第70話 女神の黒き装具

 フォレの剣の腕前は、俺とは比べものにもならないくらい遥か上。

 そしてそれは、近衛このえ騎士団の各副団長を相手にしても、変わらず格上のようだ。

 では、そんなフォレが憧れの眼差しを向け続ける、サシオン団長の腕前はどれほどのものか?



「あの、フォレ。サシオンって、お前より強いんだよね?」

「もちろんです。私のような未熟者とは比べようがありません。なにせサシオン様は、アクタ最強とうたわれるお方ですから」

「アクタっ!? 世界最強ときたかっ。いや~、ちょっと言いすぎだろ」

「いえ、過言ではないと思います。サシオン様は女神の黒き装具を身に着けた六龍将軍を超える実力の持ち主ですから」


「女神の黒き装具? 何それ?」

「ヤツハさんはノアゼット将軍にお会いになったことありますよね。その際、将軍の右腕に漆黒の装具を見かけませんでしたか?」

「ああ、見た見た」


 初めて出会ったとき、全身を真っ白な鎧に包まれる中、右手のガントレットのみ漆黒の装具で異彩を放っていたのを思い出す。



「あのガントレットが女神の装具ってやつなんだ?」

「はい。女神様の御力おちからを分け与えられた神聖なる装具です」

「その装具って、女神様が作ったの?」


「ええ、そう伝えられています。しかし、人の手によるものという話もあります。もっとも、この話は眉唾ものですが……あのような御力を宿す装具。もし、人間が作ったとするのならば、我々の知る人とは一線を画す存在でしょうね」


「あの、ごめん。あのような御力って、具体的にどんな力なの? いまいち凄さがわからなくて」


「あ、そうでしたね。女神コトアの息吹宿る黒き装具。それは人の頂を超えし、超常の力を授ける神器。肉体は人の限界を優に超え、魔力もまた、人間の持ち得ぬ天宮へと導きます。その加護をって六龍将軍は皆、お一人の力で、最強種である龍とも対等以上に渡り合えます」


「もしかして、龍と対抗できるから『六龍』って通り名が?」

「はい」

「へぇ、それで、あの鳥の紋章」


 ノアゼットが掲げる紋章が鳥なのに、なんで六龍将軍なんだろうと思っていたけど、ようやく腑に落ちた。

 女神の装具を持ち、龍に対抗できるから六龍と呼ばれているんだ。



「つまり、その女神の装具は、とんでもなく人間を強化する道具ってわけか」

「そうですね、一言で言い表せば」

「でも、サシオンは己の肉体のみで、女神の装具の持ち主相手に勝っちゃうと?」


「ええ、その通りです」

「何もんだよ、サシオンは?」

「普通の人ですよ。ただ、龍の血を引くとか精霊様の血を引くとか、根拠のない噂話は絶えませんが」

「噂話はともかく、普通の人じゃないだろ、その強さ」


「どうでしょうか? かつて、英雄と称されたミズノ様も女神の装具を持たずに、当時の六龍将軍全員相手に一歩も引かなかったと伝わっていますし。人の中にも、龍や精霊様に匹敵する力を持つ方が少なからずいるのでしょう。実際に、エクレル先生は過去に龍を撃退していますし」


「そういや、初めて空間魔法を習おうとしてたとき、そんな話してたね。先生って王都の魔物だけど、びっくりするぐらい凄い人なんだねぇ」

「王都の魔物という表現はさすがに……六龍将軍には及びませんが、近い実力をお持ちだそうです。あの方もまた、サシオン様のように規格外の存在なんでしょうね」

「規格外の存在、か」

 

 

 先生もサシオンも規格外……でも、先生は六龍将軍に次ぐ力の持ち主であって、超えてはいない。

 一方、サシオンは女神の黒き装具を身に纏う六龍を超える。

 同じ規格外でも、サシオンは桁外れ……。


「なんか、すっごい話。それじゃあ、現在、サシオンに敵う人間はこの世に存在しないってわけだ」


「そうとも言い切れません。サシオン様に匹敵する可能性を持つ者が、南のキシトル帝国にいます」

「キシトル帝国?」


「女神の加護を戴くジョウハク国を差し置いて、帝国などと名乗る不遜な国。その国にジョウハク国、ひいては女神コトアを裏切った黒騎士と呼ばれる存在がいます」


「黒騎士ねぇ。いかにも闇落ちした奴っぽい呼び名だなぁ。そいつ、何者?」

「私も詳しくは知りませんが、女神の黒き装具を全身に身に纏う騎士だそうです。裏切った経緯は誰の口からも語られることはありません。ただ、女神を裏切った。それだけです」


「それって、いつの出来事?」

「三百年以上前の話と伝わっていますが」

「……人って、そんなに長生きだっけ?」

「おそらくは、女神の装具の御力かと」


「なにそれ? 女神様の力は人を選ばないのかよ」

「ヤツハさんっ、今の言葉は!」



 フォレの声に焦りの色が混じる。

 彼は今しがた、俺が発した言葉が周囲に聞こえなかったかと警戒を強める。

 その姿を受けて、俺は安易に彼らの神であるコトアを非難したことに反省の言葉を漏らした。


「あ、ごめんなさい。女神様のことを悪く言う気は……」

「気を付けてください。教会の者の耳にでも入りましたら、私やサシオン様で庇い切れるか」

「そっか、そんなにまずいことなんだ。本当にごめん」

「いえ。記憶を失っている以上、仕方のないことでしょうから」


「……ごめん」

 俺はうつむいて、もう一度謝る。この謝罪は神に対するものじゃない。

 友達であるフォレに、嘘をついていることに対して……。


 

 フォレは俺の態度を深く反省していると受け取ったようで、これ以上何も言わなかった。

 彼は一度ピケに視線を振り、俺へ戻して話題を変える。


「あの、ヤツハさん。一つ、頼みたいことが」

「ん、なに?」

「巡回がてらにピケの遊びに付き合ってましたが、そろそろ仕事に戻らないといけないので、ピケのことをお願いしてもよろしいですか? あちらの女の子とも打ち解けているようですし」


 フォレが二人に顔を向ける。

 俺も後ろを振り返り、小物屋さんのアクセサリーを手に取りながら、楽しげに会話をしている二人を瞳に入れた。


「たしかに、同じくらいの女の子がいた方がティラも楽しそうだしな。わかった、こっちは任しといて」

「ありがとうございます。では、また」

「うん、じゃな」


 フォレは軽く会釈をして雑踏の中に溶け込んでいった。

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