第173話 実践、転送魔法

 メプルの町はサシオンによるプラリネ暗殺の話で埋め尽くされる。

 俺と先生はなんとか声の海をかき分けて、町の外に出た。



「先生、転送魔法って使えます?」

「ええ、王都には目印を常に付けてあるから。でも現在、王都は戒厳令下にあるはず。結界の範囲を拡大しているはずだから、少し離れた場所にしか転送できないわね」

「それでも、馬で戻るよりもはるかに早いでしょ。早く戻らないと、ティラが!」


「ティラ……ふふ、ブラン殿下ね。あの時は驚いたわ」

「あの先生。いまさらですけど、いいんですか?」

「何が?」

「俺が今からやろうとしてることは、かなりヤバいことですよ。それに関わ」


 先生は人差し指で、そっと俺の唇を押さえる。


「止めるつもりなら止めている。そして、関わる気がないなら関わっていない。あなたが心配しなくても、私は自分のことを自分で決断している。わかった?」


 柔らかな微笑みを投げかけて、先生は人差し指を離し、転送魔法の準備に入る。

 俺は心の中で礼を述べつつ、無言で頭を下げる。

 先生はゆるりと手を降ろして、魔力を両手に宿す……が、途中でそれを掻き消した。

 


「では、いきましょう。あ、でも……そうね」


「ん、どうしたんですか?」

「ヤツハちゃん、あなたがやってみる?」

「え?」

「この先何が起こるかわからないから、少しでも経験を積んでおいた方がいいわ。幸い、目印があるし、私もいるからサポートできる」


 先生の言うとおり、この先何が起こるかわからない。

 それにティラを助け出した後、王都サンオンから離れるには転送魔法はうってつけの術。

 ならば、いま使えるようになっておいた方がいい。



「わかりました。やってみます」


 俺は先生の前に立ち、全身を紫の輝きに包み、空間の魔力に身を預ける。

 それを見届けた先生は、王都にある目印と俺の魔力を結び付けた。

 先生は囁くように指示を飛ばす。


「さぁ、いの流れに従い、進みなさい」


 先生は杖で地面を突いた。

 すると、幾何学模様の魔法陣が生まれ、その中心に紫色の紐が見える。

 俺は魔力を宿した右手で紐を握る。


 紐は遥か先にあるはずの王都を身近に感じさせる。

 その紐に意思を乗せると、視界は一瞬陽炎のように歪み、すぐに戻る。



「ここは?」

「コナサの森を越えた辺りよ」

「そうですか。うん?」


 背後の森から、俺の名を呼ぶ声が聞こえる。


「お~い、姉御! ヤツハの姉御~!」

 クレマが黒馬に跨り、こちらへと近づいてきた。


「クレマ、なんで?」

「たまたま森の前に居たら転送魔法の気配を感じてな。まさかと思ったけど、やっぱり姉御たちだったか」


「そうだったんだ。でも、悪いけど話している暇は」

「女王の件か?」

「もう知っているんだ?」

「ああ、大変なことになったな」

「そうなんだ。俺は今から王都に戻らなきゃならない。悪いけど……あっ」


 クレマの馬と目が合う。

 

「そうだ、馬を二頭貸してくれ。先生、馬に乗れますよね?」

「大丈夫よ」

「クレマ、いいよな?」

「そりゃ、構わないけど……何をそんなに急いでいるんだ?」

「王都に大切な友達がいる。助けに行かないと命が危ない!」

「なにっ? わかったぜ、飛び切りの馬をすぐに用意する!」


 大した説明もしていないのクレマは馬首を森に返し、エルフたちに指示を与える。

 そんな彼女の態度がとても嬉しい。


 すぐさま馬は用意されて、俺と先生は馬に跨った。


「ありがとう、クレマ。それじゃ、先生っ!」

 呼びかけるが、先生はクレマをじっと見て動かない。


「先生……まさか、こんな時に悪い病気が……」

「違うわよ。って、病気って何よ、もうっ」

「それじゃ、なんでクレマを見てんの?」

「それは……」


 先生はクレマに近づき、耳打ちをする。

 クレマは一瞬、ギョッとした態度を取ったが、すぐに正し、胸元をトンと叩く。


「ヤツハはあたいの姉御だ。森のみんなにとってもな」

「そう、ありがとう。では、行きましょう、ヤツハちゃんっ!!」

「おう、姉御! 行くぜ」


「え!? なんで、クレマも?」


 質問しても、先生もクレマも答えてくれない

 俺は二人の無言の声に押されて、馬に鞭を打つ。


 何故、エクレル先生がクレマに協力を頼んだのか?

 その理由はジョウハクの門前で知ることになる。




――ジョウハク・東門前



 衛兵たちから見えない場所でいったん馬を降りて、草陰からこっそりと門の様子をうかがう。

 強力な魔法の結界を帯びた巨大な門は完全に閉じられており、さらに通用門には見張りの兵士が立っている。

 それらせいで、門の前は通行止めを食らった人たちで溢れ返っていた。



「くそっ、蟻一匹通さないって感じだな」

「女王の死。忠節の士サシオン=コンベルの凶行。最も信頼のおける人物が凶行に走ったということになっている以上、無辜むこの民草と言えど疑いは避けられない」


「先生はサシオンが犯人じゃないと思ってる?」

「もちろんよ」

「姉御、あたいもサシオンとかいう奴がそんなことをやるような男には思えねぇ」


「クレマ?」

「何度かあいつが森へ交渉に来たことがあるから、多少どんな奴か知ってる。頭でっかちのウゼェ男だったが、クソが十並ぶくらい真面目な男だったからな」


「あまり面識のないお前から見てそう見えるなら、街のみんなは余計に。特に近衛このえ騎士団の……ん?」

「どうしたの、ヤツハちゃん?」

「いや、何でも……」



 頭に過ぎる、奇妙な考え。

 サシオンは予め騎士団の面々を遠ざけていた節がある。

 彼が暗殺犯、謀反人として捕まれば、近衛騎士団にも嫌疑が掛かる。

 

 場合によってはまとめて処断される可能性も。

 されなくても、彼らはサシオンのために抗議の声を上げるだろう。

 そうなれば、やはり何らかの罰を受けるはず。


 サシオンはみんなを巻き添えにしないため初めから……。



(そこまで読んでいたとなると、やっぱりコトアから何かの指示があったようにしか思えないな。だから黙って捕まり処刑された)


「まったく、何か知らないけど俺に一言教えとけっつーの」

「ヤツハちゃん? 本当にどうしたの?」

「いえ、全てはティラを助けてからで。とにかく、街に入る方法を探さないと」


「だけどよ姉御。姉御の大切な仲間ってのはどこにいるのかわかってんのか?」

「……王城だよ。ブラン=ティラ=トライフル。俺の大切な友達だ」

「その名はプラリネ女王の……おいおい、マジかよっ?」

「マジだよ。この件に関わりたくなかったら、いま直ぐ帰った方がいいぜ」

「バカ言え、そんな真似できるかよ。むしろ燃えてきたぜ」


 そう言いながら、クレマは先生に視線を向ける。

 先生は少し申し訳なさそうな態度を取り、俺に話しかけてきた。



「ところでヤツハちゃん。街に入れたとして、そのあとはどうやって城内に侵入する気なの?」

「ここだけの話、北地区にある地下水路から城へとつながる秘密の通路を知ってます。そこから」

「なんでそんなもの知ってるのよ……」

「ククク、さすがは姉御だぜ。最っ高に痺れるな」


「そんなわけで、街に入ってしまえばどうとでもなります。問題は、どうあの門を突破するか」

 門は固く閉ざされ、幾人もの兵士が守っている。

 蹴散らして入ろうものなら、各近衛騎士団。もしかしたら、六龍だってやってくるかもしれない。

 ティラを救い出すその瞬間まで、何とか隠密に行動しないと……。



 俺は草陰からじっと門を見つめる。

 すると、先生は大きな息を吐いて、言葉を出した。


「はぁ~、やっぱり、試すしかないようね」

「ん、先生?」

「本当は王城の結界を突破するための切り札して考えていたんだけど、城に入る手段があるなら出し惜しみする必要はないし」

「なにか、あの門を突破、いえ、結界を突破する方法があるんですか?」

「一つだけ……」

「それは?」


「全ての壁を越えることのできる、亜空間転送魔法よ」

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