第256話 咎人ばかり
次の日、ザルツさんから作戦に必要な人材を紹介するので、チャッカラの近くにある丘の上で待っているように言われた。
そういうわけで、俺とバーグのおっさんは丘の上に立ち、ザルツさんたちを待っている。
俺もおっさんも特に話すことなく、無言で彼らを待ち続ける。
暇を持て余した俺は、手の平に魔力を這わせた。
今、俺の肉体にはキシトル元皇帝・ザルツブルガーとその精鋭たちから受け取った魔力が溢れ返っている。
その力は黒騎士を超えている……。
身に宿る桁外れの魔力を感じながら、改めて黒騎士の恐ろしさと凄さを知る。
(六龍クラスの人々と大勢の人々の力を合わせて、ようやく届いた力。でも、黒騎士は単独で……)
女神の装具の助力があったとはいえ、これほどの力を身に宿せるとは。黒騎士は世に言う、天才という存在だったのであろう。
そして、この言葉は同時に、自画自賛にも繋がる。
(俺もまた、膨大な魔力を宿せる才能を持っている。これは精神と身体の一致のおかげかな? とはいえ、誰かの魔力を吸収することでしかこの力は宿せないけど)
意識を大気中に漂うマフープに集める。
しかし、マフープは俺を拒絶して、体内に宿ろうとしない。
その中に小さな感情を感じる。
(これは、誰の感情だろう? おっさんがマフープにはコトアの力が宿っているとか言ってたっけ? じゃあ、コトアの?)
波長と言われるものは存在しないが、たしかに誰かの意志が宿っている気がする。
それはおそらく、コトアの……。
(ふむぅ~、このマフープの嫌がり具合……おっさんの言うとおり、俺ってコトアに嫌われてんのかなぁ? そういや以前、なんでか手紙で『ば~か』言われたし、直接『ばーか』とも言われたっけ)
彼女に何をしたという覚えもないけど、なんとなくマフープからは俺に対する拒絶の思いを感じ取れる。
(わからん……俺に何かをさせようとしている癖に、非協力的なんて変な神様)
手の平から魔力を消して、意識もマフープから外す。
そこにザルツさんたちの声が届く。
彼らに顔を向けると、ザルツさんと付き人たちの後ろから、協力者と思われる二人の影が見えた。
俺はそのうちの一人の影を目にして、間の抜けた大声を上げた。
「はぁっ!? なんで!?」
ザルツさんたちの後ろに見知った存在がいる。
そいつは真っ黒な
ザルツさんは大口をアパ~ンと開け放って間抜け面を晒す俺に対して、不思議そうな顔を見せた。
「おや、どうした? 顎でも外れたか?」
「い、いや、外れてないけどっ。あの、その、後ろのっ」
「彼らか? 彼らはこれから行う、王都侵入作戦の協力者だ」
王都侵入作戦――昨晩、酒場で魔力を受け取ったあと、この作戦について大まかな話を行った。
この作戦の一番の難関は王都の結界。
これを掻い潜り、内部に侵入し、魔法とは異なる転送の力を使い、ウードを孤立させる。
――魔法とは異なる転送の力。
つい今しがたまでそれが何なのかわからなかったが、今はよくわかっている。
俺は黒いマヨマヨを睨みつける。
「マヨマヨの転送技術を使うってわけか。だけど、どうして、お前がザルツさんに協力を?」
「その物言い。やはり、お前はあの時の……」
黒いマヨマヨは低く籠った男とも女ともわからない声を漏らす。
それは何かの機械を通して発しているような声。
その声から発せられた口調から、どうやら俺の正体に気づいているようだ。
「わかるんだ?」
「お前の次元係数と魂の周波数が、あの時の少女と同じだからな。あの恐ろしき存在に変わる前の少女と」
彼は深い説明もなく、こちらの状況を汲み取る。
それは、この黒のマヨマヨがサシオン並みの技術と力を有しているからだろう。
だから彼は、俺のことをよく知っている。
俺は黒いマヨマヨに敵意を隠さず言葉に棘をつける。
「たしか、キタフだったかな? 再度アクタに訪れて、一番の理解者がよりによって近藤の仇とはな!」
「ならば、ここでその仇を討つか?」
「それに何の意味がある?」
「ないな……フフ、やるべきことを知っている人物とは話が通りやすい」
キタフは小さな笑いを零した。
だが、俺は一切の笑みを見せることもなく、じっと睨みつける。
もし、近藤が女神の傍で仕えている事実を知らなければ、飛び掛かっていたかもしれない。
だから、感情を抑えることができる。だからこそ、優先事項である王都侵入という目標に意識を向けることができる。
俺とキタフは互いに視線をぶつけ合う。
そこにザルツさんが声を差し入れた。
「二人は知り合いなのか?」
「友の仇です」
そう、短く返す。
「そうか」
ザルツさんも同じく短く返した。
俺はキタフに問いかける。
「とりあえず、近藤の件は置いとくが……どうして、お前がザルツさんに協力している? ウード……宰相ヤツハに従えば、目的は遂げられただろう?」
「あの戦場で、手に触れることも許されぬ力を前にし、一度は軍門に降った。だが、傍であの女の観察を続け、危険だと悟った。あの女の野心は、アクタだけには留まらぬ」
「アクタだけには留まらない? ……それって、まさかっ!?」
「そのまさかだ。あの女は我ら迷い人の力を借り、他世界へ侵攻しようと考えている」
「そんなこと可能なのかよ?」
「迷い人とは多くの宇宙の知識を知る者たち。故に、可能性は十分にある。私は己の世界に戻りたいと願っているが、己の世界を危険に晒してまで戻りたいとは思わない。私のとって、最も大切なものは私の世界なのだ」
「随分、身勝手だな。女神を殺し、アクタを壊し、多くを犠牲にしようとした癖にっ」
少しだけ、言葉に力が入る。
近藤の死後、女神に仕え、それなりに元気そうだとわかっていても、身勝手な言い分と近藤を殺した相手という思いが混じり合い、感情が漏れ出してしまった。
この言葉に対して、キタフは特に反応を見せることもなく会話を続けた。
「事情はどうあれ、今の私と貴様の目的は合致している。感情に溺れるか、論理に従うか、どちらだ?」
「チッ、ムカつく言い様だなぁ……協力するよ。だけど、宰相ヤツハを討った後は敵同士だからな」
「フッ、それはその時の貴様次第だ」
「ん?」
「その身に宿る膨大な魔力を行使すれば、貴様もまた宰相ヤツハと同様に亜空間魔法を自在に操れるのだろう?」
「そういうことか。だけど、この魔力は」
「回復不能、ザルツブルガーから聞いた。だが、それなりの人材がいれば回復可能。ならば、さほど問題でない」
「そう、だけど……」
他のマヨマヨはともかく、できれば、こいつのために力を貸したくないというのが本音。
しかし、争うとなると……。
その迷いを見越してか、キタフは厭らしい言葉を掛けてきた。
「フフ、作戦完了後、近藤の仇として私を見るか、平和裏に事を解決するかは貴様次第だ。私としては無用な争いは避けたいが……」
「このっ」
まるでこちらに選択肢があるように言いながら、争いが起きれば俺の責任と口にする。
今まで出会った人物の中で、ウードを除けば一番ムカつく奴だ。
俺はキタフから視線を外し、ザルツさんへ向ける。
「どういう事情で、こいつと?」
「敵の敵は味方というわけだ。最優先事項は宰相ヤツハを討つことだからな」
「それはそれは素晴らしい割り切り具合でっ」
「はは、そうつんけんするな。それよりももう一人の協力者を紹介していいか?」
「え? はい、どうぞ」
ザルツさんがちらりと背後に視線を送ると、柔和な表情をした優男が目に入った。
だが、それは見た目だけ。
青年から放たれる眼光からは、どろりとした闇を感じる。
俺はその闇と彼の様相に見覚えがあった。
「あ、あんたはっ、違法賭博場の門番!」
彼はサダさんとアプフェルと一緒に違法賭博場に訪れた際に、門番として立っていた男。
そして、俺と剣を交え、逮捕された男。
俺の驚きの声に、彼は首を傾げる。
「おや、よくご存じで? ですが、お客としてあなたのような少年は見たことはないのですが……? 一体、どこで?」
「ちょっと、賭博場に関わることがあってね。それはそうと、あんたは逮捕されたはずじゃ?」
「そんなことまで……ええ、私は今をときめく宰相ヤツハ殿にコテンパンにのされましてね。御用となってしまいました」
「あれ、コテンパンにのしたっけ? 気絶させただけのはずだけど?」
「え?」
「いや、何でもないです、はい」
今の自分はヤツハではなく、笠鷺燎。
ヤツハの経験を語っては話がややこしくなる。
俺は話題を切り替え、逮捕の話に戻す。
「えっとね、捕まったはずだよね? どうして、ここに? もう、刑期を終えたの?」
「いえ、脱獄しました」
「はっ?」
「牢での冷や飯がどうにも口に合わなくて、あまり長居する気になれませんでしたので」
「いや、そういう話はどうでもいいから。いったい、どうやって脱獄を?」
この言葉にザルツさんがしたり顔と共に笑い声を上げた。
「わっはっは、それこそが王都侵入の切り札というわけだ」
「どういうことです、ザルツさん?」
「このラングは王都の牢屋に入れられていたらしいが、そこから抜け出し、地下水路を使って王都から脱出したのだ」
と、言いつつ、ラングと呼ばれた青年の背中を叩く。
「ごほんごほん、ザルツ様。私はそれほどタフじゃありませんので」
「ああ、すまんすまん。とにかく、ラングよ、説明してやるがいい」
「けほっ……それでは」
軽い咳を漏らし、ラングは大まかな話を始めた。
彼は牢を抜け出し、地下水路を使って王都から逃げ出すことに成功した。
そのまま身を隠そうとしたらしいが、王都に潜んでいたキシトルの密偵に見つかってしまい、捕らえられたそうだ。
彼を捕らえた理由は――地下水路。
ラングは巨大な迷路である地下水路に精通している。
そこでザルツさんは、
そのため、ラングはザルツさんの下にいる。
彼は主従関係ではないので、無理やり協力をさせられている格好だ。
見返りとしては、そこそこの報酬と呪いの解除
呪いとは、裏切った際には自動発動する魔法。
ラングはあんまり信用されてないようだ。
これらの話を聞き終えて、まずは地下水路が王都の外にまで続いていることに驚いた。
「あの水路って、外まで続いているんだ?」
「ええ、一部は。それを知っているのは、おそらく私くらいでしょうけど」
「よく知ってるね」
「違法賭博場の警護という職業ですからね。万一の際のために、地下水路を探索しておきました。逃げ道は常に確保しておきたいところですから。もっとも、使う前に捕まってしまったのですが。あはは」
彼は軽薄そうな笑い声を漏らす。
しかし、俺はその軽い笑いとは対照的に言葉へ重みを乗せて尋ねた。
「ラング。あんたはあの違法賭博場の裏に何があったのかは知ってんのか?」
「う~ん、さぁ……?」
とぼけた表情を見せるが、これは明らかに知っている態度。
俺はラングと黒のマヨマヨ・キタフの双方を瞳に入れて、心の中で大きくため息をついた。
(はぁ~、人身売買の片棒を担いでいた男と近藤を殺した仇と協力することになるなんて……おまけに……)
ちらりと、バーグのおっさんに視線を向ける。
(シュラク村を焼いた男も……なんて、ひどいパーティだよ)
協力者は、
咎人……その単語は奇妙な笑いを産む。
(ふふ、俺もまた、宇宙追放刑を受けた咎人。これは俺自身が何かしたわけじゃないけど……いや、俺も殺人鬼の目玉を抉り、盗賊の命を奪っているし、お巡りさんの拳銃も盗んでいるから、咎人か……はは、何の因果だろうね)
ここにいる多くは、咎人。
そして、その咎人たちが討とうとしている存在もまた、大勢の命を奪った咎人。
俺はゆっくりとこの場にいる者たち全員を瞳に入れて、言葉を落とした。
「じゃ、作戦を聞こうか。もう、内容大体はわかっているけどね」
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