第154話 旅は道連れ
――東門
晩秋の肌寒い木枯らし舞う東門には、それとは真逆の熱を持った大勢の人たちが並んでいた。
マヨマヨの襲撃以降、東門は他の門と比べて人通りの数が増えている。
理由としては、コナサの森の存在。
俺たちの交渉で復興資材を提供してもらえるようになり、その関係者の行き来で人々の往来が増えている。
ただでさえ混雑する門だというのに、これに加えキシトル帝国の襲撃のせいで、議会満場一致で人や積み荷などの検査が厳しく行われるようになってしまっていた。
この調子だと、門を出られるのは何時間後か……。
俺は荷馬車の荷台にピケと一緒に並んで座り、そこから長蛇の列を見つめ、ため息をつく。
「最悪……まぁ、今が夏じゃなくてよかった。じゃなかったらパティになるところだった」
「パティちゃんがどうしたの、おねえちゃん?」
「パティは暑さが苦手なんだよ」
「そうなんだ」
「とはいえ、このままだと体はともかく心が枯れる。どうします、トルテさん?」
「待つしかないよ。復興関係者の人たちが優先で、どうしても後回しになっちゃうからね」
「はぁ、仕方ないとはいえ、こんな渋滞が毎日続くようだと……」
俺は並んでいる人々に視線を向ける。
ある人はため息を漏らし、ある人はぐったりとした表情を見せ、ある人は不満を口に出している。
(この調子だとますますプラリネ女王に対する不満が高まるな。検査を簡素化できるように何とかならないもんかね?)
腕を組み、何か良い方法がないかと引き出しの世界へ向かおうとしたが、検査は議会で決まったこと。
アイデアがあったところで、今すぐ俺にはどうすることもできない。
(あとで良いアイデアが思いついたら、サシオンに相談してみるか。もっとも、あいつはすでに俺を超えるアイデアを持ってんだろうけど。介入がダメってのは面倒だねぇ。それにしても……)
俺は東地区の隅にあるサシオンの屋敷の方角に目を向け、続いて城へ移した。
(サシオンがその気になれば、ジョウハクで起きている問題の大半が片付いてしまう。あいつは会議を行っている人たちをどう思ってるんだろう?)
サシオンには答えが見えているのに、みんなは目を閉じて歩いている。
その姿を見て、さすがに見下したりしてはいないだろうけど、ジレンマみたいなものを感じているかもしれない。
そして、それはおそらく、クラプフェンも同じ。
答えを知る者が前にいるのに、クラプフェンは尋ねることもできず、ただいる。
そのジレンマ。
さらには自分たちが行うやり取りを、遥か高みを知る者から覗き見られる不快感。
そんなものを感じてはいないんだろうか?
(ま、会ったこともない奴のために、俺がどうこう考えることじゃないっか)
俺は大きなあくびをして、ピケとおしゃべりでもしながら暇をつぶすことにした。
そこに思い掛けない人物が現れる。
「ヤツハちゃん?」
「え……あ、先生」
声に惹かれ振り向くと、エクレル先生がいつもの姿で立っていた。
袖口や襟に一族を表す紋章である、湾曲した鳥居の模様が編み込まれた光のように美しい
肘からは飾り布が下がり、秋風に揺れる。
飾り布を見ていつも思うけど、それで街を移動するのは大変じゃないのだろうか?
先生はどこかのお店の帰りなのか、買い物袋と……何故か、普段を身に付けていない
「先生、買い物ですか?」
「ええ、ちょっと魔法の道具類を」
「なんで、杖まで? まさか、街中で大魔法でもぶっ放すつもりじゃ?」
「もう~、そんなことしないわよ。捕まっちゃうじゃないの。魔法の道具を扱うお店で、杖を調整してもらっていたのよ」
そう言いながら、視線を魔導杖に向ける。
俺も釣られて魔導杖を見た。
先生の魔導杖の持ち手は茶色で、先端に白銀の金属の輪っかがある。
輪っかの中心には棘のように鋭い鱗を持つ龍の像。
また、その像を囲む白銀の輪っかには、いくつもの小さな白銀の輪っかが知恵の輪のように絡み付いていた。
先端に宝石のついているアプフェルの魔導杖とは違い、見た目は祭祀に使う錫杖といった感じ。
「先生の魔導杖はシンプルですね」
「え、そう? 龍の造形にはこだわりがあるんだけど。それにこの金属の一部分は、貴重金属のオリハルコン製で結構なものなのよ」
「オリハルコン……ここで伝説の金属の名を聞こうとは……」
「あら、よく知ってるわね? あまり一般的じゃない金属なのに」
「えっ、まぁ、聞いたことあるだけでして、どんな金属かまでは知りませんけど」
「そうなの? オリハルコンは魔力を増幅させる力があるのよ」
「へぇ~。じゃ、これから先生は何か戦闘の予定でも?」
「まさかっ。こういったご時世でしょ。念のためにね」
「はぁ、なるほど」
「ヤツハちゃんこそ、一体?」
エクレル先生は荷台に乗る俺とピケを見てから、前に座るトルテさんとサダさんへ視線を向けた。
先生とトルテさんは軽く頭を下げ合う。
サダさんがひょいと手を上げて挨拶すると、先生は軽く眉を顰めて頭を下げた。
その様子から二人は知り合いのようだ。
「先生って、サダさんと面識あったんだ」
「昔はよくサンシュメに出入りしてたからね。ある趣味で意気投合したこともあったけど、趣向の違いで喧嘩になって解散しました」
「どこの音楽グループですか、それ。ってゆーか、趣味って可愛い子好きの話でしょっ」
「さっすが、ヤツハちゃん。私のことよくわかってるわね」
「嫌味を前向きに取れる先生の方がさすがですよ」
俺は軽く息を吐いてサダさんに顔を向ける。
「そういやサダさんって、いつからサンシュメに泊まってるの?」
「ん~、いつからかなぁ。覚えてないねぇ」
「酒の飲み過ぎでアルコールが脳に回ってるんじゃないの?」
「ヤツハちゃんはおじさんに対して、どんどん辛辣になっていくね」
「人のケツを毎日のように揉んどいて好感度が上がるわけないだろ! あの、トルテさんは覚えてないんですか?」
「そうさねぇ……結構前からだったと思うけど、いつの間にかいたって感じだね」
「はは、どんだけ馴染んでんだか」
サダさんに目を向ける。すると彼は胸を張って、そして咳き込む。
「そりゃあ、おじさんの愛嬌がぁ、ゴハッ、ゴホンゴホンッ」
「大丈夫、サダさん。ホントに護衛役として信用に欠けるなぁ」
「護衛役?」
先生がこの言葉に反応して、質問を被せてきた。
「この馬車といい、どこかに旅へ?」
「ええ、ちょっと仕入れに。長くても二週間くらいで戻る旅ですよ。あとで、宿の方から先生のところに連絡する予定でしたけどね」
「そう、旅ね……」
先生はちらりと俺の右手を見てから、サダさんに視線を移す。
そして、スーッと鼻で息を吸い、大きく口から息を吐き出して、トルテさんに顔を向けた。
「トルテさん、私も同行していいですか?」
「え? ああ、そりゃあ、別に構やしないけど。また、どうして?」
「ヤツハちゃんの傷が癒えたとはいえ、師匠として心配ですから」
と、言いつつ、サダさんに視線をチラリと向ける。
それに対してサダさんは、ガックシと落ち込んだ態度を見せている。
二人の様子を見て、トルテさんは頭を押さえながら笑いを漏らす。
「ははは、そうかい。エクレルにも護衛を頼もうかね」
「ありがとうございます」
トルテさんが後ろの荷台に首をふいっと振ると、先生は風に舞う羽のように荷台へふわりと乗り込んだ。
そして、俺の身体にぴたりと体をつける。
「フフフ、ヤツハちゃんと初めての旅行。楽しみね」
「暑苦しいっすよ、先生」
「肌寒い季節なんだから、ちょうどいいでしょ」
「何がちょうどいいだよ。あ、ピケ、この人に近づいちゃダメだからね」
「ん? 大丈夫だよ~。エクレルちゃんはむかし、おかあさんからすっっご~く怒られたから」
「え?」
俺はエクレル先生を見る。笑顔だけど顔面蒼白。
トルテさんを見る。慈しみに満ちた笑みを浮かべている。でも、何故か迫力がある。
その隣ではサダさんが、懐かしさの籠る笑い声を上げていた。
「へっへっへ、あんときはすごかったねぇ」
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