第67話 王都に棲む魔物

 貸してもらったドレスに袖を通していく。だけど、何とも着にくい。

 体に合っていないわけじゃないけど、少し無理をしないと着られないというか……。

 視線をちらりとティラへ投げる。

 

 ティラも着替えに悪戦苦闘している様子。あの子の場合、自分一人で着慣れていないこともあるけど。

 

 それでも懸命に後ろへ手を回して、うぬぬと呻き声を上げながら頑張っている。

 そこで俺と視線がかち合う。

 そして、照れくさそうに背中を向けて、助けを求めてきた。



「あの、ヤツハ、手伝ってくれぬか?」

 どうやら、後ろのボタンに手が届かず困っていたようだ。


「わかった、ちょっと待ってろ」

 ティラに近づき、ボタンをとめていく。

 とめたボタンは布地が覆い隠して、外からは見えない構造になっている。


「よし、できたぞ」

「おお、すまぬな」

「それじゃ、俺の方も頑張りますか」


 俺も腰まで通していた服を肩口まで上げ、胸をグイッと収めて何とか着替えることができた。

「う~ん、きついな~」 


 腰のあたりがキュッと締まって、息苦しい。

 胸を両サイドからムギュっと圧迫されて、息苦しい。

 ジャージが恋しい……。


(はぁ、女性のお洒落ってのは大変だね。物によっては、一人じゃ着替えられないし……ああ、今は俺も女なんだっけ)

 服の形状によって、盛り上がった自分の胸の谷間に目をやり、そう心の中で呟く。

 

 

 先に着替えを終えたティラは真っ黒なゴスロリを大層気に入った様子で、スカートをヒラヒラさせながら舞っている。


「ほほぉ、奇抜なデザインだと思っておったが、これはなかなかのものだ。気に入った!」

 彼女は服の細かなところまで目を飛ばし、手であちこち触れて、服のデザインを余すことなく楽しんでいるみたいだ。



 ゴスロリ服を着たティラは、本人の可愛いらしさと相まって、西洋人形ような美しさを醸し出す。

 しかし、昼間に会えば可愛いで済む格好だが、夜に出会ったら恐怖でちびってしまいそうな姿だ。

 ゴスロリを着た幼い少女。

 月のない夜にひたひたと歩き迫ってくる……。


「こわっ」

「うん、どうした、ヤツハ?」

「いや、なんでもないよ」

「ふむ、妙なやつだ。しかし、お主」

「なんだよ?」

「元の素材が良いのもあるが、服が変わればここまで変わるとはな」


「そんな変わった感じがする?」

「黙っていれば、男たちを魅了してやまぬ危険な女の香りがする。黙っていれば……」

「二度言うな!」


「ふぅ、お母様ほどはなくとも、せっかくの生まれ持った容姿を下品な性格で台無しにするとは、ある意味才能やもしれぬ」

「うっさい。下品ってなんだよ。あ~、くそ。この衣装、胸を寄せすぎだろ。胸の間がかい~な」

「……ほんと、残念な女だ」



 何かひどいことを言われているが相手にせず、もともと来ていた服を二人分まとめて袋に入れた。

 それを地下水路へ続く梯子にぶら下げておく。

 帰りの際は、ここで着替えて、城に戻るという寸法だ。


「んじゃ、行きますか。とりあえず、表通りに出て街の様子でも見る?」

「うむ、その辺はお主に任せておく」



 ティラを連れて、表通りへ向かう。

 念のため、路地からの出入りは誰からも見られないように警戒しながら出ていった。



 

 表通りへ向かう途中、街の人が俺に気づいて話しかけてきた。

 大工を営むおっちゃんが驚いた様子で声を出す。


「おお、ヤツハちゃんか。どうしたんだ、その格好。見違えたよ!」

「色々あってね。今日はこの格好でうろうろしなきゃなんないの」

「はぁ~、なんというか、どこかの貴族のお嬢様みたいだ。いつにも増して綺麗だねぇ」

「あんがと。でも、褒めても何も出ないからね~」



 散歩をしていた老夫婦が優しく語り掛けてくる。


「おや、ヤツハちゃん。今日は随分と可愛らしい格好で。誰かとデートかい?」

「おじいさん、邪魔しちゃ悪いよ。ごめんね、ヤツハちゃん。この人、年を取っても機微がわからない人で」

「いえいえ、そんなんじゃないんで……」



 数人の子供たちが走って向かってくる。


「ああ~、ヤツハじゃん。どうしたんだよ。変な格好」

「変な格好言うな、このクソガキッ」

「うわ~、ヤツハおねえちゃん、綺麗。お姫様みたい」

「お姫様かぁ。う~ん、ありがとう……」



 格好が格好なだけに、歩くたび誰かしらに声をかけられてしまう。

 本物のお姫様を連れて歩いているというのに、これでは目立ちすぎて困ってしまう。

 

 頭を掻きながら、服の選択をもう少し真面目に考えればよかったと反省。

 俺が街の人たちの声に応えながら歩いていると、不意に隣で歩いていたティラが服の端を引っ張ってきた。


「どうした?」

「お主、随分と顔が広いのだな」

「仕事の都合上、王都中をあちこち走り回っているんで、いつのまにかね」

「ふふ、そうか、わたしとは真逆のお姫様ということか」


「やめろよ、そういう言い方するのは。反応に困るだろ。今日は楽しむことだけに集中しようぜ」

「すまぬ、そのとおりだ」

「それで、何か興味の引くやつってある?」

「そうだな……あれはなんだ?」



 ティラが指さしたのは具材の詰まった揚げパンの出店。

「揚げパンだけど、食べたいのって、いない!?」


 ティラは出店の前で揚げパンを頬張っている。


「おい、勝手にっ」

「美味いっ、城にはない味だ。ほれ、ヤツハも食すがよい」

「食べるけどさ。ごめんね、おっちゃん。はい、お代」

「お、毎度。お嬢ちゃんたちは可愛いから一個ずつオマケつけとくね」


「ふっふっふ、どうだヤツハ。私の魅力は?」

「そうですねっ。ともかく、突然いなくなるのはって、またいないっ! どこ行った!?」

「あの子なら、あっちの出店でアイスを食べてるぞ」

「あ、ほんとだ。どうも、ありがとうございます。こら、ティラ、勝手にウロチョロするな!」


 

 こんな感じを何度も繰り返し振り回されつつ、なんとか表通りまでやってきた。

 表通りを見つめながらティラは感嘆の声を上げる。


「おお~、素晴らしい。これほどまでに活力溢れる通りだったとは。私が過ぎ行くときは、皆、静かに端へ寄っているからな」


 北の表通りを行き交う人々や馬車を見ながら、ティラは瞳を燦々さんさんと輝かせている。

 この表通りはサシオンが担当する場所と違うため、交通規制は敷かれていない。

 そのため、とても危険なのだが、整然とした交通からは得られない人々の力が伝わってくる。


 交通に問題はあっても、みやこの力強さをわかりやすく知るには丁度いい通りなのかもしれない。



「さてと、表通りまで来たけど、ここからどこへ行こうかね?」

「ヤツハ。私はもうしばらく、通りを眺めていたいのだが」

「え、なんで?」


「多くの民が行き交う場は、王都の声を聴いているようで心地良い。見よ、皆の顔は明るく、充実しておる。これはお母様の、プラリネ女王の治世の賜物。娘として、誇らしい限りだ」


 王女様に言われ、俺も街のみんなの顔を眺める。

 みんなは生き生きとしていて、気力に満ち溢れている。


(以前、地下水路のおじいさんが人を見るのが楽しいって言ってたのは、こういうことだったんだ)


 誰かが元気で、幸せであるさまが、こうも心に元気をもたらすとは思いもしなかった。

 しばし、ティラと一緒に表通りを眺める。

 するとそこへ、現在の格好では絶対に出会いたくない人の声が聞こえてきた。



「まぁまぁ、ヤツハちゃんっ。どうしたの、その格好っ!?」

「うっ。エ、エクレル先生っ!」


 俺はすぐさまティラの手を握り、背を向けて駆けだそうとした。

 だが、時すでに遅しっ。

 エクレル先生に捕まった。物理的に、抱きしめられて……。


「や~ん、可愛い可愛い」

「やめれ~、はなせ~」

「普段はお洒落なんかに興味ないくせに、私に隠れてこんなことしてたのねぇ。お仕置き、きゅ~っと」

「ちがう~。とにかく締め付けるのやめろ~っ!」

 

 エクレル先生は周囲の目など全く気にせずに、俺を身体ごと、自身の大きな胸に取り込んでいく。

 なんとか逃れようとするが、可愛いパワーの宿った先生相手では俺の力を持っても脱出は困難。

 俺は手を前に伸ばして、助けを呼ぶ。


「だれか~、たすけて~」

「そこの女。ヤツハに何をしておるっ? 不行儀ふぎょうぎな真似はよせっ!」


 ティラはムッと怒った顔を見せて、エクレル先生を睨みつける。

 その姿――愛らしい顔立ちにお人形のような衣装。そして、可愛げのあるおこり顔。

 なんという、愛くるしさ。

 これは危険だ!



「ティラ、俺のことはほうって逃げろっ!」

「何を言って、ひっ!」


 先生は俺を抱えたまま目にも止まらぬ速さでティラを捕まえた。

 そして、俺とティラを同時に抱きしめて、ひたすらにでる。



「まぁまぁまぁ、こんな可愛い子が、可愛らしい服を着て、私の前に現れるなんて。ああ、女神コトアよ。私は今日という日を下賜かしされたことを深く感謝します」


「女神様関係ねぇっ。ティラ、だから逃げろと言ったのに~」

「そうは言うが、まさか、これほどまでに恐ろしい人物とは思わなんだ。ひぃぃ、ほっぺたをスリスリするのをやめいっ」

「大丈夫大丈夫。痛くないし、減らないし、ケガもしないから」

「減る、減るぞ。私の中で何かが減っておる。だから、は~な~せ~」


 ティラはエクレル先生のほっぺたを両手で押し返そうとする。

 しかし、先生も負けじとほっぺに力を込めて近づいてくる。


「ふっふっふ、可愛い可愛いお嬢ちゃん。この程度では私は止められませんよ」

「ひぃぃ、なんじゃ、こいつはぁぁ? ヤツハ~、ヤツハ~」

「わかってる。くそ~、イチかバチか、魔法でっ」


 ぜ~ったい、先生に敵うはずないけど、万に一つの可能性にかけて、手に魔力を込めようとした。

 そこでなぜか、エクレル先生の動きがぴたりと止まった。

 先生はティラはじ~っと見ている。



「あれ? あなた……」

「な、なんだ?」

「え、うそ……そんなはず……ほほ、ほほ、ほほほほほほほ」


 先生はわざとらしい笑いを零しながら俺たちの拘束を解いた。

 そして、足早に立ち去っていく。言い訳を残して……。


「私は何も知らなかったのよ。だから、本当、ごめんなさいね。失礼しま~す」


 ティラは何が起こったのかわからず、キョトンとしている。

 しかし、俺にはなんとなく何が起こったのかわかる。


(エクレル先生、ティラの正体に気づいたな。あれでも一応、高名な魔導師だから、どっかで会ったことがあるんだろうけど。ちょっと、困ったことに……でも、ま、大丈夫か)



 困ったことになりはしたが、王女殿下にあんな非礼をやらかした以上、誰かに話すなんて無理だと思う。

 俺は火を噴くほどほっぺたをこすっているティラへ目を向ける。


「ティラ、大丈夫か?」

「ああ、気持ち悪さは残るが大事ない。しかし、みやこにあのような魔物が棲んでいるとは……近衛このえ騎士団はいったい何をしておるんだ!?」

「ああ、そだね」


 魔物扱いされた先生……だけど、否定はしない。

 この件に関して、同意以外、何もなかったので……。

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