第232話 絶望を打ち払え

 バスクが口にした、呪炎じゅえん……。

 俺は背後にいる彼に問いかける。



「あの黒くて粘っこそうな炎がある限り、魔法は無意味ということ?」

 

 バスクは少しだけ間をおいて、答えを返す。

「……いや、無意味とまでは行かないけど、半減……下手をすれば八割方軽減されるかも」

「そんなに……そういや、シュラク村でも」

 思い返せば、シュラク村でもあの黒い炎によって、アプフェルたちの魔法は遮られていた。


「くそっ、半減だろうが八割だろうが最悪だな。あれを消す方法は?」

「知っていたら、ここでのんびり話してたりしないよ」

「だよな……先生。先生には何とかあれを消……」


 俺は言葉を途中で止めて、首を捻る。

 その様子が気になったようで、クレマと先生が尋ねてきた。


「姉御、大丈夫か?」

「どうしたの、ヤツハちゃん?」

「いえ、以前、黒騎士とやり合ったとき、あいつがあの呪炎とやらを消したことがあったんです」


 そう、たしかにあった。

 それは俺があいつに空間魔法をぶつけた時だ。

「俺の右拳と引き換えに黒騎士へ空間魔法をぶつけた時、僅かな間だけど、あいつは無防備になった……それをもう一度できれば!」



 俺は黒騎士へ顔を向ける。

 俺の隣には先生が立ち、黒騎士の姿を瞳に映す。

「空間を駆け抜ける衝撃を直接内部に放つ……たしかに、それならば呪炎を越えて、黒騎士に直接ダメージを与えられそうね」

 

 少しだけ、希望が見えた気がする。

 だがそこに、バスクが冷や水を浴びせてきた。


「待ってくれ。それに確実性はあるの? 第一、空間魔法を当てたからといって、呪炎が消える理由はなんだよ?」

「そんなの知らねぇよ。黒騎士って、図体デカいけど、鎧の中は意外と貧弱なんじゃないの?」

「そんな馬鹿なこと」


「いえ、おそらくヤツハちゃんの言うとおりよ」

 先生の言葉が間に入る。

 続く言葉は、黒騎士へ神なる魔法を放つ前に聞いた言葉と同じもの。


「黒騎士の肉体は衰えを見せている。表面は常に鎧で守られているけど、内部はたぶん」

「その話って、サダさん情報でしたよね? でも、どうして?」


「三百年以上の時を渡ったんだもの。女神の装具の力を借りたとしても、永い時を渡るのに、人の身体では耐えられなかったんだと思う」

 先生は軽く首を横に振って、そう言葉を返した。

 

「そっか。なら、空間の一撃が通る可能性がっ」

 右拳をじっと見つめる。

 それは、一度は砕け散った拳――でも、今の俺なら拳を散らすことなく、黒騎士をぶん殴れる。

 拳を握り締め、紫色の魔力で包む。

 

 

 そこにまたもやバスクが気勢を削ぐ言葉を浴びせてきた。

「仮に空間魔法をぶつけることで呪炎を消せるとしても、どうやってあんなのに近づくんだよ?」

 彼は戦いの場に目を向ける。


 四人と黒騎士の戦いは、凡庸なる存在が関与できるような戦いじゃない。

 さらにクレマまでもバスクに同意してくる。


「姉御の思いはわかる。仲間のためにやれることがあるなら、やりたいだろうよ。だけどよ……悔しいけど、疲れ果てたあたいには姉御を通してやれる道を作れねぇ。だから、姉御を通すわけにはいかねぇ。通したら、トルテさんやピケさんに顔向けができねぇから……」


 クレマは悔しさのあまり、自分の体に爪を立てた。

 それをエクレル先生がやんわりと止めている。

 

 残念だけど、ここにいる者は全て、今の戦いについてこれない者たち。

 遠くからフォレたちの戦いを眺めていても、俺たちが見えているのは戦いの一部。

 もう、俺たちの目では捉えきれる戦いじゃなくなっている。



 それでも俺は、何とか策を絞り出そうとする。


「一瞬でいい。黒騎士の隙をつき、あいつの懐に飛び込んで一撃をお見舞いできればいいんだ……先生、転送で懐に潜り込むとか駄目ですかね?」

「攻撃ができるタイミングがわかればやれるでしょう。でも、あの戦いのどこに隙があるかなんて、私たちにはわからない」

「ですね……」


 目にすることも許されない猛攻が続く、嵐のような戦い。

 そこへ飛び込むタイミングなんてわかるわけがない。

 


「転送……」

 ふいにクレマが小さく呟き、さらに言葉を続けた。


「あのよ、転送魔法なんだけどよ……黒騎士をこっちに転送してぶん殴るってのはどうだ?」

「面白いアイデアだけど、あの呪炎が邪魔をして無理」

「だったら、黒騎士から心臓だけを転送してぶっ殺すとか?」

「怖いよっ。でも、それも呪炎が邪魔するから」

「そうか」


「それに元々転送魔法ってのは、相手の意志に反して身体の内部に何かを転送したり、逆に内部から取り出したりはできないんだよ」

「そうなのか?」

「うん。転送魔法は実に繊細で、ちょっとした結界があると不可能になってしまう。魔法を使えない一般の人でも、その身には微弱なマフープを纏っているから、それが結界の役割になって、さっき話したことはできないんだ」



 転送魔法とは、本当に結界に弱い。

 王城からの逃走劇の時もそうだった。

 ティラを伴って隠し通路まで転送しようとしたら、薄い魔力の幕に阻まれ、壁にぶつかり二人仲良く地面に転がってしまった……。



「そんなわけで、転送魔法で直接何かってのは……ん?」

「どうした、姉御?」

「そうだ、結界を飛び越える魔法……先生、亜空間転送魔法を使って攻撃するような魔法ってないんですか?」

「あれはただ、道を歩く魔法だから。ヤツハちゃんは経験者だから、あの魔法が攻撃に使えそうにないのはわかるでしょ?」

「ん、まぁ……」



 真っ黒な闇の中に浮かぶ、光の線を歩いて目的地へ向かう魔法。

 通常の転送魔法よりも手間な上に、自分の足で向かうという不思議な魔法。

 だけど、現実の時間と比べて、一秒と経っていないという……っ!?


(一秒と経っていないっ!? それはおかしいだろっ!)



 俺は頭を押さえ、亜空間転送魔法の際に起きた出来事を思い起こす。

 風景は色を失い、白黒に……。

 先生とクレマは疲れた表情をしていて、王都の東門前では大勢の人々が門番に対して、音のない声をぶつけていた。


 これらは全て、動いていたっ!



(もし、出口に出たところで、本当に一秒も経っていないなら、あれはなんだったんだ!?)


 王都の外から北地区の隠し通路まで歩いていた間、時が進んでいないのなら、彼らの動きは……これから先に起こることが見えていた。

 と、いうことになるのか……?

 

(それはなんでだ? 俺が黄金の力で……今ある現在ときで身を包んだからか?)


 

――要点を纏めよう。

 

 亜空間転送魔法は行使後、時が進むことなく、目的の場所に行ける。

 その間、通常空間は時間が進んでいる。

 俺はそれを亜空間から覗いている。

 そして、通常空間に戻る際は、今ある現在ときに固定した場所じかんへ戻る……。


(そうだとすると、戦いの未来が覗けるんじゃ……うまくいけば、黒騎士の隙を見ることができるかもしれないっ!!)


 

 俺は目を見開き、三人を瞳に宿す。


「先生、クレマ、バスク、力を貸してくれ。残った魔力で、何とか亜空間魔法を産んでほしい!」

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