第255話 王都侵入作戦

 酒場でザルツさんたちから魔力を受け取ったあと、俺たちはある作戦について話し合った。

 それは――王都侵入作戦。



 俺は左の人差し指に宿る、トーラスイディオムの力を彼らに見せる。

 これはウードを討ち取るための力。


 神龍の魔力はただの魔力ではない。

 荒れ狂う時間と空間の力。

 その力は神龍の死後に現れ彼を飲み込んだ、全てを消失させる黒の球体の力。

 こんなものをぶつけられたら、いかなる存在も消滅してしまう。

 たとえ、ウードが黒騎士を遥かに超えた存在であっても……。



 ザルツさんたちはこの力を目にして、俺に魔力を分け与えたとき以上に、ウードを討つ期待を持ったようだ。

 俺は魂の内側にこの力を隠し、力の気配を消す。

 これによって、爪は以前のようなただの紫の爪となった。

 上からは肌の色に合わせたマニキュアを塗って色を隠す。

 これらは決してウードに悟られないようにするためだ。



 ウードを討つ可能性がより一層見えたことで、ザルツさんがある提案をしてきた。

 それが王都侵入作戦だ。


 

 六日後、王都では女王ブランの演説が行われるそうだ。

 演説が行われるのは、あの英雄祭。


 

 これは本来、今年行われる祭りではない。

 英雄祭は、二年に一度。

 それが今年行われるのは、マヨマヨの襲撃により、失われた時間を取り戻すためだ。


 その英雄祭最終日に演説が行われる。

 それはかつて、プラリネ女王が行いたくても行えなかった演説。

 一年前の英雄祭では、多くの者が傷つき、涙を流した。

 あの時、俺はマヨマヨを憎んだ。

 だけど、皮肉なことに、今度は俺が英雄祭を襲うことになるわけだ。



 ザルツさんはこう語る。

「英雄祭となれば、女王はもちろん 宰相であるヤツハも城から出て、民衆の前に立つことになる。そこが最大の好機ぞ」


 それに対し、俺はこう反発した。

「待って下さいっ。そんなところを襲えば、民衆に怪我人が出る。下手すりゃ、死人だって。それに何より、フォ……宰相を警護する連中がいる。危険すぎる!」

「そこは安心せい。すでに策がある」

「え?」


「宰相のみを転送し、彼らから切り離す」

「転送? だけど、王都には結界があるし、何より宰相の纏う魔力が転送を阻害して!?」

「そんなことはわかっている。だが、ワシはそれらを無視して転送を可能とする人物を知っている」


「え? まさかと思うけど、亜空間転送魔法を使える人が? でも、あれは自分の足で歩かないといけないし」

「いや、それとは違う転送の力だ」

「それは?」

「フフ、それについては明日、その人物の紹介で納得できるだろう」



 ザルツさんは小さな笑いを零して、酒を煽った。

「うむ、安酒だな」

 この不満にすかさず、後ろに控えてた戦士が別の酒を差し出した。


「陛下、ならばこっちはいかがっすか?」

「陛下はよせと……で、これは?」

「先ほどバーグ様が愛飲されていたものっす」

「ほぉ」


 ザルツさんは酒瓶ごと受け取り、一気に飲みを始める。

 その姿にバーグのおっさんは涙ぐむような声を上げた。


「ちょっと待てこらっ。それ、俺のボトルじゃねぇかっ!? とっておきのために置いてたのによぉっ!」

「これがとっておき? まぁ、悪くはない酒だが、とっておきにするには、ちと寂しくないか?」

「親父と違って俺は貧乏なんだよ! もう~、マジかよ~」


 バーグのおっさんはふらふらと倒れ込むように椅子に腰を掛けて、両手で頭を抱えている。



 そんな彼の姿を横目に、俺は話の続きを催促した。

「酒のことはいいからさ。王都侵入の話をしてよ!」

「ああ、そうだったな。さて、どこまで話したか?」

「なんか、通常の転送魔法とは違う転送でウードだけを一本釣りするってところまで」

「そうそう、そうだったな。その転送だが、一つ問題がある」

「問題?」


「現在、王都は魔法の結界とマヨマヨのシールドで覆われておる。例の転送はこれらを打ち破れるが使えるのは一回のみ。さらに有効範囲も狭い。つまり、侵入の際に使うわけにはいかんということだ」


「一回? そのわけは?」

「理由は単純。一度でも使えば、マヨマヨの探知に引っかかり、侵入が見つかってしまう」

「ということは、探知に見つからないように王都内部へ侵入して、有効範囲内である、演説を行う宰相の前まで近づかなければならないと?」

「そうなるな。問題は、どうやって王都に侵入するかだ」



 この問題に、俺は即座に答えを返す。

「俺がやる」

「ほぉ~、どうやって?」

「亜空間転送魔法で王都の結界とマヨマヨのシールドを超える。あれは通常の転送魔法と違う。だからきっと、両方の壁を越えられるはず。探知にだって見つからないはず」


「はず……不安が残るの」

「そうだけど、やるしか――」

「それにの、亜空間転送魔法は膨大な魔力が必要だと聞く。戦いの前に魔力の無駄遣いはできまい」

「そ、それは……」


 みんなから受け取った魔力は使い切りの魔力。

 無駄打ちはできない。

 ましてや、亜空間転送魔法に使用すれば、せっかくの魔力の大部分が失われる。


 俺は拳で太ももを打ち、唇を噛む。

 そこにザルツさんが笑い声を向けてきた。



「あっはっはっは、心配には及ばん。すでに侵入の手筈はある」

「へ?」

「何を隠そう、この王都侵入作戦。元々はワシが行うはずだったものだからな」

「はい?」

「まぁ、なんだ。キシトル帝国を預かっていた者として、最低限の責務を果たしておこうとな」

「それって……」


「うむ。ワシは宰相ヤツハを討つつもりだった。あれを放置していてはキシトルどころか、アクタにどのような禍が訪れるかわからんからな。わっはっはっはっは」

「そうだったんですか……」


 ザルツさんはバーグのおっさんのとっておきをがぶ飲みしながら大声で笑う。

 それは照れ笑いのようにも聞こえる。

 この人は、皇帝の責務を投げ出したわけじゃなかった。

 その責を全うしようとして、水面下で動いていたんだ。


 

 俺は皇帝ザルツブルガーに問いかける。

「いいんですか、俺がその役目を奪っても?」

「うん? その方がいいだろう。二つの理由でな」

「二つの理由?」


「一つはワシよりも、トーラスイディオムの力を持つ君の方が勝算が高いと見える」

「もう一つは?」

「実行犯がワシだとキシトルの民に迷惑が掛かるであろう。それが一番の障害でどうしようかと思っておったが、ちょうど良いところに君が現れたというわけだな。わっはっはっは」

「な、に……?」


 たしかに、理由がどうあれ一国の宰相を狙えば、厳罰からはのがれられない。

 ましてやそれが皇帝となれば、個人どころか、国そのものに報復が行われる。


「なんだろうなぁ。納得できるような、納得できないような~。こう、もやもやってするなぁ」

「すまんな、若人よ。まぁ、あれだ。若い時の苦労は買ってでもせよ、というやつだな」

「買ってないってっ。押し売りじゃん。この爺さん、なんなんだっ?」


 

 この声に、頭を抱えていたバーグのおっさんがどさりと乗っかってきた。


「だろっ。ロクでもねぇんだよ、この親父は」

「ああ、おっさんの苦労がなんとなくわかった気がしたよ」


 俺とおっさんはジトーっと、ザルツさんを睨みつける。

 だけど……。

「わっはっはっは、そんな目で見るでない。これはだな、子の成長を願い、獅子が我が子を千尋の谷に落とすようなものだ。だっはっはっは!」

 ザルツさんは針のような視線に全く痛みを感じる様子もなく、大きな笑い声を上げ続けていた。

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