第68話 趣味の合う者
とんだ魔物とエンカウントしたが、その後は何も問題はなく、北表通りから城を避けるように歩き、東地区へとやってきた。
この地区ではみんなと出会う可能性が高いけど、ここが一番地理に明るく案内しやすい。
それに出会ったところでティラのことを知る人はいないだろう。
サシオンやパティ辺りは怪しいが……出会ったら逃げよう。
何気なく東表通りの歩道を歩いていると、急にティラが立ち止まった。
「ティラ?」
「ふむ、ここは北の通りとは雰囲気が違うな。たしか、新しい交通規則を導入しているのだったか」
「ああ、そうだけど」
さすがは王女様ってところだろうか。
当然のごとく、交通規制の話を知っている。
ここは無秩序な他の表通りと違い、歩道と車道とに別れ、交通指導員が馬車や歩行者を巧みに誘導している。
ティラは全体をゆっくり見回す。
きっと感心してくれるだろうと思いきや、彼女は思いもよらぬ言葉を口にした。
「整然として素晴らしいが、王都の雰囲気には合わぬな」
「え? 合わないってどういう……?」
「うむ。王都サンオンの居住者たちは他国と比べ、種族が実に豊かだ。人間、人狼を中心に、他の種族も女神の加護多き王都の下で安寧を得ておる。つまり、文化も多く混在しておるということ」
「あ、ああ」
「それらを肌に感じられるのが城を中心に四方へ広がる、この表通りのはず。しかし、東表通りからはそれらが伝わってこぬ」
「で、でも、交通規制あれば不幸な事故が減らせるわけだしっ」
俺は自分の出したアイデアが否定された気分になって、少しだけ語気を強めてしまった。
ティラは一瞬だけ不思議そうな顔したが、すぐに戻し、やんわりと言葉を出す。
「もしや、ヤツハは東地区に住もうておるのか?」
「え? うん」
「すまぬな。私は別にヤツハが住まう場所を悪く言うつもりはなかった」
「いや、俺もちょっと、強く言い過ぎたし」
ティラはもう一度、東表通りを見つめる。
「ただ、私は王都の顔として、この通りに違和感を抱いたのだ。だが、ヤツハの言う通り、民の安全こそが最優先。ジョウハクの威容を優先すべきではないな」
ティラの言葉が心に触れ、彼女の言わんとすることが見えてきた。
たしかに、整然とした通りは安全で素晴らしい。
しかし、そこからは王都サンオンの姿が見えてこない。
あるのは、規律のみ。
もちろん、これは正しいこと。だけど、王都としての威容は欠ける。
同時にそれは、王都の魅力を薄めている。
(もしかして、流通の効率化のせいで王都の魅力や威容を失った? いや、他国にない規律という意味では、威容は伝わるはず。でも、それは王都サンオンの色じゃない)
難しい……交通規制は利を生むと思ったけど、その陰で失ったものがある。
失ったものは王都サンオンの特色――それと引き換えに、人々の安全と効率化という利を手に入れた。
……手に入れたのだが、多くの種族が混在する王都サンオンの魅力や威容が伝えにくくなっている。
本当に難しい。
為政者と呼ばれる人たちは、どこまで先を見て事業を行っているんだろう。
少し知識があるだけの俺が口を出すようなことじゃなかったのかも……。
(でも、ティラは……)
ティラはあどけない表情で通りを眺めている。
そのあどけなさとは裏腹に、先ほどの発言、それは才を感じさせるもの。
彼女は王としての教育を受けてはいないが、ただならぬ才を秘めているような気がする。
俺は軽く首を振って、気分を入れ替える。
こんな息苦しい雰囲気のまま案内しても、ティラもつまらないだろう。
声のトーンを上げてティラに話しかける。
「さっきさ、東地区に住んでるって話したけど、この地区にある、宿屋サンシュメってところに俺は住んでるんだよね」
「ほぉ、どんな宿なのだ?」
「一階が食堂になってて、飯がうまいっ」
「うむ、なるほど。では、行こう!」
「いやいや、散々食っただろ。俺の財布を空にする気か。ただえさえ、いま厳しいのに。食い物以外に何か興味ないのかよ?」
「そうだな、では…………そうだな……」
「おい、本当に食い物以外ないのかよっ?」
「そうは言うても、都に何があるのかなど知らぬからな」
「あ、そっか、そうだったな。悪い」
「いや、構わん。ヤツハが面白そうなところへ案内してくれ」
「面白そうねぇ」
王女様とはいえ、なんだかんだで女の子。たぶん、小物屋さんとかだと楽しめるはず。
「近くにアクセサリーなんかを売っている店があるから、ちょっと覗くか?」
「うむ、それでよい。行こうぞ」
「行こうぞって、俺の前を歩くなよ。どこに店があるか知らんくせに」
ティラを伴って、表通りから少し入り組んだ場所にある、小さな小物屋さんに訪れた。
この店は各種アクセサリーを取り揃えており、そのため年頃の女の子たちがよく訪れる。
つまり、とてもお手頃な値段で、それなりのお洒落道具が手に入る場所。
この店なら、仮にティラが何かねだってきても、財布に優しい。
ティラは髪飾りやイヤリングやペンダントが並んでいる棚を見ながら目を輝かせている。
「はぁ~、これは可愛いなぁ。この、ガガンガの髪飾り」
「え、ガガンガ?」
ガガンガといえばアプフェルと最初に出会ったときに、彼女が俺に名付けようとした魔物の名前だ。
俺はガガンガの髪飾りに目をやった。
まん丸く真っ白で、目の部分だけが黒い奇妙な生き物。
パンダを丸めた感じの魔物だ。
「たしかに、可愛くはあるな」
「そうだろ、そうだろ」
声色を弾ませて、ティラは髪飾りを手に取り見つめる。
個人的にはちょっとお子様な気もする髪飾りだけど、ティラはとても気に入った様子。
たまに大人のような雰囲気を見せるティラ。
でも、今は子どもらしさが垣間見えてホッとする。
「それが気に入ったんなら、プレゼントするよ」
「え、良いのか?」
「いいよいいよ、って、散々飲み食いしておいて、いまさら遠慮かよ」
「あれらと、この髪飾りは別物だ。なにせ、プレゼントなのだからな」
「よくわからんけど……じゃ、王都案内記念ってことで、すみませ~ん、この髪飾りください」
可愛らしい包装に包まれた髪飾りをティラへ渡す。
早速ティラは包装から髪飾りを取り出して、髪につけてほしいとねだってきた。
「ヤツハ、これをつけてくれぬか?」
ティラは上目遣いをみせて、子リスのように見つめてくる。
あんだけ好き勝手動いて飲み食いした同一人物とは思えない。
「ふふ、わかった」
俺はひざを折り、ティラの視線が届く場所まで顔を下げて、髪飾りを彼女の髪につけた。
「よし、いい感じだな」
「に、似合うか」
「うん、似合う似合う」
子どもっぽい髪飾りだと思っていたけど、なかなかどうして。
思ったよりもゴスロリ服に似合い、ティラの可愛らしさを引き立てている。
俺が素直に褒めると、ティラは頬を赤く染めた。
照れている姿は年齢相応の幼い女の子っぽくて、とても可愛い。
俺は髪飾りの邪魔にならない程度に、ティラの頭を撫でる。
ティラは恥ずかしそうに、少しだけ瞳を下に傾けた。
「さて、つぎは~」
「ヤツハおねえちゃん?」
「ヤ、ヤツハさんっ!?」
驚きの混じる、聞き覚えのある声が届く。
声に惹かれ、顔を向ける。
「あ~、ピケとフォレか。なんだ、二人で? って、ピケ、おめかし服か」
「うん、ヤツハおねえちゃんとの服選びで、ちょっと着てみたくなったの」
ピケは白のブラウスに黒色のジャケットを羽織って、赤いスカートをはいている。
頭にはドクロのマークの付いた帽子をかぶっていた。
「なに、海賊? アマンみたいな格好して」
「そう、テーマは海賊。アマンちゃんの服にビビっときたの。こういった格好くらいなら、みんなも驚かないって」
「う~ん、そうだねぇ。ほどほどにな。それで、いま何してるの?」
「今はフォレ様と一緒に街の中の宝を探してるの。ふっふ~ん、世界の宝がわたしを待っているっ!」
シュッと、腰に差してあった湾曲した模造の短刀を取り出す。
「ま、なんだ、楽しそうで何よりだ」
「カッコいいでしょ?」
この言葉に、隣にいたティラが反応した。
「ほほぉ、素晴らしい。カッコいい、カッコいいぞ、お主っ」
「え? あれ、その服……ヤツハおねえちゃん。もしかして、この子が?」
「そ、依頼主」
「そうなんだ。初めまして、私はピケ。よろしくね」
「うむ、私は、ブ……ティラだ」
「ティラちゃんっていうんだ。ねぇねぇ、その服、気に入ってもらえた?」
「この服か。うむ、とても良い。可愛さとカッコよさが合わさる、素晴らしい衣装だ」
「よかったぁ~、気に入ってもらえて」
「うん? もしや、この衣装はお主のか?」
「お主じゃないよ。ピケだよ」
「おお、それはすまぬな。では、ピケ。この服はピケのものなのか?」
「うん、そうだよ~」
「ほほぉ~、素晴らしい趣味の持ち主だ。私はこれほど見事な衣装を見たことがない」
「へっへ~、そう?」
「いま着ているピケの服も良いっ。こう、か~っと、カッコよさが溢れ出ておる!」
「そうでしょそうでしょ!」
ティラとピケは趣味がシンクロしたようで、話がやたら盛り上がっている。
年が近いと仲良くなりやすいのかな?
二人の楽しげな会話を邪魔しては悪いので、俺はフォレと話をすることにした。
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