであったとしても、これは俺の責任。

 そうであるのに、俺はヤツハを消そうとしている。


 俺はなんて無責任で、身勝手で、愚劣な男だろうか……。


 力のない少女一人守ってやれず、それどころか犠牲を強いる情けなさに、薄っすらと視界がぼやける。

 すると突然、背中を激しく叩かれた。


「あんちゃん!」

「げほっ、ゴホンゴホン、けほ……なんだよっ、いきなり?」

「そんな暗い顔しても仕方ねぇだろ。そりゃ、妹さんを犠牲にするってのは、俺なんかにゃわからねぇ辛さってもんがあるだろうが……でもよぉ、放っておくと、もっと辛い目に合うんじゃねぇのか?」

「そうだな、たぶん、そう……」



 ヤツハが今もウードの中にいるとするならば、あいつはヤツハを苦しめているに違いない。

 ヤツハを助けてやれる方法がないのであれば、せめて苦しみから解放させてやらないと。

 たとえそれが、悪夢ような手段であっても!


「おっさん、ありがとう。少しは決心というものがついた気がする」

「なら、いいけどな。気持ちの整理は宰相殿を前にするまでにつけとけよ」

「わかってる」



 この話はここで切り上げて、地下水路に続いているという大岩の前に立った。

 この岩の前で一泊して、日の出とともに地下水路に入る手筈。

 俺たちは明日のために、これ以上無駄な体力を使わないように、会話もなく早めの就寝へとついた……。




――次の日

 

 明朝、大岩の隙間を覆っている蔦や雑草を潜り抜けて内部に入る。

 内部はぽっかりと開いた空洞になっていて、地面には砂を被った石畳があった。

 ラングが砂を払い、石畳を持ち上げる。

 そこから地下水路へと侵入していった。




「おお~、王都の地下ってのはこんな風になってんのかぁ」

 バーグのおっさんが清らかに流れる川や壁にくっつている照明に視線を飛ばしながら好奇心を丸出しにしている。

 その姿は、初めて俺たちが地下水路に入った時の姿を思い出させる。

(ふふ、アプフェルやアマンにスプリたちもきょろきょろしてたっけ。ま、俺もそうだったんだけど)


 俺は地下水路の先へと視線を投げる。

 どこまでも続く、上下左右変わりない双子のような光景。

 目印になるようなものはなく、あえて人が迷うように作られているとしか思えない構造。

 

(おそらく、王都からの脱出路としての役割もあるんだろうなぁ。さてっ)

 視線を地下水路の奥からラングに移した。



「本当に迷わず行けるの?」

「もちろん。目印もつけられないので苦労しましたが、しっかりと頭に道順は焼きつけてますよ」

「目印をつけられない?」

「ええ。過去に何度かチョークなどで小さな目印をつけていたのですが、どういうわけか時が経つと消えてしまうのです。実に不思議な通路でして」

「そうなんだ。でも、妙な魔力も感じないし、たぶん電灯と同じで科学の力なんだろうなぁ。そうだ、科学と言えば……」


 俺はキタフに顔を向ける。


「もしかして、キタフがいれば迷わずに地下水路を歩けるんじゃ?」

「それは無理だ。水路内はこちらのセンサーを妨害する欺瞞ぎまん装置が働いている」

「それって、サシオン?」

「それはわかりかねる。高度な技術を持つ者は私やサシオン以外にもいるからな」

「そっか」


 顔をラングへ戻す。

「よかったね、用済みにならなくて」

「あなた、さらっと酷いこと言いますね……」



 

 その後は会話らしい会話もなく、地下水路を進み、二時間ほどで出口が見えてきた。

「あれ、ここって……?」


 その出口には見覚えがあった。

(ここは違法賭博場の取り締まりの際に、アプフェルたちと一緒に突入した入り口だ。ということは)

「ラング、もしかして出口は東地区?」

「ええ、よくおわかりに」

「たまたま、この出口だけ知ってたからね」


 街へと続くその出口は鉄製の扉で閉ざされていた。記憶が正しければ、扉の手前には川が流れているはず。

 ラングはどこで手に入れたのか、魔力の籠る鍵で扉に付けられていた魔法錠を外す。


「さて、私の役目はここまでです。健闘を祈ってますよ」

「あんがと。ラングはこれから?」

「チャッカラに戻ります。呪いを解いてもらって、報酬を頂かないといけませんので」


 そう言って、彼は微笑んだ。

 彼の様子から報酬はかなりのもののようだ。

 背中を向けようとするラングに、俺は一言声を掛ける。


「その金を貰ったら、もう悪事に手を染めるような真似をよせよ。次、会うことがあって、そのとき、お前がまたあんな下種なことに関わっていたら、おそらく許せない」

「……フフ、年下の少年に説教されるとは、なんともはや。わかりました、リョウさんには会わないように気をつけときましょう」


 ラングは会わないとだけ言葉を残して、地下水路へと姿を消していった。



「あのバカ、ちゃんと約束しろよっ」

 言葉を吐き捨て、地面を強く蹴り上げる。

 そんな俺におっさんが声をかけてきた。


「あんちゃんよぉ。ラングのこと知ってるみたいだけど、あいつは何をしたんだ?」

「以前、ラングは違法賭博場の門番をやっていた。でも、その裏では人身売買が行われていたんだよ。あいつは直接関わっていないみたいだけど……知っていた」

「そうか。なるほどな……人ってのは一度堕ちると、なかなか這い上がるのが難しいからなぁ」

「そうであっても、這い上がってほしい」


 わずか数日程度の関係。

 それでも、関わりを持った人間が転がり落ちる様は見たくない。

 俺はすでに、ラングの影も無くなった地下水路の奥を見つめ続ける。

 

 

 その様子を見かねたのか、背後からおっさんが肩をぽんっと叩いてきた。

「あんちゃんは優しいねぇ。だけどよ、優しさだけじゃあ、どうにもなんねぇことはある」

「そうだけどさ」

「ま、だからといって、優しさを無くせって話じゃあねぇけどな。そいつはぁ、大切な心だ。だけど、時に足枷になる。まぁ、なんだ、とにかく締めるところは締めとかないといけねぇ。そうしないと、後悔することもあるかもなぁ」

 

 バーグのおっさんは曖昧な言葉を置いて、扉の外へ向かった。

 でも、曖昧でもわかる。

 おっさんは覚悟を決めろと言っている。

 ヤツハと共にウードを討つことを……。

 そこに優しさが介在すれば、躊躇ためらいが生まれる。

 そしてそれは、後悔を生む結果になる。


 俺もおっさんの後に続き、扉の外へ向かう。

 その足取りは、重い……。

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