第69話 メランコリーフォレ

 あっという間に仲良しになったティラとピケ。

 仲の良い二人の姿を名残惜し気に瞳から外し、フォレに向ける。



「宝探しって言ってたけど、フォレはピケの遊びに付き合っていたの? 忙しいのに大変だな」

「…………」


 フォレに話しかけても、ぼーっと俺を見ているだけで全く反応がない。

(どうしたんだ、こいつ?)

 顔の前で、手を振ってみる。


「お~い、フォレ。フォレ、フォレ、フォ~レ」

「…………まさに、宝」

「宝? 何が?」

「え? いや、あ、ヤツハさんっ!?」


「どうしたん、疲れてんの?」

「い、いえ、ヤツハさんが、とても…………そうか……」

「フォレ?」

「ああ、そういうことか。私は……この気持ちはそういうことなのか。まさか、このが誰かを……フフ」

 


 フォレはブツブツと呟いて、自身の胸に拳を置き、なぜか微笑む?


「フォレ、どうしたの? 本当に大丈夫?」

「いえ、ヤツハさんがとても可憐なお姿をしているので、少し驚いただけですよ」

「お、久しぶりにフォレのくさい誉め言葉を聞いたな。この服さぁ、パティのなんだけど、無理やり着せられる羽目になってさ。ふふ、らしくないだろ?」


「そ、そんなことは。とてもお似合いですっ。一瞬、どこかの御令嬢かと見間違えましたし」


 と、褒めてくれるのだが、何故かフォレの顔は赤く染め上がり、声が上擦っている。


(あれ? なんで、こんな緊張した態度を? あっ、まさかと思うけど、フォレはティラを見たことがあったりして? 考えてみれば、近衛このえ騎士団の副団長だし)



「はは、あんがと。あのさ、フォレ。話は変わるけど、ブラン王女って見たことある?」

「いえ、直接は。警護の任で離れた場所からはありますが、その際も玉顔ぎょくがんは垂れ絹でお隠しになられていたので」


「じゃあ、顔は知らない?」

「ええ。それがどうかしましたか?」

「いや、別に。お前の方こそ、なんでそんなに顔赤いの?」

「え? え、え、え、それは、最近暑くなってきましたし」


「あ~だね。もう~、ほぼ夏だしねぇ。この服だと暑くてさ~。ほら、見てよ。胸の中まで汗びっしょりで」

「ちょ、ちょ、ちょっと、ヤツハさん! 駄目ですよっ。こんなところで、そのような箇所の服を広げてはっ!」

 


 フォレは燃え出すくらい真っ赤になった顔を素早く横へ向けた。

 そして、俺の胸の谷間が視界に入らないよう、両手をバタバタと前に振っている。

 彼の慌てぶりを見て、俺は自分が女であることを思い出し、すぐさま両手で胸を押さえた。

 

「あ、ごめん。つい」

「ついって……ヤツハさん。ヤツハさんはもう少し自分というものを大事にして下さいっ。たしかに、ヤツハさんの魅力は奔放さにありますが――」


 なぜか、説教が始まってしまった。

 長くなる前に誤魔化さなくては。


「そうだ、英雄祭! そろそろだね、英雄祭!」

「え? ええ、開催まで、もうひと月を切りましたが」

「ちょうど真夏にお祭りだもんねぇ。暑すぎ。秋口に変更ならないかなぁ」

 


 訪れたときは春の終わりごろだった。

 あれから二か月。夏の足音は変化する日差しとともにやってきている。

 俺はわざとらしく手をパタパタと扇いで、夏の暑さの煩わしさを強調した。

 

 だけどフォレは、そんな俺の様子が全く目に入っていないようで、なぜか大きく息を吐いて呼吸を整えている。


「すぅ~はぁ……英雄ミズノ様が城砦じょうさいを落としたのは八月ですからね。さすがに変更は無理ですよ」

「おっ、なんとか誤魔化せたっぽい」

「ヤツハさん?」

「ごほんごほん。えっと、そういや、勝利に因んでの祭りだもんな。八月じゃないとね。たしか、四日間続くんだっけ?」


「はい……初日からの武闘祭のことを考えると、胃が痛いです」

「武闘祭?」

「あ、ご存じないんですね。様々な地域から腕自慢の方々が集まってくるんです。参加条件が厳しいので、祭りに参加できるのは十六名に絞られますが。ですが……はぁ~」


 フォレは大きくため息をつく。

 何やら、大きな懸念があるみたいだ。



「どうした、暗い顔して?」

「シード枠に各近衛このえ騎士団の副団長枠があるんです。それで……」

「気が重い、と?」

「はい」

「フォレは強いんだから、そんなに重く考えなくても。仕事が疎かになるから嫌なの?」

「それもありますが、そのことよりも、どう戦えばいいのか?」

「どうって、普通に戦えよ」


「もちろん、戦います。ですが、この武闘祭には各近衛騎士団の誇りと名誉がかかってますから」

「ああ、なるほど。それで気が重いと」

「ええ、他の副団長を相手に勝利しても、その後の対応のことを考えると胃が痛くて痛くて」

「その後の対応って?」

「私以外の副団長は皆、良き家柄ですので」

「そういうことかよっ。それはめんどいな」



 武闘祭――良い結果を残さなければ、アステル近衛騎士団の恥。

 しかし、各副団長に恥をかかせれば、嫉妬と恨みを買う。


「ご愁傷様。そういや、他の副団長って弱いの?」

「いえ、皆さん、素晴らしい腕前の持ち主です。とはいえ、万に一つも私が敗れる要素はありません」

「おお~、すごい自信」


「そのことは各近衛騎士団もわかっているんです。その上で、彼らに恥をかかせぬよう、手を抜いたように見せず、良い試合をしなければならないので……」

「それはますますご愁傷様だね。頑張って」

「はい、頑張ります……」


 がっくりとうな垂れるフォレ。

 こいつがここまで弱っているとは、よほど神経を使う出来事のようだ。

 しかも、使う神経が自分が強すぎるから困るなんて。フォレの口振りから、他の副団長も相当な腕前の様子なのに……。



(そんな人たち相手に『勝つ』とはっきり言えるなんて……いつも訓練してもらっているけど、フォレという男は、俺が想像するよりも物凄い剣士なんだ……ん? だとしたら……)

 


 そこでふと、フォレが敬愛して止まないサシオンのことが思い浮かんだ。

(サシオンって、どのくらい強いんだろ?)

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