第9話 ケモ耳は可愛い。嫉妬は怖い

「お、おお~、道、ひろ!」


 丘の上から見下ろした時も広い道だと思っていたけど、実際目の当たりにするとその広さに度肝を抜かれる。

 大型バス二十台が軽く横一列で通れそうな道は見事な石畳で舗装されており、その石畳は遥か先にある城まで続いていた。

 

 大通りは人がごった返し、とっても賑やか。

 人々の中には僅かではあるが、人の姿にピンと張った猫耳や、垂れた犬耳っぽいのを頭に乗せた人たちも混じっている。

 フォレのような人間以外の種族もいるようだ。

 

 少し離れた場所で、可愛いお耳としっぽを生やした小さな男の子と女の子がちょこまかと歩いている姿が目に入った。


(おっ、可愛いな。でも……)

 子どもたちの近くには、ケモ耳付きの厳ついおっさんが立っている。

(親? おっさんのケモ耳は……まぁ、そのうち慣れるかな。他には、おっと、我慢我慢)

 

 地球には存在しない種族に、ついつい目を惹かれてキョロキョロしてしまう。

 しかし、物珍しいからといってジロジロ彼らを見ていたら、フォレから変に思われる。

 ここは気持ちを抑えよう。

 


 視線を自然に動かし、人々の服装に注目する。

 彼らの多くは俺のような地味な色の服装。

 

 格好は簡単な肌着に、チュニックのような上着を羽織っている程度の人が目立つ。ブラウスっぽい服を着ている人もいるが、数で言えば少ない。


 人々から視線を外して通りへ向ける。

 道の周囲には人の数に負けじと多くの出店があり、通り霞む先まで並んでいる。

 ただ、道が広いとはいえ、人や馬車などが縦横斜めと無造作に行き交いすぎに見えた。


「ほんと、人多いなぁ。うっざい」

「クスッ、まさか王都自慢の目抜き通りを見て、そんな感想が出るなんて」

「あ、ごめん。人が多いの苦手で」

「たしかに人は多いですが、これはこれで良いものですよ」

「そうかなぁ」



 大勢の人々が行き交う道。

 あちらこちらから客寄せの声が響く。

 馬車の車輪の音が絶え間なく鳴り響き、大人たちの話し声に子どもたちの遊び声が混ざる。

 活気に満ち溢れた音色からは、大きな活力を感じる。


「……まぁ、悪くはないな」

「よかった、気に入ってもらえたようで」

「しかし、道も大きいけど、あの城っぽいのも馬鹿でかいな」


 

 みやこの中央には荘重そうちょうで威厳を誇る城が構えていた。

 城は都にある他の建造物とは造形が一線を画しており、地球にある建造物にもないもの。

 透き通るようなクリスタルの塊。太陽の光を受けて、表面に七色を浮かべている。

 そんな城が二つ、合わせ鏡のように建ち、天高く伸びた塔の廊下で結びついていた。


「ねぇ、フォレ。あれ城だよね。なんで、城が二つあるの?」

「え? あ、そうでしたね。記憶が……」

「あ、うん。で、なんで城が二つ?」

「城や城壁は女神さまからの賜りものです。この地に人類の始祖が誕生した時代……」


 

 フォレから世界の成り立ちと国の興りの講義を受ける。

 この世界の名は『アクタ』。『コトア』という女神様が創ったそうだ。

 女神はこの場所、王都『サンオン』にて最初の人類を産み出した。

 誕生した人間は双子で、それぞれにクリスタルの居城を与えた。


 その後、女神が世界から去り、始祖となる双子は人間たちをまとめていた。

 しかし、時間が経つにつれて、互いの意見がぶつかり合い争うようになる。

 そこで争いを収めるために生まれた制度を彼は語る。


「争いを生まぬために、ジョウハクは二君主制、交代制二頭政治を執っています」

「二頭政治って、たしか最高権力者が二人いる政治形態だっけ。交代制って?」


「我が国は、ブラウニー陛下とプラリネ女王陛下が五年制で国政を執り行っております。今は、プラリネ女王陛下の執政期二年目です。女王陛下は私たちより正面右側にある『琥珀城』に。ブラウニー陛下は左にある『瑠璃城』にお住まいになっております」

「へぇ~」


 争いを収めるためとはいえ、面倒な制度だ。

 ていうか、窮余の一策としか思えないが、ちゃんと機能しているんだろうか? でも、機能してるから成り立っているのか?

 ま、俺にはどうでもいいことだけど……。

 

 フォレは城を指さしながら丁寧に説明をしてくれるが、途中で興味が削がれてしまい、説明に生返事を返してしまう。

 彼も俺が飽きていることを感じたようで、途中で話を切り上げた。



「では、そろそろ行きましょうか……そうですね、ひとまず懇意にさせて戴いているの宿へご案内します」

「え、宿?」

「ええ、まずはあなたの羽を休める場所を用意しないと」

「でも、お金ないよ……」


 念のため、スカートのポケットを探ってみるが、何もない。

 服のあちこちをパンパンと叩いて何かないか探してみるが、やはり金目のものは一切所持してない。


「宿はちょっと……どこか、寝泊まりしても大丈夫な場所を。橋の下とか」

「そんなことさせるわけにはいけませんよ。安心してください、宿代は私が支払いますので」

「だけど」

「騎士として、困っている方は放っておけません。それに困ったときはお互い様ですよ」


 フォレは純白な笑顔を向ける。

 その笑顔に言葉を返すことなどできるはずもなく、申し訳なさそうに小さく頷くしかなかった。



 

 馬に乗ったまま門から宿へ向かう。

 馬上から目に入る家の見た目は、古い洋風の木造建築っぽいものが多い。だが、中にはレンガ積みの家も混じっている。

 

 周囲にある民家の壁色は基本的にくすんだ白色。屋根の色は様々だが、派手な色は少なく、落ち着いた感じの色が多い。

 階層はほとんどが一階建てか二階建て。三階建て以上となるとチラホラ程度で、それ以上の建物は視界の範囲には存在しない。

 

 ただ、霞むくらい先にある場所に塔のようなものが見えた。

 一見した感じ、時計塔のような感じがするが、別物かもしれない。

 

 視線を近くの家に合わせて考えに耽る。

(王都に建ち並ぶ家は、城や城壁と比べて技術的に見劣りしているな。城と城壁は女神様の賜りもの、か……眉唾っぽいけど、マジなのかな? まぁ、俺に起きたこと自体が馬鹿な話だし。ふふ、いるのかもね、女神様)

 


 馬に揺られながら、自分に起きた出来事と神様の存在を思い、軽く笑い声が漏れた。

 フォレはそんな俺の様子に気づくことなく、声をかけてくる街の人たちの相手をしている。

 彼の人気は高く、街道の時のように多くの人々が好意を持って接してくる。

 特に、年齢問わず女性たちが……そして、彼女たちはフォレの腰に手を回している俺に、刺すような視線を向けてくる。

 

 痛い……視線が突き刺さる肌も、ストレスに悲鳴を上げる胃も痛い。

 ただえさえ、大勢の人の注目を浴びる経験なんてないのに、それが嫉妬と殺意が混じるものとなると、ノミの心臓は破裂寸前。

 早く、宿についてほしい。

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