第八章 深まるアクタの謎

第51話 猫だけど猫じゃない

 夜。

 小石を弾けば、音は闇に響き地に染み入る、草木も眠る丑三つ時。

 

 今夜はいよいよ人身売買撲滅に向けての捜査です。

 気が重いです。

 なにせ、命の危険に加味して、要人護衛の任まで与えられましたから……。

 

 俺は彼女を守るように前に立っている。

 後ろを振り向くと、彼女は大きくキラキラした琥珀色のお目々をキョロキョロと動かしていた。

 見た目は黒猫。大きさは山猫。

 二本足で立っている猫が服を着ている。

 

人猫族じんびょうぞくのケットシー、か。まんま猫だと思わなかった)




――捜査、数時間前



 カルアの運営する人身売買組織に気取られぬように、サシオン率いる近衛このえ騎士団は秘密裏に騎士団の詰め所に集合していた。


 

 鎧と武器を手にした兵隊たち。

 その中で俺は一人、ただの町娘として非常に浮いていた。

 しかも、普段着のままで腰に剣が差してある。

 周りの兵士たちは場違いの俺に好奇の目を向けてくる。


 居たたまれなくなり、助けを乞うようにフォレに近づく。


「あのさ、すっごい居心地が悪いんだけど。やっぱりよそ者だから?」

「いえ、そうではないですよ。ヤツハさんは有名人ですから、つい目が向いてしまうだけで」

「有名人?」

「サシオン様に認められて、ノアゼット将軍相手に一歩も引かない女性として」


「ノアゼット? まさか、お菓子屋の出来事がもう広まってるの? 一日くらいしか経ってないのに……う~ん、噂が誤解をまき散らしているなぁ」


「あながち誤解でもないでしょう。実際に、サシオン様から実力を認められていますし。それにノアゼット様の威風に飲まれることなく会話をされていたのは事実なんでしょう?」

「言葉にするとそうだけど、中身はみんなが思い描いてるのとは程遠いんだけどなぁ」



 と、愚痴を漏らしながら兵士の一人に目を向けた。

 目の合った兵士は顔を真っ赤にし、慌てて目を躱す。


「何かな、今の態度?」

「ヤツハさんは遠目に見る分には、花のように美しい女性ですからね。そんな方に見つめられたら、たいていの男はあんな反応をしますよ」


「遠目に見る分には、ね……フォレ君、言葉が過ぎやしないかね?」

「ふふ、すみません」


 フォレは目を細めて、柔らかく微笑む。

 初めて出会った頃は物腰柔らかでありながらも警戒心が高く、心に険のある人物だったけど、すっかり丸くなってしまった。


(それだけ打ち解けている、ということか……うん、悪くない)



 心地よい笑顔から視線を外して、空を見上げる。

 空には三日月。

 心許こころもとない月の光が、王都をかすかに照らす。

 こちらは動きにくく、敵の目には優しい光の量。


「できれば、新月の方がよかったんだろうけどね」

「ええ、そうですね。闇に紛れて動きやすいですから」

「まぁ、急に決まった捜査だからね。それで、捜査の指揮官殿はまだ?」

「実は捜査直前に、さる同行者を供することになりまして、その件で少し遅れているんですよ」

「さる同行者?」



「王都にケットシー一族の代表が訪れていまして、彼女は同胞を助けるために、独自で人身売買のルートを探っていたようです。彼女とサシオン様は情報を交換する間柄であったため、捜査の話をすると是非に同行させてもらいたいと」


「その調整で遅れてるわけだ……ところで、ケットシーって猫だよね?」

人猫じんびょう族です。猫と呼ぶのは非礼に当たりますから、言葉にはお気を付けください」

「そうなんだ、わかった」


 人猫じんびょう族――アプフェルみたいに、猫耳の生えた人間だろうか? アプフェルは人狼族なのに猫耳だったから、意外に逆で犬耳をタレ提げてたりして。

 王都にはそういった人たちが混じっているから、当たらずといえども遠からずだと思うけど……。



「ヤツハさん、サシオン様がお着きになったようですよ」

「やっとか」


 詰所の正面門に、月明かりを背負う人影が見える。影は三つ。

 二つはよく知った影。

 長身の影はサシオン。猫耳としっぽがついてる影はアプフェルのもの。


(アプフェルも参加するのか?)


 彼女の参加は聞いていなかったので驚いた。

 たしかに、あいつは普段から盗賊退治などで協力している。

 だから、こういった話にも協力することがあるんだろう。社会貢献と実践経験を積ませるという国立学士館の方針で。

 でも、王族を取り締まる捜査に学生を協力させていいのか?

 ましてや、アプフェルはお偉いさんの孫娘なのに。


 そんなことを考えつつ、アプフェルへ目を向ける。


 表情は月影に隠れながらも、彼女ははっきりと口を捻じ曲げながら三つ目の影を睨みつけている。


 三つ目の影は非常に小さく、アプフェルの腰丈ほど。

 月明かりが逆光となって、どんな人物かまるで分らない。

 影がそばに近づき、その姿を捉えたところで俺は目を丸くした。


「あ、あの、フォレ。まさか、あの猫が?」

「人猫族です、ヤツハさん。彼女が人猫族の代表、『クイニー=アマン』様です」


 俺はもう一度、猫、人猫じんびょう族に目を向けた。



 全身が艶やかな黒の毛に覆われた二本足で歩く猫。

 そんな猫が、黒いコートに白のブラウス。そして、赤いボトムスとまるで海賊のかしらのような格好でこちらへやってくる。

 あたまには海賊のトレンドマーク――ドクロマーク付きの海賊帽を被っている。

 眼帯と鉤爪はない。また、海賊っぽい湾曲した剣であるカットラスも持っていない。

 

 猫は彼女と呼ばれているから、女性なのだろう。

 彼女はしなりと体を揺らして歩く。

 様相は海賊でありながら、姫を思わせる気品を感じる。



 三人は俺たちのそばまで来て立ち止まると、早速サシオンが人猫族の女性の紹介を始めた。


「皆の者、待たせたな。これより、人身売買の現場に乗り込むが、その前に同行者紹介しておこう。彼女は人猫族の『クイニー=アマン』殿だ」


 

 彼女は海賊帽を取り、恭しく挨拶の口上を述べる。


「初めまして、人間の皆様方。ご紹介にあずりました、人猫族のクイニー=アマンです。今宵は私の我儘のために皆様方の貴重な時間を戴き、申し訳なさと同時に、そのご厚志は感謝に堪えません」


「アマン殿と私は人身売買の捜査情報を共有する仲であり、そのえにしにより今宵、捜査協力と相成あいなった。皆の者、アマン殿に非礼なきよう努められよ」


 フォレや兵士たちは言葉を一切発せず、ピシリと体を張り、無言の礼をもって答える。

 続いてサシオンは、俺とアプフェルの紹介をしてきた。



「捜査には、皆もよく存じているアプフェルにも協力を願いしている。また、ヤツハ殿にも協力して戴いている」


 彼は俺の名を唱え終えると、まっすぐとこちらを見てきた。

 どうやら自己紹介をしないといけないみたいだ。


「えっと、ヤ、ヤツハです。きょ、今日は、皆さんよろしくお願いしましゅね」

 急に振られたので、ぎごちない笑顔を交えながら、言葉は思いっきり噛んでしまった。

 しかし、兵士たちはそんなこと一切気にしていないようで、小さく「よしっ」と気合を入れる声を上げている。

 

 彼らの様子からして、ヤツハおれの容姿に騙されているみたいだ。

 こちらとしては微妙な気持ちになるけど、兵士に気合が入ったのならいいか……。

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