第97話 人狼族と人猫族

「ヤツハさん、ヤツハさん」


 誰かが俺を呼んでいる。

 頬っぺたには、ぷにぷにとした柔らかいものがぺちぺち当たっている。

 とても気持ちいい。


 俺は声と頬に伝わる感触に導かれ、目を開けた。


「う、う~ん」

「やっと起きたっ。ヤツハってば、ここまで爆睡するなんて」

「よかった、お目覚めになりましたか」


 寝ぼけまなこの先には、俺を覗き込むアプフェルとアマンの姿が。


「あ……あ~、そうか。あそこから帰ってきたのか」

「あそこ? 大丈夫、ヤツハ?」

「ああ、すまん。ただの夢だ。ん~、さっきの感触は……?」


 俺は半身を起こし、ほっぺに残る柔らかな感触を名残惜しんで頬を撫でた。


「あのさ、ほっぺたになんか柔らかいものが当たって気がするんだけど、何かした?」

「ああ、それ。アマンがあんたのほっぺたを叩いてたからね」

「アマンが?」


「はい、とても深くお眠りの様子でしたが、そろそろコナサの森に到着しますので、頬を少し叩かせてもらいました」

「それで……でも、すっごい気持ちよかった。ぷにぷに柔らかくて」

「それは肉球でしょうね」


 

 そう言いながら、アマンは自身のピンクの肉球を見せてくる。

 俺は肉球に惹かれて、彼女の手を握った。

 そして、揉む。


「おお、肉球。やわらか~い。ずっと、ぷにぷにしてたいなぁ」

「や、やめてください、ヤツハさん。くすぐったいですよ」

「あ、ごめんごめん。ついね」

「いえいえ、大丈夫ですよ。私自身、ケットシーの中でも指折りの肉球の持ち主だと自負していますし、魅了されるのは仕方ないことだと」

「ほほぉ、すごい自信」


 彼女は小さな手をくっぱくっぱと開き閉じ繰り返している。

 人猫じんびょう族ケットシーにおいて、肉球の柔らかさとは一種のステータスのようだ。

 

 

 俺はアプフェルへ目を向ける。

 彼女は人狼族……手を取り、手の平を見る。


「肉球、ないね……」

「あるわけないでしょっ」

「人狼族なのに。おまけに固い」

「人の手の平をぷにぷにするな! しかも、固いって何よ? 女の子としては十分に柔らかいでしょ!」

「まぁね。でも、アマンの肉球と比べると、はぁ~」

「だから、肉球と比べるな!」


 アプフェルは声を荒げつつ、両手で俺のほっぺたを挟んでグニグニしてくる。


「この~、アホヤツハ~」

「いふぉい、いふぁい。ふぁるかったって」

「ふんっ、わかればよろしい」

「いた~……でも、不思議だな」

「何が?」

「人狼族にはなんで肉球がないの? 狼なわけでしょ。それに見た目は人間だし」


「進化の過程で枝分かれしましたからね」

「アマン? 枝分かれって?」


「人猫族も人狼族も元は同じ種族。しかし、我ら人猫族は古き姿のまま道を歩み、人狼族は人の姿に似せていった」

「へぇ~。元は同じ種族なのに、なんで仲悪いの?」


「祖は同じでも、今は違いますから。それに歩む道をたがえたということは、それだけ考え方に開きがあるということ。仲が悪くて、当然かと」

「ふ~ん、そういうもんかね」

 

 そういえばサシオンも多種多様な種族がいるから諍いが多いと言っていた。

 人間しかいない地球でも歩み寄れないところが多々あるわけだし、アクタではさらにその事情が複雑なのかもしれない。



「そういや、仲が悪いと言えば、パティは?」

「あの女なら今、フォレ様と先頭にいる!」


 アプフェルは牙をむき出しにして、しっぽをめためたにバタ狂わせる。


「寝ている間に何があったの?」

「くじで負けたの!」

「あ、そう」

「あの時、右の棒を選んでおけば、く~」


「なんか、既視感。賭博場の俺を思い出すな……えっと、もうすぐ到着するんだっけ、アマン?」

「ええ。フォレさんっ、森は見えてきましたか?」

「はい。あと少し馬車を走らせたところです。警戒されないように、ここからは馬車を降りて歩いていきましょう」


 フォレの言葉を受けて、隣に座るパティは扇子を閉じて顎元へ添える。

「ああ、残念ですわね。フォレさんとの逢瀬おうせのひと時が終わろうとしているなんて」


 

 このパティの言葉に、アプフェルはホラー映画の化け物よろしく、荷台から先頭まで音もなく一気に近づいた。

 そして、喉から声を震わせて叫ぶ。


「何が逢瀬だ。調子に乗るな、この髪の毛ドリル女!」

「ど、ドリル。アプフェルさん、仰って良いことと悪いことがありますわよ。この、ぺちゃぱい!」

「ぺ、ぺ……この~」


 二人の様子を見て、フォレが収めようと罵り合いの間に立つ。しかし、二人の口喧嘩は止まない。

「まぁまぁ、二人とも落ち着いて下さい」

「なに、そのドリル? 穴でも掘る気? 自分の墓穴をっ!」

「アプフェルさんこそ、左官職人に胸を塗ってもらったんですか!?」

「ふ、二人とも、そこまでに……」

 

 俺とアマンは彼ら三人を生温かな目で見守る。


「ぺちゃぱいって口に出す人、初めて見た。まぁ、三人の関係がより身近になっているようで何よりだ……でも、この二人の大声、絶対コナサの森に届いてるよな」

「はい、おそらくは」

「これは警戒されまくりだな。は、はは、はぁ~」

「そうですね。ふぅ」

 

 

 今からエルフの中でも、一等変わり者で有名なエルフを相手にしようとしているのに、これでは先が思いやられる。

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