第131話 覚悟と矜持

――シュラク村



 村の入り口に広がる広場では、痛みと疲れに足震えるフォレを残して、皆は地面に横たわっていた。

 

 パティは優美なドレスを土に塗れさせながらも、指先にある扇子を手に取ろうとするが、思い届かず。

 アマンは薄れゆく意識を必死に保とうと、己の身体に爪立てる。


 額から血流れ落つアプフェルは、魔道杖まどうじょうを握り締め、僅かに残る魔力を回復魔法へ還元しフォレに掛けた。

「フォレ、様……」


 フォレは回復魔法を受けるが、疲れ切った足の震えは収まらない。

 それでも、彼は剣で己を支える。

 だが、立っているのがやっとで、もはや戦いなど不可能であった。



 黒騎士は離れた場所より、剣を振るう。

 それにより起きた風圧でフォレの身体は容易く吹き飛ばされた。


 為す術なし……バーグは口端を捻じ曲げながら鼻から息を漏らす。


「ふ~、ここまでか。黒騎士殿が手加減したとはいえ、粘った方だな」

「どうなりますかね、あの子たちは?」

「黒騎士殿は敵を讃え、殺す。そういうお方だ」

「あんだけ頑張ったんだから、見逃せばいいのに……」


「ガキだけど、一応敵だぞ。それにあのフォレはサシオンの子飼い。だから、黒騎士殿は彼らを必ず殺す。もしかしたら、サシオンが弔い合戦に出る可能性があるからな」

「出られると、迷惑なんすけどね。黒騎士殿と匹敵するんでしょ、サシオンは?」

「らしいな……どちらもバケモンだわ。ま、そんなバケモン相手によくやった。こちらも仲間をやられたとはいえ、彼らを丁重に弔ってやろう」



 バーグは吹き飛ばされてもなお、上半身を起こし、黒騎士を睨みつけているフォレを瞳に入れた。

 彼の口端は、なぜか笑っている。

 それは彼だけじゃない。周りの仲間たちもだ。


「あいつら……そうか、仲間を一人逃がしてやれたことだけで満足しているのか。なんて連中だ。まだ、若いってのに。いや、若いからこそ純粋で……それに比べて、俺たちは……」

「隊長……」

「いや、何、柄にもなく感慨に。見届けよう、彼らの最期を」


 バーグは愛惜あいせきを振り切り、視線をフォレたちに投げた。

 そこにあり得ない光景が飛び込む!


「なっ!? 馬鹿なことをっ。皆の思いを踏みにじるのか、嬢ちゃんよ!」


 

 彼の言葉を受けて、部下も視線を先に向ける。

 そこにいたのは、ヤツハ。

 ヤツハは馬から降り、皆の元へと歩いていく。


 その姿を見た黒騎士は彼女を侮蔑ぶべつする。

「愚かな娘よ。仲間が繋ぎし命を、意味もなく捨てに来るとは……」


 黒騎士の動きに気づいたフォレが、痛みの走る体を無理に動かし、後ろを振り向く。

 

「あ……そ、そんな、どうして……?」

 

 フォレの言葉はか細くも広がり、アプフェル、パティ、アマンもヤツハの姿を瞳に宿した。


 アプフェルは顔がぐしゃぐしゃになるまで強く目を瞑る。

「馬鹿っ、なんで……」

 

 パティは扇子に伸ばそうとした手で土を握り締める。

「せめて、あなただけでも……と」

 

 アマンは瞳より光を消して、虚ろにヤツハを見る。

「もう、何もないですね……」



 ヤツハは傷つき倒れる仲間たちを一度視界に収め、無言で通り過ぎ、腰につけていた剣を抜いた。

 フォレは声で彼女の背中に鉤爪を掛ける。


「ヤツハさん! 駄目だ! 今すぐっ」

「フォレ、みんな……お前たちが俺を逃がしてくれたことには感謝する。でもさ、ダメなんだよ」

「ヤツハさん?」

「お前たちがいない世界に意味はない。みんながいてこそ、俺の知る日常。俺が生きる意味のある場所なんだ」


 ヤツハは背中を見せたまま、皆へ語る。

 フォレはさらに深く爪を立て、ヤツハの背中を掴み引きずろうとした。

 だけど……彼女の声に宿る思いは鉄の意志。背中に爪を立てるなど無意味。


 フォレは地面を殴り、頭をがくりと落とす。

 そして、肩を震えさせる。

 アマンは力なく先を見つめ、パティは土に塗れようとも自身の顔を地面に押し付けた。

 アプフェルは小さく、呟く。


「ほんと、ばか、なんだから」


 彼女の言葉はヤツハの心に届く。

 ヤツハは最後の微笑みを宿す――そして、顔に悪鬼を乗せて、黒騎士の心を眼光のみで貫いた!



「よくもやってくれたなっ、クソ野郎!! 落とし前はぜってぇつけてやるからなっ!!」

「ほぅ、意気は良し。だがっ、その思い届くかっ!」


 黒騎士は剣を振るった。

 それは彼にとって児戯に等しき行為。

 ヤツハは己の剣にて、それを受け止め、力を流そうとした。

 だが、受け止めることも受け流すこともできず、剣は折れ、ヤツハは地面に打ちつけられる。


「グフッ!」


 ヤツハは地面より黒騎士を見上げる。

 天を穢す黒き気炎を立ち昇らし続ける騎士。

 それは死神にして絶望。


 影がヤツハを覆う。

 迫る、死。

 恐怖はヤツハを冷たく包む。

 

 だがっ、ヤツハは歯を食いしばる。

 怯える足を見て、殴りつける。だが、足の震えは収まらない。

 殴りつけた手もまた震えている。

 

 彼女の心は恐怖に屈していた。それは事実だ。

 それでも、仲間への思いは色褪せることない。

 その思いが、ヤツハに力を与える。



 地面を手で押し、膝を立て、黒騎士を睨みつける。

 か弱くも強気意志を見せつける姿に、黒騎士は笑う。


「フフ、良い。愚か者の矜持きょうじか。良かろう。その清廉たる思い、我が刃の血となり肉となり、共にあろうぞ」


 彼はヤツハの思いを介錯するか如く、剣を大きく掲げた。

 ヤツハの手足は震え、顔は恐怖に彩られている。

 だが、瞳だけはまばゆい光を残したまま。


 黒騎士は彼女の光を闇で蹂躙するべく、剣を振り下ろした。




――サセナイッ!――


 

 剣が、硬い何かにぶつかる音が轟いた。


 黒騎士の剣圧によって、嵐のような土煙が舞い、誰の目にも何が起こっているのかわからない。

 その砂塵の隙間から、ヤツハは前に立つ人物の姿を目にしていた。

 

 

 

 彼は青い襤褸ぼろを身に纏う存在――マヨマヨ。

 名は近藤。

 笠鷺燎かささぎりょうのクラスメイト。


 彼がヤツハと黒騎士の間に入り、光り輝く壁を生み出していた。

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