第24話 ルールがないと危ないよ
一度、表通りをチラ見して、サシオンに視線を戻す。
「え~っと、あの、サシオン団長?」
「何かな?」
「フォレと交通状況の相談をしてたんだよね。事故とか多いの?」
「うむ、王城を中心に四方に広がる表通りは広いため、馬車や人が行き交っても、事故などそう滅多に起きなかったのだがな。しかし近年、馬車と人の通行量が増え、事故の発生件数が増えている。そこで、一部の交通を規制しようという案が出ているのだが……」
「何か問題でも?」
「英雄祭が近く、急な規制は混乱の元ではないかという意見もあってな」
「なるほど」
「しかし、このまま放っておけば事故の件数は増える一方。私としては、そのような状況で英雄祭を迎えれば、より大きな混乱を招き、大事故につながると考えている」
「そうだねぇ、たしかにねぇ」
表通りに目を向けて、交通の状況を観察する。
人々は自由に闊歩している。
道が広いため、馬車も人も、互いにぶつからないように避けやすい。
しかし、そうであっても、馬車が走るすぐ横や前を横断して、轢かれそうになっている人がチラホラ。
(道の大きさが仇となって、交通規制を掛けてこなかったんだな。だけどこのままだと、いつ大きな交通事故が発生してもおかしくない。だったらせめて、流れをコントロールしないと)
日本なら、道路には信号機がある。
しかし、王都サンオンにはそんなものはない。
だったら代わりになるものを使えばいい……それは、人だ。
だが、その前に、もっと単純なルールが必要だ。
俺はそいつをサシオンに提案してみた。
「あの、一つアイデアが」
「ほう、聞こう」
「道を歩道と車道に切り分けて、分けられないところは、馬車を左側通行。歩行者を右側通行にしてみては?」
「ふむ、なるほど。交通の流れを制御しようというわけか」
「ええ、これで少しは改善できるかと。さらにここに」
続けて、信号の話をしようとしたところでフォレが口を挟んできた。
「すみません、話の腰を折るようですが、お尋ねしたいことが。ヤツハさんは何故、馬車と人の流れを別方向に? 流れを整理するなら、両方とも同じ方向の方がいいのでは?」
「それは……」
たしか、意味があったはず。
俺は目を閉じて、知識の引き出しを探る。
この知識に関してはなんとなく覚えがある。だからきっと、引き出しに眠っているはずだ。
少し、引き出しを
早速、記憶に触れて口に出そうとしたのだけど、サシオンが先に説明をしてしまう。
しかも、彼の説明は俺の記憶よりも的確なもの……。
「安全を考えてだろう。対面していれば、双方ともに気をつけることができる。特に道を歩く者からすれば、背後からくる馬車は恐怖であろうからな」
「あ、そういうことですか。ヤツハさんのきめ細やかな配慮には脱帽です!」
「ま、まぁね」
俺は引き出しで見つけた知識をすぐに戻した。
先に説明されてしまったため無意味になってしまったこともあるが、それ以上に引き出しにあったの知識には、余計なものが混じっていたからだ。
俺が過去に触れたことのある知識は以下の通り。
――実は昔の日本では、歩行者も馬も同じ左側通行だった。
それは武士がすれ違う際に、脇に差していた鞘がぶつかるのを防ぐためと、馬に乗るときに、刀が邪魔にならないように左側から乗るため。
そのために左側通行の方が都合がよかった。
他の説として、真逆の右側通行が一般的だった説もある。
前方から来た相手に、抜刀術で切りつけられにくいように。これは辻斬りや強盗の類を恐れての予防策だと思われる。
しかし、ここは左側通行説で話を続けよう。こっちの方が良く知られているので。
江戸時代にはすでに、左側通行は暗黙の了解であった。
しかし、1872年に英国から鉄道の技術支援を受けた際に、英国も左側通行であったため、それを機に警視庁より通達が発せられ、『歩行者は左側通行』は暗黙ではなくルールとして定められる。
法律に規定されるのは1924年。
また、戦後GHQがアメリカと同じ、自動車は右側通行・歩行者は左側通行にしようとしたことがある。
しかし、日本の道路は左側通行であったため、その仕様上、GHQが望む自動車は右側通行に変更しようとすると、莫大な資金と長い期間がかかる。
そのため、安全上の観点を優先し、歩行者は右側通行とする対面交通となった。
対面交通の理由がサシオンの話したとおり、安全上の理由とだけ知りたかったのに、余計な知識まで掘り越してしまった。
武士とかGHQとかどう説明すればいいのか……この引き出しの能力、便利そうで意外に不便だ。
すぐに目的の知識が見つかるわけでもないし、知らなければ探す意味もない。
それどころか、もし俺が間違った知識に触れていて、それを脳に収めていたら、意味がない以前の問題だ。
これらのことは今後の課題に置いといて、次の提案に移ろう。
「あとですね、交通の流れをさらに制御するために、もう一つ」
「ふむ、聞かせてもらおう」
「これだと一方の流れは制御できても、横断する流れは制御できない。そこで縦と横の流れを制御する人を要所要所に配置するんです」
「ふむ、一時的に流れを止めて、馬車や人の流れを変えるというわけか。面白い」
「色々と細かなところは調整しないといけないと思うけど、こんなんでどうでしょう?」
日本の交通ルールの一部をまんま提案しただけだが、こちらでも十分に適用できるはず。
しかし、二人は難色を示す。
「提案は大変良いものだが、現状では難しかろう」
「ええ、そうですね」
「え、なんで? なんか問題あった?」
「ヤツハ殿の提案に何ら落ち度はない。しかし、行うとすると大きな問題が二つある」
「それは?」
「人々が規制に従うとは限らん。法の整備にも厄介な点がある。人員の確保の方は騎士団で対処できるが……」
「法のことはわからないけど、街のみんなは協力してくれるんじゃないの。事故は減らせるんだし」
「理屈で言えばそうだ。しかし、いきなり規制となれば、反発とはでるものよ」
「じゃあ、サシオン団長の一声で」
「それは我が威光をもって従わせろ、ということかな?」
「いや、そんなんじゃ……サシオン団長や騎士団は街の人たちに人気があるから、進んで協力してくれるんじゃないかなって、思っただけなんだけど……」
「……皆は協力してくれるだろう。しかし、皆が皆、我らを慕っているというわけではない。ふむ……英雄祭の前でなければ、皆の命を守るために、多少の強権を振るうこともあろうが」
二年に一度の英雄祭。
ただえさえ、警備に神経を尖らせなければならない時期に、余計な軋みを生む真似はできないということか。
難しい案件だ。
さらにサシオン団長はもう一つの懸案を口にする。
「加えて法の整備。道の法となれば、国防にも関わってくる。さらに表通りは四本。管轄する者は四つ存在する。我が
「ええ」
国防――まさか、交通整備がそんな話まで及ぶとは。
なんで国防にまで発展するのかわからないけど、それならば、そう簡単に決められる話じゃない。
それに表通りは東西南北の四つ。それぞれ、管轄者が違う。
法を作るなら、まず各近衛騎士団で話し合いをしてからとなる。
そこから、国会? よくわからんが女王様に提案、っとなるんだろう。
とてもじゃないが英雄祭には間に合わなさそう。
と、感じていたが、英雄祭という単語がある突破口を思いつかせる。
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