第8話 ジョウハク国・王都『サンオン』
太陽が右に傾き、空色が赤に染まり始めた頃、ようやく王都とやらが見えてきた。
俺たちは小高い丘の上に立ち、馬上から王都を見下ろす。
「見てください。あれが王都『サンオン』です」
「あれが、でっかっ」
離れた丘の上からなので細かな部分は見れないが、王都の様子は大雑把にこんな感じだ。
真四角の巨大な城壁に囲まれ、中心には水晶のような二つの塔が立っていた。
塔の下部は双方ともに城の様相を見せて、高層部分にある塔の廊下でつながっている。
双子の塔を中心に据え置き、馬鹿みたいに広い舗装された道路が四方に広がり、その道路が都を四等分にしていた。
等分された場所には家らしき建物が埋め尽くしている。
城壁と城以外で、ビルのような高層の建築物は一つ二つと数えるほど。
王都はどこまでも広く、遠くにある家は形すら把握できない。
「ほわぁ~、どんだけ広いの。先が霞んで見える」
「ええ、皆さん、王都を初めて目にすると、その巨大さに感嘆の声を漏らします。かく言う私もそうでしたし」
「だろうね、わかるよ。でも、大丈夫なの?」
「どうかしましたか?」
「いや、城が中心にあって、広い道が四方に広がっているなんて、城壁を破られたら防衛できないじゃん」
「え?」
「もっと、城までの道を複雑にして、曲がり角から先が見えないようにして、伏兵を忍ばせる場所とかない……と……?」
フォレが眉を顰めて、俺を見ている。
だが、見られて当然だ。
こちらの国民の教育水準がどの程度かわからないけど、盗賊やら騎士団やらがいる世界。そんなに高くはないと思う。
それなのに王都の街並みを見て、防衛がどうのって……一般人が口にするなんてありえない。
案の定、フォレが疑問に抱いたことを尋ねてきた。
「もしかして、兵法に関する知識をお持ちで?」
「いえ、そんなことは……なんとなくそう思っただけで」
間違ったことは言っていない。
俺は兵法なんて学んだことがない。
全部、テレビや漫画、ゲームなどからの受け売り。
俺からすれば今の会話は、半端な知識を振りかざした世間話のつもりだった。
そんなにスポーツのことを知らないのに、ピッチャーの層が薄いからとか、センターバックの動きが甘いからなどといったようなもの。
しかし、フォレは疑惑色に瞳を染めたまま首を捻っている。
「記憶がないのに、王都を見て、欠点を口にする……うむ」
「はは、なんでしょうね、まったく。自分でもわかんないっすよ、ははは」
何とか誤魔化せないかと試みるが、フォレは俺の言葉など聞いている様子もなく、自問に耽る。
「たしかに王都の欠点ですが、今の言葉は軍に関係する者やどこかで学んだことのある者ならば、十分に指摘できる程度のもの。ということは……」
「なんでしょう。俺、変な疑いかかってます?」
「え? いえいえ、あなたが何者なのか手掛かりになるのではないかと」
「へ?」
「普通の人であれば王都を見て息を飲むだけですが、戦術的見地からの目線を向けるということは、記憶を失う前はそれらに属する仕事に従事していたのでは、と」
「は~、なるほど」
いい人だ。この人いい人だ~。
まさか、俺の身を案じて頭を悩ませていたとは……んなわけないよな。
身を案じていたことに嘘偽りはないけど、疑っていたのもたしか。
じゃないと、あんな疑惑に塗れた瞳なんて見せないし。
これからは発言する前に一歩間を置かないといけないな。
チラリとフォレに視線を送る。彼は顎に手を当ててこちらを見ている。
俺は彼の視線から逃げるように王都へ目を向けた。
フォレも軽く鼻息を漏らして、王都へ顔を向ける。
「王都は内部の守りを一切考えていません。城壁を破られることは『ジョウハク国』の敗北。いえ、王都まで攻め入られることさえ許されません。絶対的な場所なのです」
誇りと自信に満ち溢れるフォレの顔を横目に俺は、『ここってジョウハクっていう名前の国なんだぁ』と思いながら王都を眺めていた。
丘を下り、馬に揺られ、城門へ到着。
「ここは東門にあたります」
「門……これが、か?」
丘の上から見たときから城壁はかなり高いものだと思っていたが、近づいてみると想像以上のデカさに眩暈を覚えるほどだった。
高さはちょっとしたビルクラス。30メートルはあるんじゃないだろうか。
そんなものが左右にどこまでも伸びている。
外壁は真っ黒で傷一つなく光沢を帯びており、厚みもある。
門の入り口の両脇には、炎の羽を持つ巨大な不死鳥のような華美な像があり、それらの周りには煌びやかな意匠が施されていた。
これらから、文化と技術水準の高さがうかがえる。
よくわからない材質の壁に、この細工。結構、進んだ世界なのか?
門前では大勢の人が行きかっているが、混雑することなく、門は巨大な顎を開けて人々を一飲みで飲み込んでいく。
「凄い。マジで……」
「そうでしょうっ。門は国の顔。訪れる者に威容をもって出迎えなければなりません。世界広しとはいえ、これほどの門を持つ国はジョウハク国をおいて他にないでしょうね!」
素直な俺の感想に、フォレは自分が褒められたかのように胸を張る。
しかし、大変申し訳ないが、彼の気持ちを消沈させる大きな疑問が一つ浮かぶ。
「ねぇ、フォレ」
「なんでしょう?」
「王都は立派で、人も多く、見た感じ国力は充実してそう。なのになんで、王都周辺に盗賊が? 取り締まるだけの力は十分にあるよね?」
「え、え、え~っと、それは~。事情がありまして」
「事情?」
「本来、王都周辺の警備はカルア様率いる警備隊が見回っているのですが、役目を放棄してしまい、そこで私たち王都近衛騎士団が駆り出されたというわけでして」
「え、役目を放棄って……? 何やってるの、そのカルアって人は?」
「敬称をお願いします。特にカルア様は王族に名を連なれており、誇り高いお方ですから」
「王族、誇りねぇ」
権威を笠に着て、無駄にプライドが高いってわけか。
どんな奴か想像できるな。今後は身の安全のために、嫌でも『カルア様』と唱えるとしよう。
「そのカルア様は、なんで役目の放棄を?」
「カルア様は、元は北方を束ねる総司令官でした。しかし、周囲の環境に問題があり、失態を重ね……」
「左遷?」
「……はい」
フォレは感情の籠らない短い言葉を返す。
「なるほど、なんとなくわかった」
左遷させられて、警備隊なんてしょうもない役目を与えられたから、プライドを傷つけれたってわけだ。
そんで、こんな仕事なんかできるかぁってか。
馬鹿だな、そいつは。
さすがに声に出して言うつもりはないが表情には出ていたようで、フォレは俺を見ながら苦笑いを見せている。
俺はもう一度、門へ目を向ける。
(理由はどうあれ、仕事を放棄するような奴が軍の総司令官だったとは……王族だからか? 王都の佇まいは立派だが、中身は伴っていないみたいだな……)
視線をフォレに戻して、騎士団の仕事について尋ねる。
「王都近衛騎士団『アステル』だったかな。普段ならどんな仕事しているの?」
「王都内の警備が主です。王都は四つの区画に分かれて、それぞれの区画に近衛騎士団が存在します……」
フォレから聞いた近衛騎士団の説明はざっくりこんな感じ。
西門を守る、シャルロット=グレーズ率いる『スクラ』近衛騎士団。
北門を守る、ヌスト=デコール率いる『ステビオ』近衛騎士団。
南門を守る、ビッシュ=フィロ率いる『グリチルリ』近衛騎士団。
そして、フォレの所属する、東門を担当のサシオン=コンベル率いる『アステル』近衛騎士団。
どの騎士団も王都内の治安を維持する警察機構のような存在。
各団長の名前や騎士団の名前は覚えれられないので、すぐに忘れると思う。
ま、必要になったら誰かに聞けばいいから問題ない。
今はフォレの所属する『アステル』近衛騎士団と、上司にあたる『サシオン=コンベル』の名前だけ覚えておこう。
「それじゃ、つまり、本来は王都内を守護する役目のフォレたちが、カルア様の尻ぬぐいをしてたってこと?」
「その言い方はちょっと……ですが、周辺警備は警備隊の要請があれば協力することもありますから」
「要請あったの?」
「……こほん、今回のように『ピクル』盗賊団のような名のある盗賊だと、警備隊の手に余ることがあります。これも近衛騎士団の役目のうちですよ」
「ふ~ん。たしかに、あのまとめ役みたいな奴、強かったしな」
身体機能が上がっているのに、全然敵わなかった。
盗賊団にしては相当の強者に違いない。
だけど、フォレは……。
「ふふ、ピクル盗賊団頭目ピクルを相手に、大立ち回りしていたあなたには驚きましたよ」
「あいつ、頭目だったんだ……」
まとめ役が頭目だったことに驚いた。
同時に頭目を逃がすってどうなんだ、と思ったが、包囲網を突破できるくらいピクルは強かったということになるのか。
たしかに、ピクルは俺や他の盗賊と比べて、天と地の差以上の腕前だった。
しかし、軽い笑い声をあげているフォレを見ながら思う。
(そんな奴をあっさり倒したフォレは、どれだけ強いんだろう……)
話もそこそこに切り上げて、門へ近づく。
一人の兵士がフォレの姿に気づき、正面にあるバカでかい出入り口とは別にある、馬車一台が通れるほどの通用門へ案内してくれた。
ではでは、王都の中身を拝見しましょうか。
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