第259話 異文化交流(一方的)

 キタフの検査を受けて、結局、引き出しの能力は使えないということがわかった。

 仕方なくそれは諦めるとして、王都侵入日までまだ時間が残っている。

 その間に、俺はチャッカラの近くにある森に来て、銃の感触を味合うことにした。



 傍にはバーグのおっさんがいる。

 彼は物珍しそうにまじまじと銃を見ている。


「その銃ってのは武器なんだよな。どんな武器なんだ?」

「単純に言えば、飛び道具。鉛の弾を高速で打ち出す武器だよ」

「はぁ~ん、そんなもん使うより、魔法使えばいいじゃねぇか?」

「俺の世界には魔法がないの」


「マジか? そんな世界あるのかよ……あれ? だけど、あのキタフとかいうマヨマヨは何もないところから何かを作ってたじゃねぇか」

「あれは科学という力」

「カガク?」

「あ~、なんて説明したらいいかなぁ」



 説明のために頭を捻る……だけど、良いたとえが浮かばない。

(くそっ、引き出しの世界が使えれば、うまい説明の仕方が見つかるかもしれないのに)


 だけど、使えば膨大な情報が勝手に脳へ流れ込み、処理が追いつかず壊れてしまう。

 そういうわけで、テキトーに説明をするしかない。


「魔法とは別系統の真理。力だよ。ただ、キタフの世界は俺の世界よりも進んでるから、一見、魔法のような科学を使うことができるってわけ」

「はい? 魔法みたいなカガク? 何言ってんのか、さっぱりなんだが?」

「悪いね、俺は専門家じゃないから今のが精一杯」


「ま、あんちゃんはそんなに頭良さそうに見えないしな」

「うっさいわっ」

「ってなるとよ、魔法みたいなカガクの力が使えない、あんちゃんの世界は何ができるんだよ?」

「何がって言われてもなぁ……」



 そんな問いをされても、何をどう答えればいいのかわからない。

 とりあえず、身近なことでもと指を折りながら唱えていく。


「え~っと、食べ物を瞬く間に暖めることのできる道具がある。世界の裏側にいる人と会話ができる道具がある。動力源に生き物を使わない馬よりも早い乗り物がある。空を飛ぶ乗り物がある。月に行ける乗り物がある」

「ほぉ~」

「他にも大量に情報が詰まった箱や板があって、そこから自由に情報を閲覧することができる道具なんてものもあるね」


「う~ん、完全にお伽話の世界だな」

「まぁ、そっちから見ればそうなるのかも。俺から見ると、こっちの方がよっぽどお伽の世界なんだけど……あ、そういや」



 俺はポケットを弄り、財布とスマホを取り出した。


「これってさ、俺の世界のものなんだよ」

「ほぉ、どれどれ」


「こっちは財布。これがお金ね。ほいっ、小銭から」

「ふ~ん、これは銅貨? こっちはやたら軽いな。おもちゃみてぇだ。それにこっちのは穴が空いてやがる。不良品か?」

「いやいや、不良品じゃないから」


「ふむふむ、どれもった意匠だな。特にこの黄褐色の硬貨。角度を変えると文字っぽいのが浮かびやがる」

「五百円玉だね。こっちでいうと~、大銅貨のジュピ銅貨一枚分くらいかな?」

「マジかよ。こんなにってんのに。マキュ銀貨くらいの価値がありそうだが」

「ないない。マキュ銀貨なら、たぶん一万円くらいになるから……と言っても、いま手持ちに一万円札はないけど。代わりにこれを見せてあげる」



 そう言って、千円札を渡す。


「なんだこりゃ? 紙じゃねぇか」

「紙幣っていうお金だよ。価値はマス銀貨一枚分くらい」

「はぁ? どう見ても、こんな辛気くせぇおっさんが書いてある紙っ切れよりも、こっちの硬貨の方が価値がありそうだけどな」


「辛気臭い言うなっ。詳しくは知らないけど、なんか医療分野で頑張った偉人だぞ。それにほら、太陽に掲げてみて」

「うん? おう……おおう、もう一人辛気くせぇおっさんが現れてやがった」

「だから、辛気臭いっていうな!」


「まぁ、なんだ。なんかすげぇ技術が使われているのはわかったぜ」

「そ、じゃ、返して」


 千円をパシッと取り上げて、大切に財布へと仕舞い込む、

 おっさんはその財布を興味深げに覗き込んできた。



「何だ、カードっぽいのが入ってるが?」

「うん、これ? ポイントカード類だけど。アプリで対応していない店のやつを入れてるの」

「ポイントカード? あぷり?」

「あ~、ごめん。アプリは忘れて。とにかく、そのカードを買い物するときに出すとポイントが貯まって、次に買い物するときにそのポイントが現金として使えんの」


「なんでそんな真似を? 店の損じゃねぇか?」

「そうでもないよ。このポイントは基本的に買った店でしか使えないし」

「ほぉ。それで?」


 おっさんは急に目を輝かせて、身体を前のめりにしてきた。

 何か興味を引くようなことがあったんだろうか?



「するとだよ、ポイントを使いたいから同じ店で買い物をしようとするだろ。そうやって、顧客を確保する仕組みってわけ。それにポイントカード発行の際に、顧客情報を手に入れたりもできるしね。他にもメリットがあった気がするけど、忘れた」


「なるほどなぁ、面白れぇ商売方法だ。その仕組みをもうちょっといじれば……ふむ、良いねぇ」


 おっさんは一人で何度も頷き、何かを納得する素振りを見せる。

 その態度が気になり、尋ねる。


「なに考えてんの?」

「うん? いや、うまく事が済んだら、兵士家業を辞めて、商売に手を出そうと思ってたからな。キシトル帝国も無くなったことだし、新たな転機としては丁度いい」


「いや、国が無くなったのが丁度いい転機って。あんだけ、悲しんでムカついてたくせに」

「それはそれ、これはこれだ。楽しく生きていくためには金が無きゃな」

「まぁ、おっさんの人生だし好きにすればいいけど」



 俺は財布をポケットに戻す。

 おっさんはというと、俺の左手に残るスマホが気になるようで、はやるように尋ねてきた。


「で、そっちは?」

「これはさっき話した、色んな情報が詰まっている板。遠くの人と話したりもできるけど、今はできない」

「ん、なんでだ?」


「う~ん、電波とか基地局とか言ってもわかんないよな。えっと、簡単に言うと使用範囲が限られていて、アクタでは使えないの。それに、そろそろ充電が切れるし」

「じゅうでん?」

「アクタでいう、魔力のようなもの……そこはキタフに頼めばなんとかなりそうだけどねぇ~」

 

 と、言いつつ、電源を入れて、残り残量の少ないスマホの画面を弄る。

 そして、両手でスマホを持ち、おっさんに裏ケースを向けた。



「おっさん、こっちに笑顔を見せて~、はいカシャっと」

「なに?」

「よしっ。ほれ、おっさんが撮れてる」

「とれてる?」


 バーグのおっさんにスマホの画面を見せる。

 そこには軽く眉を顰め、首を前に投げ出したおっさんの姿が映っていた。

 その画像を見て、おっさんは声を震わせる。



「な、な、な、なんで俺の絵がそこに? しかも、鏡に映っているくれぇに精巧じゃねぇか?」

「これはカメラって言って……うん?」


 おっさんは自分の写真画像を見て、何かビクつく様子を見せている。

 その姿を目にして俺の中の悪戯心が、と~っても疼いた。


「クックック、これはなぁ、おっさんの魂の一部を抜き出して、焼きつけたのさっ!」

「マ、マジかよっ? ふざけんなよ、あんちゃんよぉ!!」

「あはははは、めっちゃビビってる。おっかしいのっ」

「おかしかねぇよ! 早く、俺の魂を元に戻せ。死んじまうだろっ!!」


 このあと、一頻り笑い終えてから、ちゃんと説明をしてあげた。

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