第260話 新たな魔法

「いや~、面白かったぁ」

「こっちは全然面白くねぇ……本当に、俺の魂じゃないんだろうな?」

「だから、魂なんか抜き取ってないって。俺の写真も見せただろ。ビルの写真すげぇって言って、楽しんでたじゃん」

「そりゃあ、そうだけどなぁ……なんつーか、こう、心臓の辺りがもやもやして、何かが無くなった気がすりゃあ」



 ちゃんと説明もして色んな写真を見せてあげたのに、おっさんは今も青い顔をして自分の胸元をさすっている。

 少し、悪ふざけが過ぎてしまったみたいだ。


「わるかったよ、おっさん」

「もう、いいけどよ。だけど、こういうおふざけは無しにしてくれよ」

「わかってるって。さて、そろそろ本題を試しますか」



 本題――それは銃の試し撃ち。

 銃を扱ったことのない俺は銃を撃つという感触を知らない。

 だから、何発か試しに撃ってみたいのだ。



 俺は両手で銃を構えて、適当な木の幹に標準を合わせる。


(こんな感じでいいのかなぁ。跳弾とかないよね? ま、撃ってみればわかるか。跳ね返ってきたら結界で防げばいいや)



 撃鉄を起こし、トリガーに右手の人差し指を差し込み、引く。


 すると、パンッと乾いた音とほぼ同時に木の幹に小さな穴が空いた。

 でも、穴の空いた場所は狙った場所よりも少し上。


「反動で銃口が跳ねたのかな? 次はもうちょっとしっかり持って、トリガーを引く」


 二発目は狙った場所よりも少し右側に着弾した。


「うん、ま、この程度でいいや。当てるのが目的じゃないし。あとは片手で撃ってみて、と」

 三発目を発射しようと構える。すると、ずっと様子を見ていたおっさんが話しかけてきた。


「あの、あんちゃんよ」

「ん、なに?」


「たしか、鉛の弾を飛ばすための道具だよな、それ?」

「うん、そだよ」

「鉛ってのはかなり柔らかいんだが、よくそんなので木に穴を開けられるな。筒の先っちょも小さいから、弾もそんなにデカくないだろうによ」


「う~ん、たしかぁ、鉛は鉛でも合金だったようなぁ。他にも、運動エネルギーがどうとか言うのもあったな……ほら、あれだ。だたの紙の塊だって、速く投げて、それが当たると結構痛いだろ」

「まぁな」

「それをとんでもなく早く射出することで、威力を高めてるっていう話……たぶん」


「なるほどなぁ。言われてみれば、弓矢なんかがそうだしな。変わった武器だから、そんな当たり前のことにも考えが回らなかったぜ」

「はは、そうなんだ」


 俺は拳銃へ視線を向ける。

(まったく、引き出しの世界が使えれば、ちゃんと説明できるんだけど。でも、たぶん、ざっくりとは当たってるだろうし、いっか)



 物質の速度を上げると威力が上がる。

 自動車も速度が出るとぶつかった時の被害が大きいし、間違ってはいないはず。

 そう、なんだって速さがエネルギーに……。


(速さがエネルギーに? ってことは、魔法も?)



 俺は銃を腰に挟み、手の平に炎の下位呪文、ミカを産んだ。

 それをおっさんが怪訝そうに尋ねてくる。

「あんちゃん、どうした? いきなり魔法なんか出して?」

「ちょっと試したいことが」


 そう言って、近くの岩に炎の宿る手を向けた。

 まず、普通にミカを放つ。


 ミカは岩に当たり、弾け消えた。

 近づいて、観察をする。

 表面に焦げ跡があるだけで、岩に何の変化もない。



 元居た場所に戻り、再度ミカを形成。

 次は、出来る限りの高速で射出してみる。


 

「ミカ!」



 高速射出されたミカが岩に当たると、激しい音が鳴り響いた。

 俺は岩に近づき、よく観察する。


(表面は焦げてる。これは当たり前……だけど、ちょっとだけヒビが入ってるな。多少は威力が増したってことかな?)


 だけど、この程度では威力に大した差はない。

(うまく行けば、少ない魔力で魔法の威力を上げられると思ったけど……ふむぅ~、どうすればいいかなぁ?)


 俺は一度、弾丸を撃ち込んだ木の幹を見つめ、次に腰へ差した銃へと移した。

(鉛の弾。弾丸は小さい……小さい……同じ大きさにしてみるとか? いや、そんなことしても威力が落ちるだけ……うん、いや、小さくする……ただ、小さな炎にするだけじゃなくて……)



 俺はもう一度、右手にミカを浮かべた。

 ミカは野球ボールほどの大きさで揺らめいている。

 その炎を見つめながら、流れを感じる。


(魔力の流れ、マフープの流れ。それをもっと静かにし、ゆっくりと縮めよう)

 しかしミカは、己の姿を変えられることを拒み、激しく反発する。

(くそ、思ったより難しいな。魔力を注げば元の大きさよりも大きくするのは簡単なのに、魔力を操作して小さくするのは難しいなんて)


 

 もしかしたら、それぞれの魔法には固有の大きさ……いわば、活動限界の大きさがあるのかもしれない。

(あ~あ、先生の授業をちゃんと聞いてなかったからなぁ。魔法を生み出すのは面白かったけど、頭を使う方はどうもねぇ)


 授業を真面目に受けてなかったことに後悔しつつ、ミカに意識を集める。

 ミカは魔力の流れを激しく乱して、俺の制御力に反抗する。

 しかし、流れを巧みに扱える俺は、ミカの流れを完璧に制御し、反発する力を弱めていく。

 すると、ミカは見る見るうちに縮み、ゴルフボールほどの大きさになった。


 俺は魔力がギュッと詰まったミカを、再び岩に向かって放った。


「ミカッ!」



 圧縮され、高速で射出されたミカは岩を貫き、後方に生えている雑草にぶつかって土煙と炎を巻き上げた。


(いける! 魔力も通常のミカとほとんど変わらない)

 高速で射出する分、若干魔力の消費は上がるが、圧縮されたミカは元々のミカの魔力消費と変わらない。

 圧縮されたミカは硬度があり貫通性に優れている。

 それなのに、魔力消費がほとんど変わらないのは俺の制御力のおかげ。

 これは、制御力を高めに高めた者にしかできない魔法。


 俺は手応えを感じて、ぐっと右手を握り締める。

 後ろからは一連の様子を見ていたおっさんが驚きを交え声をかけてきた。



「すげぇ。魔法力は通常のミカと変わらねぇのに、威力が跳ね上がりやがった」

「わかるの?」

「あたりめぇだ。こう見えても、いっぱしの戦士だったからな。これくらいは」

「そっか、そうだったね」

「こいつを応用すれば、他の魔法もとんでもねぇことになるんじゃねぇのか? 例えば、ミカハヤノなんかを圧縮して打ち出せば……」


「うん、たぶん、魔法の結界すら簡単に貫通できる。いや、その程度ならミカでも可能かも。むしろ、ミカの方がいい」

「そいつは、どういうこった?」

「こういうこと」



 俺は数十個ほどのミカを同時に浮かべる。

「下手にミカハヤノを使うよりも魔力消費の少ないミカを大量に産んで、連続射出する方が実用性が増すと思う」

「いや、軽く言ってくれるが、同じ魔法とはいえ、同時に唱えるなんてかなり高度な技だぞ。しかも、そこから圧縮っていう制御もするんだろ?」

「そうだけど……そんなに難しく感じてないかな。ろうそくに火をつける応用みたいな感じだし」


 制御力を磨くため、同時に何本、何十本のろうそくに火をつける訓練を行っていた。

 その下地があるおかげか、下位魔法であれば同時に複数操作するくらい造作もない。



 おっさんは無数に浮かぶミカを見ながら、半ばは呆れたような笑いを漏らした。

「はは、ホント軽く言ってくれる。ま、何にせよ、俺から見ればとんでもねぇ魔法だ。魔力消費をほとんど変えることなく、威力を倍に、いや、数倍に上げる魔法。それを同時に複数行う。あんちゃんは、とんでもねぇ天才だな」


「褒めてくれてありがとう。でも、褒め言葉がとんでもねぇばっかだな」

「仕方ねぇだろ、とんでもねぇもんはとんでもねぇんだから」

「ははは、まったく……だけど、まだこの程度じゃ、切り札としてはちょっと弱いかも」

「いやいや、十分だろ」

「いや、足りない!」



 俺は再度、手の平にミカを産んだ。

 そして、圧縮を始める。

 ミカはそれに反発するが、俺の制御力の前では素直に従うしかない。


(そうだ、良い子だ。うん?)

 ミカは自身が変わることを嫌がり、グッと俺の力を押しのけようとしている。

 その力に、新たな魔法の可能性を見出した。


 俺は一度制御力をほどき、ミカを元の姿に戻す。

 そして、バーグのおっさんへ声を震わせる。


「おっさん、俺はとんでもない魔法を見つけたかもしれない!」

「なにっ?」


 俺はミカを産む。

 そこに魔力を注ぎ込みつつ、ミカを圧縮していく。

 後ろにいるおっさんが声をぶつけてくる。


「お、おい、魔力の消費が上がってるぞ。失敗じゃねぇのか?」

「いいんだよ、これでっ。これでもミカハヤノの四分の一程度の魔力!」

 さらに俺は意識と魔力をミカに集める。

 すると、ミカは悲鳴を上げ、激しい抵抗を始めた。

 バーグのおっさんもまた悲鳴じみた声を上げる。


「ちょっと待て! これ、制御できてんのか? 暴走してる気が済んぞっ!!」

「そうだな、暴走みたいなもんだ。多少しんどいが、それでこれが行えるなら、安いもんだ!!」



 俺は穴が空いた岩へミカを放つ。

 圧縮されたミカが岩に触れると、俺はミカに自由を与えた。





「――行こう、おっさん。人が集まってくる」

「あ、ああ」


 俺は後ろへと振り返りながら、水の魔法を広く放った。

 そして、バーグのおっさんと一緒に急ぎ足で森から離れていく。

 途中、おっさんはちらりと岩があった場所を覗き見て、ぶるりと身体を震わせた。

 そこにはもう、岩などない。


 あったのは焦げ臭さの混じる白い煙と……大地を抉り取ったクレーターの姿だけだった。

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