第257話 作戦の流れ

 王都侵入の方法をザルツさんたちから聞く。

 まず、ラングを道案内役として、王都の外から地下水路を使い内部に侵入。

 王都内に入り、戦力にならないラングとは別れる。

 そこからは俺とマヨマヨのキタフだけで行動する手筈なのだが……バーグのおっさんが付き合うと言い始めた。



 俺は何故かと問いかける。

 すると、彼はこう答えた。


「故郷を奪った奴の最期が見たいだけだ。俺の言うセリフじゃないが……」

 彼はシュラク村を焼いている。

 村の人々の故郷を奪っている。

 だけど、それを命じたのは……。



 ザルツさんへ視線のみを向ける。

 彼はおっさんの苦悩を理解していながら、感情の変化を見せていない。

 

 そんな人としてあるまじき姿に、俺はブラウニーの言葉を思い出す。


『ああ、人間ではない。我は王なのだからな。そして、王だからこそ人のやれぬことができるのだ!』



 ザルツさんもまた、人の上に立つ存在。

 国を統べる者として、細かな人間の感情に反応を示したりしない。

 酒場で、皇帝ザルツブルガーは言っていた。


『まったく騒がしいヤツだ。ワシの子どもたちは外ればかりで困る』

『外れだよ。少なくとも、国を預けられるような子はおらんっ』


 皇帝は子どもたちを統べる者としてではなく、情の通う人間として育ててしまったことを後悔している。

 だけど、続いた言葉に、俺は微かな人の心を感じた。


『まぁ、それはワシの責任だがな。どうも、ワシには国を導く才はあっても、子を導く才はなかったようだ』


 子が、王の才に恵まれなかったのは、案外、皇帝であるはずのザルツブルガーが父親のザルツとして、子どもたちに接してしまったためなのかもしれない。

 そんな甘い思いを俺は抱く。

 違っていても、そうであって欲しいと願う。

  

 だから、俺は凡人……でも、それでいい。

 以前、王の道を歩む覚悟を示したティラは、俺にこう言ってくれた。



『それでよい。ヤツハはそれでよい……』



 王であることは人をやめること。

 だから、ティラは俺に変わるなと言った。

 自分の傍に立つなと言った。


 ティラは人の心を消して、王になる……そうなるはずだった。

 だけど、彼女はリーベンでの演説で、王の中の王を背負うよりも遥かに険しい、艱難辛苦かんなんしんくの待ち受ける王の道を歩む覚悟を決めた。



『私は幼い。身体も小さく、頼りなく見えるであろう。だが、私の背中は広い。ここに居る者たち、全ての命を背負えるほどにっ』


『これは覚悟ではない。確信をもって、全ての命を、未来を背負えると宣言する! そこに年齢も性別も種族も関係ない。私は全てを背負える存在! 故に、王である!』



『王とは民の道標。私は先陣を切って道を歩む。皆には同じ道を歩めなど命じぬ。命じなくとも、皆は私の道を歩む! 何故ならば、私が切り開く道は、多くの民衆が心惹かれる道だからだ!』


『ヤツハこう言った! 守りたいものは日常! 大切な人! 私が切り開く道にはその全てがある!! 全ての種が互いに尊敬し、愛し合う。それが私の歩む道の先に在る世界だ!!』



『それはジョウハクだけには留まらぬ。アクタの全ての道を切り開く。そしてそれこそがっ、アクタ本来の姿。アクタには多くの種族がいる。そこに誰が優れている、劣っているなどはないっ。全てがアクタの民であり、女神コトアが愛している者たちなのだっ!!』



『私が歩む道は未来。アクタの希望。ここに居る全てが、アクタの明日を創る、歴史を刻む者たちだ! 我々は新たな時代を産む!! さぁっ、心の蓋を開けよ! 猛るがいい! 叫ぶがいい! 己と愛する人を思い、明日を信じ、我らは歩む! いざ、未来へ!!』




 女王ブラン=ティラ=トライフルは人の心を持ち、王となる。

 だからこそ、皇帝ザルツブルガーはキシトルの未来をティラに託したのだろう。


 自分では決して届かない世界を創造する可能性を秘めた幼き王に……。



 俺は統べる者だった存在から視線を外し、バーグのおっさんの肩をポンっと叩いた。

「いいさ。一緒に行こう」


 こうして、おっさんも一緒に参加することになった。


 


 作戦の流れはラングとの別れに戻り、そこから英雄祭で演説を行う宰相ヤツハを目指す。

 そして、演説の隙を突き、キタフの転送で遠く離れた場所に移動させる。

 そこで俺とウードは対峙することになる。

 

 だが、転送に対して少し不安の残る俺はキタフに尋ねた。


「王都には魔法の結界の他に、マヨマヨの技術を使ったシールドまであるけど大丈夫なの?」


「私が持つ転送技術は女神の結界はともかく、魔法の結界程度ならばものともしない。シールドに関しては周波数を合わせ同期できれば、ないも同然。そして、私はそれだけのことをやれる技術を持っている。ただ、強力なエネルギーを短時間で消費するため、対象に近づく必要があるが」


「さすがは強硬派のリーダーってところか……でも、王都には穏健派のリーダーがいるはず。あっちの技術も凄いって聞いたけど?」


「フフ、奴の持つ技術は兵器こそ優れているものの、転送に関しては私より数歩遅れている」

「そうなんだ」

「それに、あいつのことだ。こちらの動きに気づいても、我らの妨害をしないかもしれない」

「え?」


「あいつも宰相ヤツハを間近にし、迷いがあるはずだからな」

「それって、うまく行けば寝返ってくれるんじゃ?」

「それはない。あいつは感情の変化こそ乏しいが、優しすぎる。極限まで高まった皆の帰郷の思いを裏切ることはできないだろう。元々、その優しさゆえに、穏健派としていたのだからな……」


 キタフは言葉の終わりに寂しさを乗せた。

 彼と穏健派のリーダーがどんな間柄だったのかはわからない。

 だけど、穏健派のリーダーの人柄にはなんとなく触れることができた。


 その人は、アクタと異世界人であるマヨマヨのことを思い、誰も傷つけず、帰還の方法を探してたんだと思う。

 そこにウードが現れた。

 ウードによって望郷の念を刺激されたマヨマヨたちは暴走する。

 穏健派のリーダーはウードを危険だと感じながらも、彼らから希望を奪い取ることができなかった。

 たぶん、そんな人……。


  

 

 俺は頭を切り替えて、作戦へ意識を戻す。

 ここまでの作戦の流れはこんな感じだ。


 五日後の英雄祭最終日の演説を狙い、ラングの案内で城外より地下水路を使って、王都内に侵入。

 そこからラングと別れ、演説が行われる王城前の中央広場に移動する。

 宰相ヤツハことウードが演説を始めたところを見計らい、キタフの転送技術で俺たちとウードを王都から遠く離れた場所へ転送。

 そこで決着をつける。



「とりあえず、作戦の流れはざっくりとわかったよ。さて、五日後まで何をしようかな?」

 そう呟くと、ザルツさんが言葉を返してきた。


「しばらくこの町で休み、作戦決行前日にキタフの転送で王都近くまで跳ぶがいい。リョウの魔力は回復不可。なるべく温存しておいた方がいいだろう」

「はい、そうですね」


「キタフよ。どこまでなら転送が可能だ?」

「王都傍にあるシオンシャ大平原。あそこならば、他の迷い人たちの目に触れることなく転送可能だ」

「ならば、リョウ。ここで数日ゆっくりと英気を養うがいい」


「はい。だけど、少しだけ魔法の訓練をしたいと思っています」

 笠鷺燎となって、さほど魔法に触れていない。

 なので、この制御力の増した魔法に慣れておきたい。

 このチャッカラにいる間は、多少なら魔法を使用しても補充が可能だから。



 ザルツさんは軽く微笑み、俺の肩にずしりと大きな手を置いた。

「あまり気負うな。いざという時、疲れが残っていては事だからな」

「わかってます。それに実を言うと、魔法以外にもこれの使い方にも慣れておきたいんです」


 俺は腰に挟んでいた拳銃を取り出す。

 その銃を見て、ザルツさんは眉を顰めた。


「たしかそれは……銃だったか?」

「よくご存じで」

「マヨマヨと付き合いがあるからな。しかし、リョウが手にしている銃は鉛の弾丸を飛ばすもの。そんなもの、宰相相手では役には立つまい」

「無論、承知の上です。だけど、役に立たないからこそ、隙を突くことができるかもしれない」


 俺は銃をじっと見つめる。

 その態度に何かを感じ取ったザルツさんが笑い声を漏らしてきた。


「ふふ、何か考えがあるようだな。まぁ、ワシは全てを君に託したのだ。己ができることの全てを振り絞り、戦うがいい。それがどのような結果になろうとも、ワシは笠鷺燎という男を認めよう」

「はい、ありがとうございます」


 ザルツさんの期待に対して、俺は礼を述べる。

 そして、その言葉を静かに心の奥底へ沁み込ませていった。



 期待をしっかりと胸に抱き、そこから俺はキタフに顔を向け、銃についてちょっとしたことを頼んだ。


「キタフ。少しだけ弾丸が欲しんだけど、用意できる?」

「ああ、可能だ。しかし、ザルツブルガーも言っていたが、そのような原始的な武器で何を? 武器ならば、もっと強力なものを用意できるぞ」

「その必要はない。これはあくまでも布石だから」


「……まぁ、いいだろう。弾丸を用意しよう。何発欲しい?」

「四、五発で十分」

「ん? その程度でいいのか?」

「うん、撃った時にどんな感じになるのか知りたいだけだし」

「何を考えているかわからないが、その程度ならばすぐに用意できる。手を出せ」

「えっ、うん?」


 俺は言われるがままに右手を差し出した。

 すると、手の平に小さな光のカーテンが降りて消える。カーテンが消えるとそこには五発の弾丸があった。



「えっ!? なにこれ、すごい!」

「単純な構造物であれば造作のないこと。大したことではない」

「あれか、SFでいう、物質をレプリケーションしたんだな。食べ物とかもできるの?」

「可能だ。味も問題ない」

「そりゃあ、料理人泣かせだねぇ。しかし、SFドラマや映画でよく目にしてたけど、実際目にするとすっごいねぇ」



 俺は手の平の弾丸をコロコロ転がしつつ、SF技術を体験できたことに軽い感動を覚えた。

 このやり取りを近くて見ていたバーグのおっさんとラングは目をぱちくりしながら互いに言葉を掛け合っている。


「見たかよ、今の。とんでもねぇな」

「ええ。それにしても、あのリョウという少年……今の現象を当たり前のように受け止めていますよ」

「ああ、そうだな。おそらく、あいつらの世界は俺たちの世界と違い、お伽の世界みたいなところなんだろうな」

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