第7話 不思議な引き出し

 草原を南に進み、街道に出て、道なりに西へ向かう。

 俺は馬から落ちないようにフォレの腰を掴み、周りの風景を見回した。

 右側には草原地帯。元いた場所だ。

 左側にも草原が続いているが、奥には森のようなものが見える。


 

 次に街道へ目を向ける。

 街道はレンガやアスファルトで舗装されているはずもなく、むき出しの土。

 しかし、人の足で踏み固めているためか、思ったよりデコボコしていない。

 たまに馬が揺れるが、それは道にできたわだちのため。

 轍は馬車の車輪でできたものと思われる。

 

 

 つまり、馬車が存在するということ。

 今乗っている馬には、鞍がありあぶみもある。

 そこから文明レベルを推察……できるほどの知識はない。

 いつから馬に鞍と鐙が使用されるようになり、いつ馬車が誕生したなんて知るわけがない。

 それにどのみち、一面的な技術を見て文明レベルを測ることなんてできないし。

 

 と、思いつつも、知識の片隅に何かヒントになるようなことないかなっと考える。


(ん~、歴史ゲーや漫画関係だと、三國志の時代には馬車があったな。ヨーロッパの歴史だと古代ローマで戦車競走が行われていたはずだし~、んっ?)


 頭の中で歴史に関する知識をこねくり回していると、不意に思考はくうへ飛んだ。

 景色がぼやけて、代わりに狭間の世界のような真っ暗な場所に投げ出される。

 ただ、あの世界とは違い、俺はしっかりとした透明な地面に立っていた。

 目の前には狭間の世界にはなかった、俺の身の丈の数倍はある巨大な箪笥が存在する。それにはたくさんの引き出しがあった。

 

(なんだ、これは?)


 

 引き出しの上にはプレートがあり、歴史、政治、料理、大人の知識などが並んでいた。

 大人の知識とやらには非常に興味がわくが、ここは歴史の引き出しを開けるべきだ。

 歴史の引き出しはタンスの中腹、右端にある。

 トンっと地面を蹴り上げて、引き出しのもとへ向かう。

 身体は無重力空間にいるかのように軽い。

 いまいち思考がはっきりしないまま、歴史の引き出しを開けて、馬車に関する知識がないか探してみた。


 引き出しの隅に小さく光が見える。

 光に吸い寄せられるように、覗き込む。

 光の中にはテレビを見ている俺がいる。

 そこでは、何かの歴史番組が放送されていた。

 内容は馬車の歴史。


 番組の司会者らしい男が、紀元前2800年の古代メソポタミアの遺跡から馬車の粘土模型が発掘されていると説明している。

 まだ、何かしゃべっているようだったが、俺はこれ以上見ても意味がないと判断して、顔を上げ引き出しを閉めた。

 そうすると、意識が元に戻り、目の前にフォレの背中が映った。



(なんだったんだ、今の? でも、あのテレビには覚えがある。むか~し、よくあの歴史番組をテレビで見てたんだっけ)


 俺は子どものころ、歴史にハマってた時期がある。

 それがこうじて歴史もののゲームをプレイしまくり、歴史漫画ばかり読んでいた。十八史略の小説なんかも読んだりして……途中で断念したけど。

 

 

 それにしても、先ほどの感覚は実に奇妙な感覚。でも、過去に触れたことのある知識だ。

 馬車のことを考えて思い出したのかもしれない。

 途中で無駄と感じたのは、紀元前で馬車が登場しているなら、自動車が登場するまで使われていた馬車では文明レベルを測ることはできないと判断したからだと思う。


(ふむぅ~、不思議なこともあるもんだね。頭を殴れたから、バグってんのか?)

 それはそれで怖い話だが、怖がってもどうしようもないから考えないことにした。

 


 俺の信条は、考えてもわからないことは考えない。

 


 それは、わかんないことを考えてもイラつくだけだし、頭が痛くなるだけだから。

 そんなわけで、これらの出来事はわかった時に考える。

 しかし、頭には別の痛みが走る。


(ッ、頭がっ。ケガのことを思い出したから、痛みまで思い出しちゃったよ)

 魔法のおかげで傷は残っていないっぽいが、痛みは完全に取り除けなかった。

 こめかみを押さえて、小さく呻き声を上げる。

 その声に気づいたフォレが心配して話しかけてきた。



「大丈夫ですか、怪我の様子は?」

「まぁ、ちょっと痛むだけだから」


「申し訳ありません。我々の責任です。盗賊団を完全に包囲していたはずなのに、思った以上に彼らの抵抗が激しく、一部を取り逃がしてしまいましたから」

「じゃあ、あいつらは盗賊の残党ってわけ?」


「ええ。逃がしてしまった罰として、団長が私に馬を使わず治めてこいと。無茶苦茶ですよ」

「たしかに無茶苦茶だな。てゆーか、罰は後にして、捕まえることが優先じゃない? そのせいで俺が襲われたわけだし」

「返す言葉もありません。ですが、あの草原地帯には人家はなく、人里につく前に処理できるはずだったので」


「あ~、言葉返してるじゃん」

「そ、そうですね。今のはお忘れください。騎士とあろう者が、未練がましい真似をしてしまいました」


  軽い返しのつもりだったけど、とても真面目にかしこまるフォレの姿を見て、彼には冗談が過ぎる態度だったと改める。



「あ、ごめん。ちょっと意地悪だったね。おかげで助かったわけだし、ありがとうってことで」

「いえ、あなたの怪我の原因は私たちにあるので……」


 フォレはちらりと俺のこめかみを見て、聞こえない程度のため息をついた。

 自身の失態を呪っている様子。

 でも、たとえ彼らが原因であっても、なんだかんだでフォレは命の恩人。

 落ち込む彼の態度に、俺は申し訳なさを感じてしまう。


 

 このままだと空気が重いので、何か別の話題を振ろうとネタを探してきょろきょろと辺りを見回す。

 すると、タイミングよく前から荷馬車がやってきた。

 荷馬車の手綱を握っていたおっさんがこちらに気づいて、馬車を端に寄せて止まる。

 フォレは荷馬車の前で馬を止めた。


「ご苦労、交易ですか?」

「はい。騎士団の方々が盗賊団を退治したという一報が届き、隣町に荷物を届けることができると思いまして、早速荷物を運んでいる次第です。フォレ様、本当にありがとうございます。これで安心して街道を旅できます」

「いえ、当然の務めなので礼など不要ですよ」



 フォレはおっさんと数度会話を交わし、互いに別れの挨拶をして、再び馬を歩かせ始めた。

 しばらくすると、また別の誰かに出くわし、同じようなやり取りを繰り返す。

 それが両手で収まりきれないくらい続いた。

  

 すれ違う人々の口調から、フォレへの人気がうかがえる。

 若い女性に至ってはフォレに対して熱烈なアピールをしていた。

 同時に俺には、岩も穿つ鋭い視線を向けていたけど……。


 

 街道から人の気配がなくなり、時折そよぐ風の音だけが広がる。

 俺はフォレに今までの人たちのことを尋ねてみた。


「フォレって、人気あるんだね。みんなわざわざ挨拶してくるし」

「いえ、そんな。私が王都の近衛騎士団の副団長だからですよ」

「あ、そういえば、副団長だっけ。お偉いさんなんだよね。フォレって呼び捨てはまずいか。ごめん、フォレ様だね」


「いえいえ、格式ばった敬称は不要ですよ。私は元貧民街の出ですから、本当のことを言うと苦手なんです」

「へぇ~、よくわからんが、大出世か。若くて家柄もないのに……妬まれてそう」

「うっ。そのようなことは……私が至らないばかりに、団長にはご迷惑をお掛けしてばかりで……」


 フォレの頭が少しずつ下がっていく。

 なんだか触れてはいけない話題のようなので、これ以上突っ込むのはやめておこう。

 だけど今ので、ちょっとだけフォレと騎士団の様子が分かった気がする。


 フォレは貧民街出身なのに、たぶん才を買われ大出世。

 家柄の良い連中からは妬まれている。

 しかし、団長とやらが庇ってくれている。

 

 民衆のフォレに対する態度と、フォレの団長に対する態度から、団長は出自で人を判断しない人であり、民を思う悪い人でないことが分かった。

 


 フォレは団長のことを思い、申し訳ない気持ちと尊敬の念が同居する複雑な表情を見せている。

 憂いのある表情……女の目から見れば、それもまた彼の魅力となるのだろうか。

 俺の目から見る限り、イケメンだと思うけど、そういった異性の魅力は感じない。

 感じたら、俺が俺じゃなくなる気がする。


(もし、男の俺が教室の片隅で憂いある表情していても、女子は完全無視だろうなぁ。くそ、イケメンめ。若くて才能あって容姿端麗で性格もよい。そりゃ、妬まれるわ)

 じとっとした目でフォレを睨みつける。

 フォレはその視線に気づいて、目をぱちくりしながら声をかけてくる。



「どうしました、私に何か?」

「いや、フォレって、モテるんだろうなぁって」

「え? そ、そんなことないですよ」

「さっきだって、街道を通ってた女たちにキャーキャー言われてたじゃん」

「いや、その、まいったな」


 フォレは頬をほんのり朱に染めて照れている。

 くさいセリフを平気で吐ける割には女慣れしていない感じ。

 フォレもまた自身の熱を感じた様子で、手綱から片手を放し誤魔化すように頬を軽く伸ばす。

 

 しかし、そのせいで馬の脚が轍に入り、少しだけ揺れてしまった。

「うわっとっ」

 俺はびっくりして、フォレの腰回りを強く抱きしめた。

 するとフォレは、背中をびくりとして固まる。


「フォレ?」

「い、いえ、なんでもないです」


 すっごく慌てている。

 フォレは咳払いをして、落ち着きを取り戻そうとするが、再び馬が揺れた。

 俺も再び、フォレの腰回りに抱き着く。

 フォレはまたもや、背中をびくりとして固まる。


 そのおかしな様子が気になり、後ろから彼を覗き込む。

 表情は冷静を装っているが、顔は真っ赤。


(まさか、抱き着いたから?)

 

 試しに腰に深く手を回して、甘えるように体をぴたりとフォレの背中につける。

 彼は両手に力を籠めて、手綱を強く握りしめる。

 緊張が背中越しからも伝わる。



(抱き着いたくらいで、この反応……こいつはもしかして、童貞?)


 若くてイケメンで良い役職を持ち、モテモテ。いわゆる、勝ち組。

 そうだというのに、まさかの女知らず。


(そっかぁ、こいつも童貞なのかぁ)


 いけ好かないイケメンが自分と同じ童貞かと思うと、急に親近感が湧いてきた。

 もっとも、俺の場合まだ十四歳なので、法的にもあれだし、あまり焦る必要はない……はず。

 しかしフォレは二十歳前後。たぶん、焦っている時期だろう。


(ふむぅ~、イケメンだというのに、可哀そうな人だねぇ。どれ、ちょっぴりサービスしてやるか)


 馬の揺れに合わせて、フォレの腰をぎゅっと抱きしめ艶っぽく寄り添う。

 同胞たるフォレには王都に着くまで、たおやかな乙女の色香をたっぷり楽しんでもらおう。

 まぁ、同胞うんぬんよりも、フォレの反応が面白くてやったという面が大きいんだけどねっ。

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