第231話 呪炎

 黒騎士の前に、クラプフェン、ノアゼット、アマン、そしてフォレが立つ。

 フォレは一度唇を引き締め、次に言葉を産んだ。



「久しぶりだな、黒騎士」

「シュラク村にいた小僧か」

「私の名は小僧ではない。名はフォレ=ノワール。サシオン=コンベルの後継、フォレ=ノワールだ!」


 彼は高らかと宣言する。

 サシオンの志を継ぐ者と。

 黒騎士はサシオンと……その後継という言葉を耳にして、怒気をもってフォレに返す。



「サシオンの後継、だと……? そう言ったのか、小僧!」

「ああ言った。黒騎士。御仁は耳が遠いようなので、もう一度言う。私の名はフォレ=ノワール。サシオン=コンベルの魂を継ぎし者。そして、お前を倒す男の名だ!」

「ほざいたな、小僧! いや、フォレ=ノワール!!」


 黒騎士は言葉を吐き飛ばすいなや、黒の大剣を大きく振るい地面へ叩きつけた。

「フォレよ、それほどの大言妄言を吐いたのだ! 覚悟はできておるのだろうなっ!」

「大言でも妄言でもないっ! それを今、証明しよう!」


 

 フォレは日本刀『ヤツハ』を鞘に納め、柄に手を置き、一呼吸もなく黒騎士の懐に飛び込んだ。

 そこから刃を滑らせ、同時に鞘を引き黒騎士を切りつける。


 黒騎士は身を翻し躱すが、黒き鎧の一部に小さな傷が走った。

 その傷を見て、黒騎士は笑みを含んだ声で言葉を返す。


われが身に纏う、闇の呪炎じゅえんを越え、鎧を刻むか……見事な腕。さらに、今の技は居合いあい……ミズノの剣技だな」

「ああ、サシオン様の師。ミズノ=サダイエ様から御指南を戴いた」

「そうか……ふふ、そうか……サシオンよ、この男が…………ふふふふ、これは面白くなってきた!」


 

 黒騎士は自身の前に立つ男を目にして、笑う。

 それはフォレを馬鹿にしているわけではない……己の渇きを癒せる存在に出会えた喜びが、彼に笑みを産ませるのだ。


 

「フォレさんばかりずるいですよ」

 しゃなりと足を運び、アマンがフォレの隣に立つ。

 彼女は無数の水球を漂わせながら、海賊帽の端をピンと跳ねた。


「以前は世話になりました。人猫じんびょう族、ケットシーのクイニー=アマン。フォレさんと同じく、ミズノ様の下で腕を磨いた……同門みたいなものでしょうか?」

「貴様のことも覚えている。弱者の矜持きょうじを楽しませてもらったからな」

「ええ、あの頃の私は……私たちは無謀でした。ですが、今は違う! あなたを叩きのめすだけの力を手に入れた!!」


 アマンの思いに応え、無数の水球が真っ直ぐと黒騎士へ向かう。

 黒騎士はそれら全ての水球を一振りで両断するが、散った水はすぐさま大きな塊となり黒騎士を包む水の竜巻と化す。


 渦巻く水流の中で、黒騎士は己の身を包む黒き闇の気焔を激しく放出した。

 すると、あれほど猛々しく渦巻いていた水は飛沫となって、乾いた地面に染み込んでいった。


 アマンは嘆息を産む。

「はぁ、さすがと言ったところでしょうか……さて、軽い挨拶も済んだことですし、本番と行きましょうか、フォレさん!」

「ええ、アマンさん! クラプフェン様、ノアゼット様!」

「わかっています!」

「もちろんだ!」



 

 言葉が交差すると、四人は一斉に黒騎士へ攻撃を仕掛けた。


 アマンは氷の魔法を地面に這わせ、黒騎士の足を止める。

 黒騎士は大剣でこれを砕き束縛を断つ。

 

 煌めく氷の破片――破片の中からノアゼットの拳が姿を見せる。

 黒騎士は身をじらせ、外套を用いて彼女の拳を絡めとり、その動きを封じたところで右足を振るい反撃を試みるが、クラプフェンが頭上に現れ、剣を一閃、薙ぎ払う。



 それを僅かに背を反らせ黒騎士は躱す。

 そこへフォレが鋭き突きを穿つ!


 しかし、黒騎士は喉元へ刃が届く前に、真剣白刃取りのように左のてのひらと大剣を握る右拳を使い、刃を挟み込む。

 フォレの剣によって両手の自由を失った黒騎士へ、アマン、クラプフェン、ノアゼットが飛び掛かろうとしたが、彼は素早く反応し後ろへと飛び退く。


 がっ、フォレは黒騎士を追いかける!


「うぉぉぉぉ!!」


 日本刀『ヤツハ』を強く抱きしめ、彼は剣を振るった。

 黒騎士も負けじと、長き時を共に歩んできた黒き大剣で相向かい討つ。


 互いの斬撃は真空の刃を産み、周囲の地面を削り取っていく。


 アマンはフォレの援護に氷の刃を飛ばす。

 クラプフェンとノアゼットも黒騎士を挟み込むようにして、衝撃が絶え間なく生まれる地へと飛び込む。


 三方、四方と息もつかせぬ連撃に、黒騎士は大波のような声を上げた。

「その程度、造作もないわぁ!!」

 彼は莫大な魔力を含んだ左足で大地を踏み抜く。


 すると、分厚く巨大な土壁が四人の前に現れた。

 そしてそれは、彼らに覆いかぶさってくる。


「土の波に呑まれるがいい!!」


 黒騎士は土の波と言葉にした……だが、それは土と形容できぬもの。

 大地が捲り上がり、津波となって四人に襲いかかる!


 アマンは魔法壁を展開し、壁が崩れ落ちるのを支える。

 そこへ、フォレ、クラプフェン、ノアゼットが最も信頼の置ける武具に力を乗せ、大地を穿ち、切り刻む。


 大地は巨石に還り、石に還り、そして砂となる。


 

 黒騎士は砂が視界を奪うこの時を機会と捉え、刃の先に魔力を集め、色失せた黒の球体を放った。

 その力はこの辺り一帯を吹き飛ばす馬鹿げた力。

 アマンは全てをほふる暴虐たる力へ、魔法が生み出す二つの奇跡の力をぶつける。


永氷えいひょうよ。堅牢な壁となり、悪しき力を食い止めよっ。さらにっ、生まれし暁光ぎょうこうよ、彼方へ届く軌跡を描きなさい!」


 氷壁が黒の球体を受け止め、そして、球体ごと闇を貫く光の道が黒騎士へ向かう。

 だが、黒騎士は大剣を振るい、光の道を真っ二つに切り裂く。


 そこにフォレたちがさらなる攻撃を仕掛けた。



「ヤツハよ、私の心に応え、黒き存在を消し去れっ!」

「エーヴィヒカイト、常世とこよより黒を断絶せよっ!」

「女神コトアよ、堕ちた女神の黒き装具を貴方の下へ還そうっ!」


 フォレとクラプフェンは剣に魔力を籠めて、世界を切り裂く。

 ノアゼットはガントレットを大筒の姿へ変えて、世界を穿つ。



 フォレ、アマン、クラプフェン、ノアゼットの最大にして最強の攻撃を受け、黒騎士を中心とした大地に巨大な爆発と衝撃が走った。


 土の嵐が立ち込め、衝撃はいまだ、周囲にいる者たち全ての肌を震わせ続ける。


 皆は呼吸を行うことすら忘れ、土煙の向こう側を望む。

 そして……そこに映る黒き影に絶望を覚える。


「フ、フフ、やりおる。呪炎じゅえんが無ければ、我とて危なかった……」

 黒騎士は全身に黒き靄を纏い、足をふらつかせながらも膝を落とすなく立っていた。




 黒騎士が身に纏う闇の炎――呪炎を目にしたバスクは声を零す。

「そうか。あれを使い、僕の魔法から身を守ったんだ。厄介だよ、あれは。魔力を断絶する力を持っている。あの呪炎とかいう闇の炎がある限り、勝ち目はないかも……」

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