第23話 街の有名人
トルテさんに見送られて、宿屋の外へ出る。
東門へは、宿屋の前を通る道を左の方へと歩き、東表通りに出て、道なりに進む。
弁当を両手にぶら提げて東門へ向かう道すがら、いろんな人たちが話しかけてくる。
「おや、ヤツハちゃん、今日も配達かい?」
「ええ、騎士団の腹がグーグー鳴っててうるさいから、早く行ってやんないと」
「ははは、腹の虫がここまで聞こえてくる前に行ってあげな」
「あら、ヤツハちゃんじゃないの。お仕事? 毎日大変ね~」
「ほんと毎日ねぇ……ゴロゴロしてたいんだけど、お金がねぇ」
「クスクスッ。ダメよ、ヤツハちゃん。若いうちは一生懸命働かないと」
道中、話しかけてくる人のほとんどは、顔と名前が一致しない人ばかり。
だけど、王都に来てからというもの、仕事で街中を走り回り、おまけに美人で華奢なのに馬鹿力という珍しさが合わさって、こちらの顔と名は売れてしまった。
それに加え、サシオンとノアゼットの件がどんな風に伝わったのか、一目置かれている。
なるべくなら目立ちたくないってのに、妙なことになった。
これはこれで悪くはないんだけど、
笠鷺燎は、日本の公立中学の三年生の男。
特に目立つこともなく、成績、体力、容姿。すべてにおいて何の変哲もない一般人。足の速さだけには自信はあるが。
そんなやつが『アクタ』に来て以降、王都『サンオン』、主に東地区ではそこそこな有名人。
しかもこちらに来て、まだ一週間ほどしか経っていないのに……。
これはたまたま運がそう転がったのか。
今の俺が美しい容姿をした美女だからか。
はたして、ありのままの自分で『アクタ』に訪れていたら、こんな有名人になったのだろうか?
過ぎ去ったことの仮定に意味はないけど、ちょっと考えてしまう。
ヤツハではなく、笠鷺燎としてだったらどうなっていたのか、と。
男の俺は盗賊に襲われただろうか? フォレは拾ってくれただろうか?
拾ってくれても、宿の面倒まで見てくれただろうか? 仕事の世話をしてくれただろうか?
仕事だって、男の俺だったら力仕事を任されたはず。
そうすると、サシオンには出会わないし、ノアゼットにも出会ってない。
まぁ、ノアゼットに出会っても、男の俺と風呂に入るなんていうイベントは起きないけど。
それにそもそも、笠鷺燎には誰かを惹きつける力なんてない。
ヤツハだからこそ、街の人は親しみを込めて声をかけてくるのでは?
それは女の子だから? 容姿がいいから?
もしかしたら、これは俺自身の魅力ではなくて、お地蔵様のおまけの力?
答えのない考えがぐるぐると回る。これは時間の無駄だ。
(はぁ~、やっぱり終わった仮定話なんて考えるんじゃなかった。いや、これからも笠鷺燎とヤツハの仮定は続くのか……うん、考えるのはやめよう。俺は俺だ)
考えても仕方ないことは考えない。それが俺の流儀。
何か色々と目を背けている気もするが、その時が来たら考えよう。
いまやるべきことは、弁当を配達するということ。
考えすぎは頭皮によくない。
ただえさえ、カッパハゲ家系なんだから……そういえば、血筋によって女でもハゲるのか?
女になったのだからは、せめて、ハゲの呪いからは逃れたい。
色々な考え事は棚に仕舞い、表通りをひたすら歩いて、東門へ到着。
王都は広いし、道は長いので、歩きはしんどい。
遥か先が霞んで見える表通りの向こうを見ながら、は~っとため息。
(せめて、自転車があればなぁ。う~ん、自転車かぁ)
自転車は車やバイクと違って人力だ。
エンジンなんて技術も必要ないし、ガソリンもいらない。
もしかしたら、作れるのでは?
そう思い、俺は目を瞑り、脳に眠る知識の引き出しをのぞき込む。
が、詳しい作り方は見つからなかった。
俺は自転車の作り方を、学んだことも目にしたことも耳にしたこともないらしい。
あったのは構造のみ。
しかも、その構造には大きな問題がある。
箪笥と引き出しの世界にふわりと浮かぶ自転車のイメージ。
目を凝らしてみると、自転車のつなぎ目には溶接の跡が見える。ということは、溶接技術が必要なのか?
こちらの世界にそんな技術があるかわからない。
それに原動力を伝えるチェーンだって作れるかわからない。
もし作ろうとしたら、『アクタ』の技術レベルを調べ上げて、なければ代替え技術を探すところから始めることになる。
「めんどくさっ、やってられないな」
「それはすみません」
「え?」
声がした方を振り向くと、紺碧の髪を風に揺らすフォレが立っていた。
「あれ、フォレじゃん。どうしたの?」
「騎士団の仕事でここに。しかし、ご面倒をお掛けしたみたいで」
フォレは俺が両手からぶら下げている弁当を見ながら、申し訳なさそうな態度をとっている。
どうやら、漏れ出た愚痴を弁当配達のことと勘違いしたようだ。
「ああ、違う違う。ちょっと工作でもしようと思ったけど、面倒だからやめとこっと思っただけ。配達の方じゃないよ」
「あ、そうなんですか。てっきり、ヤツハさんのお手を煩わせてしまったかと」
「お手も何も、仕事だし。文句言っても始まらないよ。はい、お弁当。フォレに渡しても大丈夫だよね」
「ええ。では、たしかに」
フォレは弁当を受け取り、近くにいた兵士を呼んで彼に弁当を預けた。
周りでは、兵士たちがうろうろしながら何かの確認をしている。
「祭りの警備だっけ。大変そうだね」
「ええ、まぁ。ですが、簡単な手順の確認ですから。それよりも、交通状況の方が問題で」
「交通状況ねぇ」
後ろを振り向いて、東表通りを見渡す。
馬鹿みたいに広い大通り。
そこを皆が、自由に闊歩している。
「まるで歩行者天国だな。馬車がいて危ないけど」
「ええ、そうなんです。そこを何とかしようと、サシオン団長と相談していたところなんです」
「サシオンも来ているんだ?」
「はい……あのヤツハさん。私はともかく、サシオン団長には敬称を……」
「ああ、そっか、ごめんごめん」
「いや、構わぬ。好きなように呼ぶがよい」
聞き覚えのある重厚な声の響き。
俺とフォレは慌てて声の主に顔を向ける。
フォレは瞳に尊敬の念を宿し、俺は遠慮がちに彼の名を呼んだ。
「えっと、サシオン、様」
「はは、無理をなさらぬともよい。サシオンで結構だ」
「はぁ、それなら、ん?」
フォレが細かく首を横に振っている。
これは……アプフェルに指摘されたやつか。ここは遠慮しなければならないところだな。
「いえいえ、あっしごとき矮小なる存在がサシオン様を呼び捨てなどできようはずもありませんぜ、でっへっへ」
腰を屈め、手もみをしながら、自分なりに遠慮していることをアピールする。
なのに、何故かフォレは、頭を抱えて
サシオンはフォレとは対照的で顔を綻ばせている。
「はは、ノアゼット殿とともに湯浴みをされた方に、そのような卑小なる態度は似合わぬよ」
「え、知ってるの?」
「うむ、王都で知らぬ者はいないだろうな」
「ええ~、マジか~」
「街に流れる噂の一部には、浴場にて、ノアゼット殿と剣を交えたという話もある」
「そんなわけないじゃんっ。誰だよ、そんなデタラメ流してる奴は!」
「噂には尾ひれがつくもの。諦めよ」
「尾ひれが本体よりデカいってどうなんだ?」
「そうだな。せいぜい、尾ひれに潰されぬよう気を付けることだ」
「勝手に膨らむ尾ひれにどう気をつけろと。もうやめやめ。こんな話してたら気が滅入る。今の噂は聞かなかったことにしよ」
両手で見えぬ噂話をパタパタとかき消す。
サシオンは俺の様子を見て、くすりと笑い声をあげる。
俺はフッと息を吐いて噂話の残骸を吹き飛ばし、話を元に戻した。
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