第155話 サダさんの意外な過去

 サダさんはピケにとても優し気な瞳を見せて、懐かしそうに笑う。

 彼がどうしてピケにそんな態度を取るのかはわからないけど、青い顔を見せる先生が何をやらかしたのかは想像できる。


(先生は可愛いピケに手を出して、トルテさんから雷を落とされたんだろうな。だけど、サダさんはなんであんなに愉快そうに笑ってんだろ?)



「サダさんは何笑ってんの? あ、もしかして、先生が怒られているところを見物してて、その思い出し笑いとか?」

「あのね~、ヤツハちゃん。おじさん、そんなに性格悪くないよ」

「だったら、なんで?」


 この質問に、サダさんはちょっと困ったような態度を見せる。

 そこへトルテさんの声が間に入る。その内容はかなり意外なもの。


「あはは、あの時、真っ先に怒ったのがサダだったからね。それを思い出したんだろねぇ」

「サダさんが?」


「ああ。まだちっちゃかった嫌がるピケをエクレルが抱きしめて、頬をすりすりしてたんだよ。私はそれに気づいてなくて、サダが先に気づいてね。それで、エクレルを怒鳴ったのさ」


「サダさんが怒鳴る!? なんか想像できないな……」

「げっへっへ、ついね。もっとも、その声に気づいたトルテさんがやってきて、俺のことなんかそっちのけで、そらもう、恐ろしいことに……」

 


 サダさんはちらりと先生を見る。

 先生は青い顔に冷や汗を浮かばせて目を逸らす。


 俺は視線を先生からサダさんに戻す。


「先生は昔から……でも、サダさんが怒鳴るなんてすごいね。先生の頬ずりがよっぽどだったの?」

「いや、そいつはぁ……へへ」


 サダさんは頭を掻いて、照れくさそうな笑いを見せる。

 すると、隣にいるトルテさんが代わりに声を出した。


「私もサダの怒鳴り声を聞いて、エクレルがピケに余程のことをしたんだと思って厨房から飛び出して怒り飛ばしたんだよ。でも、あとからピケに話を聞くと、頬ずりされて、ちょっと愚図ってた程度だったんだって」


「それなのに、怒鳴り声?」

「そうなんだよ……あの時、サダは自分の娘さんのことを思い出して、ついって言ってたね」

「へぇ~、娘……え、娘!? はいっ? サダさん、結婚? 奥さんと娘さんがいんの?」


「そいつぁ、ねぇ……」


 サダさんは唇を波打たせて、言い淀みつつ、なんとか言葉を繋げる。

 

「なんて言うかね、一応」

「家族がいるのに一応も何もないだろ? どこに住んでるの? てか、帰らなくていいの?」

「へっへっへ、遠いところにいてね……」


 サダさんは遠くを見つめる。

 その瞳はとても寂し気なもの。

 俺は慌ててサダさんに頭を下げる。



「ごめん、変なことを聞いてっ」

「うん? ああ、いや、別に死んじゃいないぞ」

「はっ?」

「いや~、ちょいと愛想を尽かされてね~。それでなかなか会えなくて」

「……おいっ」


 俺は低い声に力を籠めて真顔で睨む。

 サダさんは両手をわなわなと動かし、その場を誤魔化そうとする。


「な、なんでそんなに怒ってるの、ヤツハちゃん?」

「あんたが勘違いさせるような真似するからだろ! クソッ、もし奥さんや娘さんに会うことがあったら、若い子のケツ毎日揉んでますって報告してやるからなっ!」

「そ、それは勘弁よ~、ヤツハちゃん~」


 サダさんは手もみをしながら懇願してくる。

 態度は軽いが、声には結構な悲哀が乗っているので、ある程度はマジそうだ。


「はぁ、もういいけど……まったく、たださえ行列でイライラしてるのに、ストレスが溜まるような真似はよして欲しいなぁ~」



 俺は溜め息と一緒に肩を落として、行列へ目を向ける。


「ほんっと、これは長すぎっ。下手したら、門を出るまでにお昼すぎるんじゃないの?」

「だったら、裏技を使いましょうか?」


 先ほどまで青褪めていた先生が顔をホクホクとさせている。

 何か良い案があるようだけど。


「先生、まさか転送ですか?」

「それは無理よ。王都は結界で覆われてるから、そうじゃなくて。ちょっと、そこの兵士さん」



 先生は警備に当たっていた兵士に声を掛けた。


「はい、何でしょうか? あ、ヤツハさん」

「あ、スプリ。久しぶり」

「ええ、お久しぶりです。具合の方は?」


「うん、もうすっかり。そうだ、宿からも連絡が行ってるけど、スプリからもお願いできるかな? サシオンに二週間ほど留守にするからって。もっとも、把握済みな気もするけど」

「ん? はい、わかりました」



 この、俺とスプリのやり取り見ていた先生が、何故かニンヤリと笑う。

 

「ふふ、二人は知り合いなのね」

「なんすか、先生? いかにも悪だくみしてます的な笑いをして」

「まぁまぁ、ヤツハちゃん。えっと、スプリさんでしたか?」


「はい、あなたは空間魔法使いのエクレル様ですね。詰所にて、お顔を拝見したことがあります」

「あら、そう? 何度かサシオン様に協力したことがあったからね」

「はい。それで、何か御用でしょうか?」

「実は門から出たいんだけど、この行列でしょ。なかなか出られなくて困ってるの」


「ああ、検査のために……申し訳ございません。迷惑をかけてしまい」

「それはいいのよ。仕方のないことですもの。で、そこでなんだけど~……門の横にある通用門を使わせてもらえない?」



 王都の巨大な門のすぐそばには、近衛このえ騎士団などが通る通用門が完備してある。

 どうやら先生は、それに注目したみたいだ。

 しかし、スプリは困惑した様子で言葉をどもらせる。


「それは、ちょっと……」

「特別扱いがダメなのはわかるわ。そこを何とか、お付き合いのよしみで」


 先生はサシオンと付き合いがあるため、そのコネで押し切ろうとしている。

 そしてそれは、俺にも飛び火する。


「ほら、ヤツハちゃんも。あなたも何度かサシオン様の仕事を任せられているんでしょう?」

「うわ~、先生。特権的な感じのをかざす気ですか?」

「利用できるものは利用しないと」

「そういう積み重ねが不満を産んで、人から恨みを買うんですよ」

「ぶ~ぶ~、ちょっとくらいいいじゃない」


 

 口を尖らせて、子どもじみた真似を見せる。

 俺は頭を横に振りながらスプリに謝った。

「いい年して何やってるんですか? スプリ、ごめんな。迷惑かけて」

「いえ……」


 スプリは俺をじっと見てから、荷馬車へ視線を移す。


「荷台には何を?」

「え? 主に水と食料かな、旅用の。『メプル』まで香辛料の仕入れに行くだけだから」

「そうですか。わかりました。それならば通用門へご案内します」

「え、いいの?」

「普通ならこのような特別待遇はできませんが、ヤツハさんなら誰も文句を言わないでしょう」

「なんで?」


「ふふ、ヤツハさんは今のご自分の立場をよくわかってないんですね。とにかく、こちらへどうぞ。通用門までご案内します」

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