第10話 優しき?魔法使いの少女アプフェル
「ここです。到着しましたよ」
「やっとかぁ~。死ぬかと思った」
「だ、大丈夫ですか。汗びっしょりですが、もしや傷が?」
「いや、傷は大丈夫。気にしないで……で、ここが宿屋さん?」
「ええ、宿屋『サンシュメ』です。一階が食堂になっていて、気心の知れた仲間とよく利用しているんですよ」
「へぇ~」
馬上から宿をじっくりと観察する。
三階建ての木造の建物で、フォレの説明通り一階は食堂になっている。
外装はシンプルなものだけど、見えないところまで掃除が行き届いており、そこから店主の仕事に対する誇りを感じる。
一階の窓の周辺や玄関の邪魔にならないところには、白い花の植木鉢が置いてあった。
花はカスミソウのように小さな花が集まった感じのもの。花の中心も花びらも真っ白。
二階と三階にはバルコニーがあり、植木鉢と同じ花を模した柵が設けられてある。
壁の一部は蔦に覆われいて、それが花の飾りと重なり、まるで自然と溶け合うお家といった雰囲気。
宿屋というよりは、お洒落なカフェといった方がしっくりくる。
時刻は黄昏時。食堂からは賑やかな声が響き、美味しそうな匂いが漂ってくる。
匂いに反応して、胃袋がキューっと鳴く。
「はぁ~、お腹減った」
「クスッ、お昼から何も食べていませんからね。まずは食事を」
「フォレ様! 良かった、ご無事だったんだっ!」
いきなり若い女の子が宿から飛び出してきて、叫び声のような声でフォレの名を呼ぶ。
声に驚きながらも、俺は女の子へ目を向ける。
目はぱっちりと大きく、ちょっと釣り目で瞳の色は緑みを帯びた青色。
唇は丸みを帯びていて口角が少し上がり、目と合わせて動物に例えるなら、猫のような女の子。
というか、頭に猫耳が乗っており、猫そのもの。
お尻から薄い桃色のスレンダーな尻尾も飛び出している。
背丈は俺よりも若干高く、胸は俺の方が遥かに大きい。
何故か、勝った気になる。俺は男なのに……。
髪の色は、尻尾や猫耳と同じ色の薄い桃色。後ろ髪は首を隠す程度のショートヘア。
頭の左右にはポンデリ〇グみたいな丸いわっかの髪がくっついている。
どうやったら、そんな髪形ができるのかはわからない。実に不思議だ。
わっかを留めるためなのか、ポンデリ〇グには蒼玉の石の付いた髪留めがついていた。
服装は、明るいオレンジ色のローブに深緑色の外套。
腰には外套と同じ色のベルトでローブを押さえてる。
服の形態は地味なのだが、服色の明るさと髪色が相まって賑やかな印象。それらが地味さを薄めている。
また、少女は右手に杖を所持していた。
持ち手の棒の部分は朱色で先端には翠石があり、それをクラウンの形をした金属が覆っている。
これらの見た目から、魔法使いの少女という印象を受けた。
フォレは少女へ言葉を返す。
「やぁ、アプフェル。今回の盗賊退治の協力、感謝しているよ」
「そんな~、フォレ様のためですからぁ当然ですよ~」
少女は体をクネクネとさせて、頬に夕陽色を乗せる。
そこからフォレに気があるのがありありとわかる。
つまり、フォレに気があるということは……予想通り、少女は馬上でフォレの背中にくっついている俺に、嫉妬と羨望が混ざる目を向けてきた。
「フォレ様。誰です、この女っ?」
先ほどまでの猫なで声から打って変わって、敵意むき出しの口調。尻尾は警戒してか、山の形をとっている。
実にわかりやすい奴。
かなり嫉妬深く面倒くさい女。これが俺の第一印象だった。
「盗賊の残党に襲われていたところをお救いしたんだ。アプフェル、彼女の頭の傷を診てくれないか。傷のせいで記憶を失っているみたいで」
「え、そうなのっ? ごめんなさい、強く当たっちゃって。すぐに治療するから!」
こちらの事情を知ると、途端に口調から敵意を消し、尻尾と耳をへにゃりと下げて謝罪と傷の心配を交えてきた。
前言撤回。この子、いい子だ。
少女に傷を診てもらうために、馬から降りる。
その際、フォレが先に降りて俺の体を支えてくれようとしてくれたが、それは丁重にお断りした。
治療をしてくれる少女の気分を害したくない。
少女に近づき、腰を屈めてこめかみの傷の様子を診てもらう。
「フォレ様に治療してもらったのね……傷跡はないけど、神経に傷が残っている。これだと痛み残っちゃう。ちょっと、待ってね。すぐ済むから」
彼女は杖の先端を俺のこめかみに当てると、手に淡い緑の光を宿す。
光は杖を伝わって先端の翠石に宿り、そしてこめかみへと伝わる。
緑色の光がこめかみを通して、俺の全身を包んでいく。
数秒ほどして光はなくなり、杖を戻した。
「これで痛みは無くなったはずだよ。ついでに全身についた細かな傷と体力を回復しておいたから」
「体力まで? 言われてみれば、たしかに体が軽くなった気がする。この不思議な力。やっぱり、魔法使いだったんだ」
「ん、なんで?」
「いや、見た目から魔法使いかなって思ったから」
「あ、そっか。ちゃんとした自己紹介してなかったね。私はアプフェル=シュトゥルーデル。国立学士館に通う魔導生なの。それであんたは?」
「え~っと、名前は現在行方不明で~」
「あ、そっか。ごめんなさい、記憶が……治癒術じゃ記憶の回復まではできないから、ごめんね」
「いや、謝られるようなことじゃないし。気にしなくてもいいよ」
この調子だと、俺が記憶喪失だと知られるたびに気を使われそうだ。
そのたびに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
この世界の情報を怪しまれずに知るためとはいえ、記憶喪失のふりをしたのは大失敗だったかもしれない。
アプフェルは首を少しだけ傾けて、こちらへ目を向ける。
「あの、名前がないと苦労すると思うから、仮の名をつけておいた方がいいんじゃない?」
「まぁ、たしかに。だけど、いい名前が浮かばないんだよな~」
「だったら、私がつけてあげよっか」
アプフェルは猫耳をピンと張り、口角をちょいと上げて、いたずら猫のような笑みを生む。
さっきまで気遣う様子を見せていたのに、今は軽い口調で俺に名前を付けようとしている。
こいつは気配りできる奴なのか、そうじゃないのか判断がしづらい。
「別にいいけど、なんかペットに名前つける感覚な気がするんだが」
「気のせい、気のせい。こういうのは重く考えちゃ駄目だから」
「それは
「だって、あんたから悲壮感のひの字も漂ってこないんだもん。だから、気遣う方が余計な負担になるかなって思ったんだけど」
「たしかにそうだけど……ま、いいか。じゃあ、なんかいい感じの名前頼むよ」
「わかった、任せておいてっ。え~っと、ガガンガ!」
「却下」
「え~、どうして~? 豪雪地帯に住む、可愛らしさで有名な毛玉の魔物から取ったのに」
「響きが悪い。てか、魔物って……そうか、魔物がいるのかぁ」
「うん、珍しいでしょ。毛玉の魔物って」
「そういう意味で言ったんじゃないけど。とにかく却下な」
「しょうがないなぁ。じゃあ、ツヴェチケンクヌーデル 」
「長いわっ。舌噛むわっ。それじゃ、自分の名前すら覚えられんし発音もできん」
「わがままだな~。んじゃ、ヤツハ」
「ヤツハ……ヤツハか。悪くないな」
「よかった、気に入ってくれたみたいね。この名前は東方にある群島国家『グレナデン』の伝統お菓子の名前なんだ」
「菓子の名前かいっ! あ~、まぁいい。それでいいや」
これ以上、アプフェルに名前を選ばせてもロクな名前が出てこなさそうだ。
ここは妥協しよう。
ま、菓子の名前でも『ヤツハ』という響きは悪くない。どこか日本的でしっくりからな。
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