第263話 サシオンの後継、フォレ=ノワール
――琥珀城。英雄祭・最終日・午前
ブラン女王は六龍クラプフェンとノアゼットを供に琥珀城の廊下を歩き、正午の演説のため会場へ向かっていた。
そこに英雄祭のために王都へ戻ってきた、フォレを除いた
五星たちは王に臣下の礼を取り、代表としてアプフェルが挨拶を交わした。
「ご無沙汰しております。ブラン女王陛下」
「アプフェルか。久しいな、戻っておったのか」
「はい」
「キシトルの民はどうであった?」
「ブラン女王陛下を良く慕い、
「ふふ、嘘を申す出ない。皇帝ザルツブルガーへの思慕が残り、統治が難しいのであろう」
「それは……」
「ザルツブルガーの統治の様子は私も耳にしておる。敵ではあるが、並々ならぬ才を持つ男。そのような国を力尽くで治めては反発も大きかろうな」
「…………」
女王の言葉に、アプフェルのみならず、臣下一同が口を閉ざす。
それは肯定も否定も難しい言葉だったからだ。
女王は皆を見回し、言葉に寂しさを乗せる。
「忌憚のない意見を聞きたいところなのだが……ヤツハの影が邪魔をしておるな」
宰相ヤツハの言葉は絶対。
現在、ジョウハク国において彼女に意見できるのはブラン女王以外存在しない。
その彼女でも、宰相の考えを曲げるのは難しい。
宰相ヤツハはマヨマヨを背景に置いている。
もはや、女王といえど、真っ向から対立することはできないのだ。
ブラン女王はヤツハへの非難を柔らかな布で包み、言葉に表す。
「ヤツハは少々ことを急ぎ過ぎている。アプフェルよ、お主はどう思う?」
「私は……」
アプフェルの答えは決まっている。
答えは……ヤツハは間違っている。
しかし、それをはっきり声にすると、ますます王都から遠ざけられてしまう。
そうなれば、仲間を守ってやることができない。
ならばここは、お茶を濁す程度の言葉を出せばいい。
しかし、心の奥底に眠る感情がそれを邪魔して、声を詰まらせる。
女王は、口を思うように動かせずに震わせ続けるアプフェルを目にして、謝罪を口にした。
「すまぬ。もっともヤツハへ具申を繰り返し、そのために苦しい立場であるお主には過ぎた質問だった」
謝罪を口にした女王の瞳に寂しさが映り込む。
その寂しさは、もう女王の味方をできる者がいないことへの寂しさ。
そして、友だったはずのヤツハを前に、駆け引きを行っている寂しさ。
ここには六龍クラプフェン、ノアゼット。
ヤツハと共に、日常と戦場を駆け抜けた仲間、アプフェル、パティ、アマン、ケインがいる。
その誰もが言葉を発することができず、重苦しい空気が満ちていく。
そこへ、はっきりとした足取りで廊下を歩む音が響く。
「これはブラン女王陛下。それに皆さんも」
――フォレ=ノワール
彼は五星としての白銀の鎧を脱ぎ、
「女王陛下、ルシュークルよりただいま戻りました」
「あ、ああ。ご苦労であった」
「はい。何とか英雄祭最終日に間に合い、ほっと胸を撫で下ろしたところです」
フォレの雰囲気がいつもと違うことに、ここにいる者たち全てが気づいた。
アプフェルが問いかける。
「あの、どうされたんですか?」
「どうされたって? ああ、アルフェニン卿のことかい? 卿は捕らえたよ」
「いえ、そうではなくて……あっ」
アプフェルの胸中に恐ろしい思いが過ぎる。
卿を捕らえた。それはつまり、ルシュークルの町を焼いたということでは?
フォレはそのことに割り切ってしまったのではないか、と。
「フォレ様っ!」
アプフェルの声は大きく跳ねて廊下を反響する。
しかし、フォレは驚く様子を見せず、彼女の頭をそっと撫でた。
「大丈夫だよ、アプフェル。私は過ちを犯していない」
「え?」
フォレは女王へ向き直り、こう宣言する。
「陛下。英雄祭が無事終えましたら、私、フォレ=ノワールはヤツハ宰相閣下に直訴するつもりです。今のやり方は間違っている。非情なる道では、人々と共に歩めない。粛清などせずとも、ジョウハクの、ひいてはブラン女王陛下の威光に影を差すことはないと」
宰相ヤツハの静寂が支配する琥珀城の廊下。
空気は淀み、重苦しさが心を包む。
その中でフォレ=ノワールは凛とした姿勢を見せ、瞳に正義を宿す。
彼の姿に、皆は思い出す。
心に秘める正義を。
ケインは己よりも体躯が小さいはずのフォレから、霊峰連なる逞しさを受け取る。
(そうだった。たとえ、全てを失おうとも、私は自らの肉体を信じ、正義を貫く覚悟があったはず!)
ノアゼットはフォレの言葉に、忘れていた志を思い出す。
(私はお家再興を掲げ、己の全てを捧げた。今はジョウハクに全てを捧げている。そうだというのに、女王陛下の力に成れずにいるとは。なんと、愚かな!)
クラプフェンは悔しさと嫉妬、そして、目の覚めるような敗北感を味わう。
(サシオン=コンベルの後継、フォレ=ノワール……今、私の前にいるのはたしかに、あの方の志を受け継いだ男。これが敗北という味ですか。ですが、とても心地良い……)
アマンは古き友人を思い起こす。
(フフ、そっくりですね。サシオン様、あなたの遺志を受け継ぐ者が帰ってきましたよ)
パティは今の彼に、かつての社交界で見たフォレの姿を重ねる。
(そうでした。私はこの方のこの姿に憧れたのですわ。それを忘れてしまうなんて!)
アプフェルは片手で両目を覆う。
(信じられないっ。フォレ様がヤツハに……もう、私一人で頑張る必要はない。これからはみんなと一緒に頑張っていける。でも、まだ、時じゃない。あの人はそう話していた)
アプフェルは小刻みに震える。
その震えを、フォレは優しくそっと包んだ。
「すまない、アプフェル。私が、俺が情けないばかりに苦労をかけてしまい」
「い、いえ、いいんです。今日という日のために、私は頑張ってきたのですからっ」
フォレが宿す勇気と正義の思いを、皆が心の奥底へ沁み渡らせていく。
それは女王ブランも例外ではない。
彼女に眠っていた、王としての心。そして、少女としての心が蘇る。
「フォレよ、よく言ったっ。ならば、ヤツハめをキャンと言わしてやろうではないか!」
「へ、陛下?」
まるで悪戯をたくらむ幼子のような表情を王は見せる。
フォレはそれに戸惑いの声を上げたが、すぐに笑顔を見せた。
「はは、あははは、一年前の英雄祭を思い出します。あの時は陛下のことに気づかず、無礼千万でした」
「そうであったな。まったく、臣下ともあろうものが姫の顔も知らんとは」
「私の知る陛下は王の顔であります。肉饅頭を口いっぱいに頬張った食いしん坊な少女ではありませんので」
「言いおる。サシオン仕込みの礼儀正しい男と思いきや、どうやらヤツハの悪い影響を受けておるな」
「あはは、そうみたいです」
「ふふ、ならば、その悪い影響の根源に思い出させてやろう。ヤツハという女が如何にがさつで礼儀知らずな、小気味良い女であったかを!」
女王……いや、ヤツハの友である少女ティラは屈託のない笑顔を見せて、皆の先頭に立ち、演説会場へと向かう。
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