第52話 狼猫相打つ
簡単な紹介を終えて、サシオンはテキパキと兵士たちに指示を与えていく。
兵は三つの隊に分けられる。
サシオン隊、フォレ隊、そして俺の隊。
といっても、俺には三人の兵士だけだが。
選ばれた三人はガッツポーズをして、選ばれなかった兵士たちは三人を憎らしい目で見ている。
そんな状況に、俺は乾いた笑いを生むしかない。
フォレは先に隊を引き連れて、人身売買の会場となっている場所へ向かった。
俺はサシオンに顔を向けて尋ねる。
「サシオンは?」
「私は賭博場となっている場所に向かう。今回の捜査、私自身が囮というわけだ」
「なるほど、サシオン直々に賭博場へ向かえば、人身売買の会場はバレてないと油断するわけだ。そこに本命のフォレが会場に現れるシナリオなわけね」
「うむ」
「で、俺は何をすればいいの?」
「ヤツハ殿の隊には地下水路で待機してもらう。地図はこれだ」
「あ、ども。地下水路で、何を?」
「地下水路を使い、逃げ出そうとする者たちを取り締まってほしい。もちろん、そうならぬように備えてはいるが、念のための
「ああ、だから人数が少ないわけね。でも、俺と兵士さん三人で大丈夫かな?」
「アプフェルをつける。加えて、アマン殿にも同行してもらう」
「え、どうして? アマンさんはそれこそ人身売買の会場で同胞を救いに行くべきじゃ?」
「それについては私からご説明します」
ケットシーのアマンさんが二本足でひょこひょこと歩いてきて、そばで首をキュッと傾ける。
……かわいい。
喉元をちょこちょこしてあげたいけど、さすがに失礼にあたるからできない。
「えっと、じゃあアマンさん。説明をお願いします」
「ふふ、アマンで結構ですよ。今回の捜査、主役はサシオン様と
「じゃあなんで、捜査に同行を?」
「一応、形として捜査に関わったとしないと、上に対する報告で具合が悪いのですよ」
「ああ、たいへんそうですね」
「ええ。それに、ケットシー一族は興奮状態になりますと少々過激になる傾向がありますので、捕物には参加しない方が良いでしょうから」
「そうなんだ。可愛いから、そんな感じしないけど、っと、今のは失礼だよね。すみません」
「いえいえ、見目の愛くるしさは
「そうなんだ」
「ヤツハ、見た目に騙されちゃ駄目よ。中身は野蛮の塊なんだから」
不意に、アプフェルが口を挟んできた。
声にはたっぷりと棘が含まれている。その棘はアマンも……。
「あらあら、蛮族の犬っころが吠えますこと。そういえば、遠吠えは負け犬の特権でしたね」
「はんっ、にゃんころの分際で、勇猛にして果敢である人狼に貧弱な爪を立てるとはね」
「ふふふ、勇猛? 馬鹿の間違いじゃなくて?」
「なにを~」
「あらあら、聞こえませんでした? その耳は飾りかしら。ちゃんと、お掃除はされてるの?」
二人は互いに棘をぶつけ合い、睨み合っている。
俺はサシオンに近づき小声で話しかける。
「なんですか、この二人は?」
「人狼族と人猫族は水と油の関係であってな」
「はっ? そんなもんっ、なんで一緒に行動させるんだよ!?」
「アマン殿には我らの役目に配慮して戴いた恩義がある。そうだというのに、アプフェルだけを現場に起用するなどできぬ」
「だったら今回、アプフェルは外せばよかっただろっ」
「アプフェルは人狼族の長、セムラ様の孫娘。人猫族側の立場のみを
「そういや、最近知ったけどさ、アプフェルって王族の孫娘的な立場なのに、こんな危ないことに参加させていいの? いくら、学士館の方針とはいえ。しかも、ジョウハク国の王族の取り締まりだし。ややこしいことになりそうだけど」
「これに学士館の方針は関係ない。人身売買の被害者には人狼族も含まれている。人狼族も無関係ではない。アプフェルは
「ああ、そういう意味合いがあるんだ。だけど、ジョウハク国との関係は大丈夫なの?」
「ふふ、今宵の捜査、王族であるカルア様を取り締まれるほどの証拠はない。つまり、通常の捜査というわけだ」
「うわ、王族が関わっているなんて知らぬ存ぜぬで行くわけだ。でもさ、長の血脈の義務とはいえ、アプフェルは学生で近衛騎士団の一員でもないから、そこまで捜査の外す外さないは気にしなくてもいいんじゃ?」
「このような場合、双方の誇りの問題であって役職は関係ないのだ。私の立場としても、人狼族と人猫族。どちらに重きを置いたのかと問われる問題でもある」
「じゃあ、アプフェルたちのことって、政治的な感じ?」
「そう、思ってもらって結構」
「はぁ~、なるほどねぇ。だけどさぁ、な~んで俺に押し付けるかなぁ……ん? おい、まさか、アマンの同行を予測して俺に捜査協力をっ?」
「では、私は賭博場へ向かう。ヤツハ殿は地下水路にて待機を。アプフェルとアマン殿がいれば、地下水路に侵入する者の気配は容易く感知できるであろう。では、出るぞ!」
サシオンの号令で、兵士たちは一糸乱れぬ隊列を組み、彼の後ろをついていく。
「こら、サシオンっ。まだ、話は終わっていないぞ!」
「はは、ヤツハ殿なら二人を相和することができようぞ」
「まて、こらっ。くっそ~、サシオンめっ! 面倒なことを丸投げしていきやがって。絶対、あいつ俺のこと嫌いだろ。扱いが雑過ぎだよっ、もう!」
俺は鼻息を飛ばし、影となったサシオンから仕方なく視線を外して、いまだ睨み合いを続けているアプフェルとアマンに向き直った。
関わりたくないけど、止めないと仕事にならない。
嫌々、二人に話しかける。
「はいはい、二人とも。喧嘩は後にしてくれ。仕事優先ってことでさ」
「別に喧嘩じゃないっ。猫女の撫で声が耳障りだっただけ」
「ヤツハさん、申し訳ありません。ですけど、私、畜生と喧嘩する趣味をございませんよ」
「ち、畜って、この~、毛むくじゃらっ!」
「何よ、半端もの!」
「二人ともいい加減にしろって。とにかく、地下水路に向かうぞ。互いの紹介は道すがらでいいよね。アマン」
「ええ、もちろん構いません」
「アプフェル、どんな確執があるか知らんが、全部後にしろ。兵士さんたちが困ってるだろ」
「わかったっ。仕事に専念する」
二人はフンッと互いに別方向を向く。
とりあえず、二人のいがみ合いを止めたので、兵士さんに謝罪を交えつつ、挨拶をする。
「そんなわけで、ごめんね、みんな。ドタバタして」
「い、いえ、そんな」
「改めて、俺はヤツハと言います。サシオンやフォレのように、みんなをうまくまとめることはできないと思うけど、精一杯頑張らせてもらいます」
「は、はい、こちらこそ。あ、俺、フォールと言いますっ」
「あ、ずるいぞ。僕はスプリです」
「じ、自分はウィターです。よろしくお願いします」
三人は顔を真っ赤に染めながら自己紹介をしてくる。
(男からこんな態度を取られるとは……何と言ったらいいのかねぇ……いや、考えるのはよそう)
首をブルンブルンと振るって、気持ちを切り替える。
「よし、俺たちも行こう」
この掛け声に、兵士三人は普通に返事をしてくれたけど、アプフェルとアマンはこっちを見ずに、互いに視線をぶつけ合い、火花を立てながら返事をする。
二人の姿を見つつ、俺は大きくため息を吐き洩らす
こうして、大きな爆弾を二つ抱えながら、俺たちはサシオンからもらった地図を頼りに地下水路へと向かった。
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