第261話 襤褸を纏ったマヨマヨ

――数日後・英雄祭、最終日前日



 演説が行われるのは明日の正午すぎから。

 ウードは女王の演説の前座のために立つ。

 そこを襲う計画。

 

 俺たちはザルツさんたちと別れ、キタフの転送の流れに乗り、結界やマヨマヨの監視の目の届かない早朝のシオンシャ大平原へ降り立った。

 


 風に吹かれ、緑の絨毯がさざ波を立てながら形を変える平原。

 その平原には人影はなく、あるのは――俺、バーグのおっさん、マヨマヨのキタフ、案内人ラングのみ。

 

 俺は訪れた姿のままに急遽作り上げたホルスターを提げて、そこに拳銃を突っ込んでいる。

 剣は装備していない。


 装備していない理由は、今の俺はお地蔵様の加護もなく身体機能が著しく低下し、接近戦を行いにくいためだ。

 一応魔力で肉体を強化できるが、使い切りの力なので接近戦は避けて魔法戦を行える必要最低限の強化にとどめておきたい。


 

 バーグのおっさんはシュラク村で出会った時と同じ、簡素な旅人の姿に長剣を腰に差している。

 マヨマヨのキタフは相変わらず真っ黒な襤褸ぼろですっぽり。

 案内役のラングは夏らしいラフな格好で、腰の左右に二本のナイフを差していた。

 彼は案内が終わった時点で別れる手筈なので、完全に護身程度の装備だ。


 俺たちは円陣を組むようにして集まり、最初の目的地を確認するためラングに話しかけた。

「たしか、地下水路の入り口は東門近くの小さな雑木林にあるんだよな?」

「ええ、雑草と蔦で覆われた岩の隙間。その中に水路へと続く道があります」

「じゃあ、今日は雑木林まで行って、明日の朝になったら侵入開始だな」


 みんなはコクリと頷き、雑木林を目指す。


 


 キタフを先頭に、なるべく人の目を避け、街道を通らず、ただっぴろい平原を横断していく。

 そこには目印になるようなものがないため、本当に道があっているのか不安になってくる。

「大丈夫? 街道を進むと東門の前に丘があったけど、それっぽいの見えないんだけど」

「かなり遠回りしているからな。だが、迷うことはない」


 キタフは正多面体の青い水晶を浮かべて、先へ先へと進んでいく。

 水晶には平原っぽい地図と、ミミズがのたうち回っているような文字が浮かんでいる。

 何が書いてあるのかわからないが、地球でいうナビのようなものっぽい。



(ま、キタフは地球より進んだ技術を持っているから、大丈夫かな?)

 俺は後ろを振り返り、バーグのおっさんとラングを目に入れる。

 一人は無精ひげを生やしたおっさんで、もう一人は胡散臭い青年。

 前に歩くのはなんだかよくわからん存在……。

 

 俺は小さく息を落とす。

 それにおっさんが反応した。


「はぁ」

「ん、どうした、あんちゃん?」

「いや、むさ苦しくて胡散臭い所帯だなって」

「そりゃ、俺のセリフだよっ。なんでこうも女っ気がないんだ?」

「そんな質問されても困るわ!」


 二人しておバカなやり取りを行う。

 そこにラングの声が交わってきた。

「全員が男とは限らないでしょう?」

 

 そう言って、彼は前を見つめた。

 そこには頭からすっぽりと黒い襤褸を被ったマヨマヨ。

 俺は足を止めて、キタフに尋ねる。



「ちょっといい? キタフって、男? 女?」

「私に性別はない?」

「はい?」

「私は雌雄同体だからな」

「え、そうなのっ?」


 俺が驚きの声を上げる横からおっさんが割り込んでくる。


「て~っと、あんたは男であり、女であるってわけか?」

「そうなるな」

「ほぉ、フードの中身が気になるところだねぇ」


 おっさんは顎髭をジョリっと撫で、好奇心に満ちた瞳をキタフへ向ける。

 俺もラングも同様の瞳を向けた。

 その好奇心に、キタフは左右に首を振る。


「私の姿を見るのはやめておいた方がいい。貴様たちとは姿形が違い過ぎる」


 彼の答えに、俺たち三人は互いにちらりと視線を交わし合い、俺が尋ねることになった。

「俺たちから見ると、結構きつめ?」

「そうなるな」

「それじゃ、あんたから見ると俺たちは化け物みたいな姿をしてるわけだ」


「ま、そうなるな。とはいえ、多くの種族を知る我らルンブリクス人は相手がどんな姿をしてようと、さほど驚いたりはしないが」

「あ~、そういや、宇宙人だっけ? いや、あんたからすると俺が宇宙人なわけだけど」



 この宇宙人というワードにおっさんとラングの意識が向く。


「うちゅうじん?」

「なんですか、それは?」

「え~っと、他の惑星の人。って言ってもピンとこないか? ほら、夜空に瞬く星があるだろ。そこにはいろんな世界があって、たくさんの生き物がいるんだよ。その姿形も千差万別。そう言った人たちを宇宙人って表現することがあんの」


 説明を受けてもあまり要領を得ないのか、二人は空を見上げて眉を折っている。

 俺も空を見上げる。

 そこで、今の説明がアクタでは間違っていることに気づく。


(そういや、アクタの外側って無の世界だっけ? 宇宙なんかないんだよなぁ……あれ? じゃ、なんで夜に星が瞬いてるの?)


 アクタに夜が訪れると、空を覆い尽くすほどの星たちが現れる。

 もちろん、月も存在する。

 今だって恒星である太陽が輝いている。


 俺もまた、二人と同様に眉を折った。

 キタフはそんな俺の態度を見て、小声で俺だけに声をかけてきた。



「あれらはまやかしだ。投影に過ぎない」

「そうなんだ? でも、太陽の熱を感じるんだけど?」

「単純なエネルギー変換だ。それを使い、移り変わる季節もまた再現している」

「え~っと、ホログラムみたいなもの?」


「それよりも遥かに複雑で高度だが……実像を持ったホログラムと表現した方が貴様にはわかりやすいだろう。まぁ、そう表現するならば、我らもまた実像を持ったホログラム……情報集合体なのだが」

「え?」

「我らもアクタ人も情報の集合体。さらに言えば、あらゆる宇宙もまた情報の集合体に過ぎん。というわけだな」

「はぁ、わかるようなわからないような……」


 

 俺たちを突き詰めれば、みんな分子の塊。

 そこに誰が命じたか知らないけど、俺という存在を構成する情報を基に形どっている?


「だめだ、さっぱりわからん」

 自分のキャパを超えることを考えると頭が痛くなるし、答えなんて絶対見つからない。

 正に俺の座右の銘どおり、考えてもわからないことは考えても仕方がない。

 そんなわけで考えるのをやめて、キタフに先へ進むよう頼もうとしたところ、ラングが質問を差し入れてきた。



「ちょっといいですかね? せっかくの機会だから、マヨマヨであるキタフさんに尋ねたいことがあるのですが?」

「なんだ?」


「今では変わってしまいましたが、以前まで我々は、あなた方マヨマヨを空気のような存在と見ていました。しかし、いま思えばかなり妙な話。互いに不可侵の存在であったとはいえ、あなた方のような異様な存在を無視し続けることができるなんて……」


 彼の意見にバーグのおっさんが便乗する。

「たしかにな。マヨマヨが傍にいても当たり前のように素通りしてたけど、目の前にこんな襤褸を被った奴がいたら多少は身構えるもんだよな」


 俺も二人に便乗し、キタフの襤褸を目に入れながら尋ねる。


「そもそも、マヨマヨはなんでそんな格好を? そういや、特定の誰かにしか見えない時もあったよな?」


 近藤が王都に現れたとき、誰も近藤を認識していなかった。

 


 俺たちはこれらの疑問をキタフにぶつける。

 彼は少しだけ悩んだ様子を見せた。

 だが、小さな息を吐いて話を始めた。


「今となってはもういいだろう。我ら迷い人が貴様たちから認識されづらい、または認識されなかったのは、そういった技術を使い、貴様たちに関わらないように努めていたからだ」

「ああ~、そういえばそうだったね」

「どういうことだ、あんちゃん?」


「マヨマヨってすごい力を持ってるから、アクタ人の特定の誰かに肩入れしないように努めていたんだって。そうしないとアクタの勢力バランスが大きく崩れちゃうから」

「はぁ~ん。そういや、マヨマヨには穏健派ってのがいたな。強硬派のキタフの旦那もそうしてたのなら、マヨマヨたちはアクタのことを考えていた? ん~、これは良い奴らだと言っていい、の、か?」

「さぁ~?」

 

 俺はキタフに視線を振る。

 彼は真っ黒な襤褸を頭から被っており、その表情は窺い知れない。

 彼の姿を目にして、その姿について尋ね直す。



「でさ、キタフ。マヨマヨが認識されないようにしてた理由はわかったけど、どうしてそんな怪しげな格好をしてんの? 逆に目立たない?」

「この襤褸には生命体からの認識を薄める効果があるので問題ない」

「認識を薄める?」


「誰かが我らを目にしても、路傍の石程度にしか感じない。そういった作りになっている」

「ああ~、どっかでそんな道具聞いたことあるよ」

「ん? 貴様の地球はそこまで進んではいないはずだが?」

「いや、物語の話で……でも、それだとわざわざ襤褸の外套を羽織る必要はないだろ? もっと普通の格好をすればいいのに」


「万が一、認識を阻害する効果が失われた場合を考えてこのような格好とっている。私が口にするのも妙だが、このような気味の悪い存在に関わり合いを持ちたいとは思うまい」

「たしかにねぇ」


 俺はキタフの襤褸を見つめ、視線を布端ぬのはしへ向ける。

 そこは文字通りボロボロで、糸くずが飛び出し、服として形を成していない。



「改めてみると、かなりひどい格好だよな。もうちょっと何とかならなかったの?」

「色々と議論はあったが、アクタに存在する様々な種族から奇妙な存在と見られるには、この格好が一番都合が良いという結論に落ち着いた」

「はぁ~、そんな話し合いがね~。ちょっと、面白そう」


「加えて、我ら迷い人は様々な宇宙から訪れているため、この姿こそが最も適している」

「適している? なんで?」


「同じ迷い人でも、誰もが精神的に成熟した世界から訪れるわけではない。つまり、互いの姿が違い過ぎる場合、嫌悪感を抱くことがある。それを防ぐために、皆、全身を覆う外套を纏って個性を無くしている」

「そっか、そういうこともあるのか」


「また、そのことについてはアクタ人も同様。何かの拍子でアクタ人が我らの姿を目にした場合、恐れ、嫌悪、忌避感を抱く可能性があるからな。そこから弾圧という方向に舵を取られては困る。だから、身を覆い隠している」

「はぁ~、色々考えてんだね。まぁ、見た目が差別の引き金になることもあるしねぇ」

 

 俺はしみじみと感心する。

 おっさんとラングは半分程度しか理解できていないようで、曖昧な相槌を打っていた。

 キタフは前を向いて、足を進める。



「さて、もう十分だろう。目的地へ向かうぞ」

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