第132話 笠鷺の友人・近藤

 近藤は脇から銃を取り出し、黒騎士へ向けて数度発砲する。

 銃口から飛び出した光の弾丸は、黒騎士を数歩後ろへと下がらせた。



 黒騎士は兜の隙間からあかの眼光を鋭く差し向け、近藤へ言葉を投げかける。

何故なにゆえ、迷い人が我らの事柄に介入する? 貴様らは外の者。介入は許されないはずだ」

「たしかに、これは重大な規則違反だ。しかし、友を見殺しにはできない」

「友?」

 

 黒騎士は近藤の言葉を受けて、ヤツハへ視線を向けた。


「なるほど、この娘は……して、どうする? 貴様が代わりに我の相手になろうと言うのか?」

「まさか、私如きがあなたに敵うはずもない。だがっ!」


 近藤は銃口を黒騎士に向けたまま、左手を横へ振った。

 すると、ヤツハたちに光のカーテンが降りる。



「彼らを逃がしてやることはできる!」

「無粋な。だが、そううまくいくかな?」

「なに? ガッ!?」


 前触れもなく、近藤の身体はくの字に折れる。

 右手に所持していた銃は地面へと落ち、ヤツハたちを覆っていた光のカーテンは消え失せた。

 近藤は頭を落としていき、前のめりに倒れ込む。


「近藤!?」


 ヤツハは近藤へと駆け出す。

 地面へ倒れた近藤を抱え上げ、彼女は上空へ目を向けた。

  

 空には、青が広がるキャンバスには不似合いすぎる、真っ黒な襤褸ぼろを纏ったマヨマヨがふわりと浮かんでいた。



 黒のマヨマヨは吐き捨てるように近藤へ言葉をぶつける。


「愚か者め。我々は個の欲望では動いてはならない。我らの悲願のみにおいて動くもの。その条件をもって、我らの力を貸し与えたというのに……」


 彼は襤褸の隙間から見える瞳に軽侮けいぶの眼差しを籠める。

 ヤツハはその目を睨みつけて咆哮した!


「てっめぇっ! 近藤に何をしやがった!?」


 怒りに塗れた声は轟き、大気を怯えさせる。

 だが、黒のマヨマヨは反応せず。ただ、ヤツハと近藤を見下ろすのみ。

 穢れた黒のマヨマヨの瞳が、ヤツハの心を憤怒に染めていく。

 

 しかし、その思いは、近藤を支える左手に生暖かくぬるりとしたものを感じたことで急速に収まっていく。

 彼女はすぐさま近藤へ目を向けた。

 


 腹部に置いていた左手は真っ赤に染まり、地面にはペンキをぶちまけたかのように血が広がっている。

「そ、そんな、こんどうっ」

「か、か、ささ、ぎ。すま……な、い」

 近藤は、瞳孔に宿る光をぼやけさせ、息霞むように声を出す。


「なんで謝るんだよ!? えっと……そうだ、回復魔法!」

 ヤツハは両手に自身が持てる最大の魔力を乗せて、回復魔法を近藤の腹部へと注ぎ込んだ。

 癒しを宿す緑の光が、嵐のように二人を包み込む。


 並の魔導士では到底生み出せない、驚異的な魔力の奔流。

 ヤツハは近藤の傷を瞳乾くまで凝視し回復魔法を掛け続けるが、一向に傷は塞がらない。


「そんなっ、どうして!?」

「損傷、が激しすぎ……死に、向かう者、回復魔法は、意味を……」

「黙ってろっ! こんな傷すぐに!」


 さらに魔力を籠めて、癒しの力を注ぐ。

 だが、傷口は塞がらない。血は体内より漏れ出ることを止めない。

 傷口に当てている両手からぬくもりが消えていく。

 

 ヤツハはこの感覚を知っている。

 腹部を刺され、止め処なく血を流し、闇に閉ざされていく感覚を知っている。

 すり抜けていく暖かさ。消えゆく五感。

 

 これは決してあらがうことのできない、死……。


「うそだろ。こんなの……そんなっ。くそぉぉぉぉ!」


 それでも、ヤツハは魔力を籠め続ける。

 


 近藤はヤツハにとって……笠鷺燎かささぎりょうにとって、顔見知り程度のクラスメイト。

 そう、彼にとってみれば、思い入れなどない人物。

 だけど、笠鷺は涙を流す。


 何故かわからないが、自分を地球へ、男へ戻すために奮闘し、自らの命を投げ出してまで守ろうとしてくれた、友と呼んでくれた男に……。



「もう、わけわかんねぇよっ。何が起こって、もう、もう、血ぃ、止まれよっ!!」

 笠鷺から零れ落ちた涙は、近藤の手に当たり弾けた。

 近藤は僅かに残る気力を振り絞り腕を上げ、笠鷺の左手を握った。


「こ、近藤?」

 近藤は問いかけに応えることなく、笠鷺の人差し指の爪をこすり、血を拭う。

 そして、とても健やかに笑った。


「爪の色……ああ、よかった。まだ、だいじょうぶ……おまえは、きっと。笠鷺くんはきっと…………」

「近藤? 近藤……おいっ、近藤!? 近藤、返事しろって! 近藤……こんどうぉぉぉ!!」


 ヤツハの呼びかけは届かず、近藤は目を閉じて、何かを安心したかのように笑い、静謐せいひつへと魂を返した。


 暖かさを失った近藤を、ヤツハは空白の中で見つめ続ける。

 近藤の遺骸は光のカーテンに包まれ、彼は霧のように消え去った。

 ヤツハが両手で触れていたものはどこにもない。


 空に浮かんでいた黒いマヨマヨも、この場より消え去り、彼らがいた痕跡は初めからなかったかの如く、全て光に呑まれた。


 ヤツハは、瞳を閉じて、意識をくうへ飛ばす。

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