第98話 エルフ?

 エルフの中でも、より一層、人との関わりを持たず、それでいて言葉も通じないくらい変わり者のエルフたちが住むという、コナサの森の入口までやってきた。

 


「はぁ~、これがコナサの森。おっきいな~。それに……綺麗」

 俺は森の巨大さを前にして、口から空気漏れるような驚嘆の声を落とす。


 森は幾重にも木々が重なり、視界届く全てに緑しか存在しない。

 木々の幹はどれも太く、俺の両手では抱え込めないほど。

 天井は緑の葉が覆い、森でありながら山の様相を呈する。

 

 これだけの木々と緑に覆われれば、太陽の日差しは遮られ、森の中は鬱蒼とし薄暗いもの。

 そのはずなのに、地面から淡い光の粒子が湧き出していて、森の中を明るく照らし出していた。


 粒子は木々と茂みの間を飛び交う蛍のようで、何とも幻想的な光景だ。



「すごいね、この森。どのくらい広いんだろ? フォレは来たことあるんだろ? 中には?」

「今いる場所と同じ場所で追い返されました。ですので、入口しか知りません。広さの方は一説になりますが、王都よりも広いと言われていますね」


「王都より……なるほど、復興資材の提供元として、絶対に協力を願いたいところだな。あのさ、地面から湧いてる光は何?」

「それは私よりもアプフェルやパティさんの方が詳しく。アプフェル、パティさん」


「あれはマフープの粒子。エルフの森にはマフープが潤沢に存在するの」

「ええ、エルフを守護する、『風の精霊シルフ』の力がマフープに反応して、光を産んでいるのですわ」


「へぇ~、エルフにシルフか。面白そうだ。さて、このまま奥に進んでもいいものかなぁ」

「いえ、あちらからお出迎えみたいですよ、ヤツハさん」


 アマンの言葉に促され、森の奥を見る。

 光の粒子漂うカーテンの向こう側に、十人ほどの影が映る。

 その影たちがカーテンをくぐり、はっきりと形を伴ったところで、俺は驚きのあまりに目玉が飛び出し転がりそうになった。



 エルフたちは全員、馬に乗り、木刀を手にして……リーゼント姿にパンチパーマ。

 馬には漢字っぽいステッカーみたい布地がピタリとくっついている。

 同じく、漢字っぽいミミズのような文字が刺繍されてある白いロングコート。

 

 コートの布地は良いものっぽいが、仕立てはあまり良くない。手作りだろうか?

 何人かのエルフはスカーフのようなマスクをつけている。

 ねじねじの赤いバンダナ? 鉢巻? を、着けたエルフの男が大声を上げてきた。



「てめえらっ、俺らの 縄張りしまに何の用だ、ああんっ! ナマ言ってっと締めんぞ、ゴルゥゥラァァ!」


 いかにもエルフ色の金髪に、鬼のつののような反り込みを入れた兄ちゃんが、威勢よく巻き舌を交え唾を飛ばしてきた。

 あまりにも突飛な出来事に、俺は絶句する。


「こ、あ、え、を? え~っと、と? フォレ、何これ?」

「彼らがコナサの森のエルフたちです」

「うそ~」

「どうですか、会話は可能でしょうか?」


「俺が、アレと?」

「アプフェルやパティさん。それにサシオン様もヤツハさんならと仰っていたので、私も期待していたのですが……無理でしょうか?」

「う~ん、ちょっと待ってね。色々整理したいから……」


 

 目の前にいるエルフたちは、昭和のヤンキー。

 ロングコートに漢字もどきの刺繍。その服装から見て、暴走族と呼ばれていた連中に見える。

 どっかのバカが、エルフたちに至らない文化を伝えてしまったようだ。

 でも、なんでまた、影響を受けるのか……。


(異界の思想の影響の一端が見えると言われてたけど、斜め上すぎるよっ。エルフらしく、何か物凄い哲学的な影響とか受けとけよ。ほんっと、まさか、こう来るとは……) 

 


 正直、馬鹿げすぎて頭が痛い。

 サシオンが『俺なら』と言ったのは、エルフたちが影響を受けた時代が、俺の時代に近いところまでは調べがついていたからだろうけど……。


(だけどね、サシオン。数十年昔だよっ! 平成生まれの俺にわかるわけないだろっ!)

 

 目の前にいるのは昭和の化石。

 こんなの相手にどうすればいいんだ?


「フォレ、参考までに聞くけど、サシオンはどんな風に交渉してたの?」

「サシオン様は礼の限りを尽くしました。しかし、彼らの知る礼儀と操る言語に大きな隔たりがあり、溝を広げるばかりでした」

「そっか……」


 相手をヤンキーと置きかえるなら、サシオンは礼儀正しい先生みたいなもの。

 価値観も言葉も互いに水と油だろう。


「サシオンは相当手を焼いたんだろうなぁ」

「はい」

「その現場、見てみたかったな」

「ヤツハさんっ」

「はは、冗談。でも……」


 

 サシオンが俺ならば、といった理由はわかった。

 でも、アプフェルとパティが俺ならば、という理由がわからない。


「なぁ、アプフェルとパティ。どうして、俺ならあの連中と交渉可能だと思ったの?」

「あ、それ。ほら、ヤツハってピケの衣装を理解してたじゃない」

「うん」


「私もパティも学士館の行事であの人たちと接する機会があって、そのときに、あの妙な格好が印象的で覚えてたの。それで、ピケの衣装を理解できるヤツハなら、あの妙な格好の人たちと理解し合えると思ったわけ。パティもそうでしょ?」


「ええ、わたくしも、ピケさんの奇抜な衣装を冷静に受け止められるヤツハさんなら、コナサの森のエルフたちの価値観も受け入れることができるのでは、と思いまして」


「ああ、そういうことね」


 二人にとってゴスロリもパンクもエルフの着るヤンキー衣装も、同列の奇抜な衣装と見ていたようだ。


 フォレ、アプフェル、パティの三人は、エルフの服装、言葉遣い、雰囲気が理解しがたく、一歩引いた様子を見せている。

 


 そんな中で、アマンだけは彼らをまじまじと見つめながら、小さな声で何やら呟いていた。


「あの文字はどこかで……?」

「アマン、どうしたの?」

「え、いえ、なかなか興味深い恰好ですので、じっと見てしまいました。ですが、何を言っているのかは、わかりかねますね」

「そ、そう……」


 アマンの姿はアウトローな海賊の姿。

 そういったセンスから、何か近いものを感じているのかもしれない。

 だからといって、交渉が行えるほど理解している様子はない。


(となると、結局俺か。とりあえず、話してみるか)

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