第6話 いけ好かない王子様と偽のお姫様
まとめ役の男の剣によって、俺は瞳ごと脳を貫かれ命を失うはずだった。
しかし、失ったのはまとめ役の腕。
剣と瞳の間に、誰かが割込み俺を救ってくれたのだ。
死から逃れられた俺は、地面にぺたりと腰を落として、救ってくれた青年を見上げる。
彼は青い重厚な鎧を纏い、背には真っ赤なマント。僅かに襟にかかる程度の紺碧の髪を持つ。
鳶色の大きめの瞳は自信に満ち溢れる輝きを放ち、薄く美しい唇は己への信頼に引き締まっている。
どこか中性的な雰囲気を漂わせるが、それに相反する、剣士としての逞しき体躯。
容姿にはまだ幼さが残り、
絵画に描かれた王子様を彷彿とさせる彼は、持ち手に絢爛な飾りつけのある剣を握り締め、悠然と立ち、俺に視線を向けてニコリと笑顔を見せた。
「見事な立ち回りでしたね。あなたの必死な抵抗が、あなた自身を救う機会を生みました」
「え……はい……」
「とはいえ、ちょっと焦っちゃいましたけど。間に合うかなって。本当ならば、あなたが襲われる前に彼らを処断できていたのですが、団長が走って盗賊たちを追いかけて行けって怒るから」
「走って?」
まさか、この青年は自分の足で、馬に乗っている男たちを追いかけてきたというのだろうか?
しかし、彼は息切れ一つしていない。
馬鹿げた話に俺は彼を見上げ、目を白黒させる。彼は照れ隠しに頭をポリポリと掻きながらこちらを見ている。
その様子からは、普通の若者と同じ雰囲気しか感じない。
だが――。
「いぎぃぃぃぃ、俺の、俺の腕がぁぁぁ。てめぇ、ぶっころしてやるうぅぅぅぅ!」
「ほぉ、腕を失ってなお、抵抗の意思を見せるとは。見事なの胆力。ですが、もとより降伏など認める気はありませんが」
青年はゆらりとまとめ役に体を向けた。
俺の視界には、彼の背中が映る。
ただの背中のはずなのに、俺の額には汗が浮かび、肌は恐怖に粟立つ。
まとめ役たちから受けた殺気とは比べ物にならない気配が、辺りに満ちる。
恐怖に臆したのか、まとめ役はごくりと唾を飲んだ。
飲んだ首は、空へ舞う。
(えっ!?)
驚く間もなく、青年は赤いマントを翻して、残った二人の男の胴を薙いだ。
男二人の視界は横にずれ、上半身が先に地面へ落ち、僅かに遅れて下半身が地面に倒れた。
青年は剣を一振りして血を払い、鞘へ納める。
身体機能が上がっているはずの俺の目をもってしても、彼の動きは全く分からなかった。
(なんて、男だ。化け物だな)
青年は身を翻して、こちらへ近づいてくる。
「もう、大丈夫です。安心してください」
「え、ええ」
穏やかな微笑みからは、先ほどまでの殺気を微塵も感じない。
全くの別人じゃないかと疑いたくなるくらいだ。
しかし、たしかに彼は尋常ならざる動きで、男たちをいとも簡単に切り伏せた。
視線を青年から外して、下卑た笑い声をあげていた男だったモノへ目を向ける。
まとめ役の首は胴から離れ、地面に血だまりを生んでいた。
男二人は身体を二つに分けて、臓物を草原にばら撒いている。
「うぷぅっ」
あまりの惨状に吐き気を覚える。
その様子を気遣ってか、青年は俺の視線を遮るようにマントを広げた。
「申し訳ありません。妖精のように可憐なお嬢さんに、お見せするようなものではありませんでしたね」
「よ、ようせい、か、かれん……」
さらりと歯の浮くようなセリフを吐くこいつに、若干の嫌悪感。
命を助けてもらっておいてなんだが、いけ好かないっ。
少なくとも、地球にいた頃だったら絶対に友達にならないどころか会話すらまともにしない
しかしながら、無視するわけにはいかない。
助けてもらったんだから、礼くらい言わないと。しかも、命の恩人なんだし。
一呼吸を置いて、感謝の意を表すために笑顔で礼を述べる。
だけど、しっかりとしたお礼の言葉なんて滅多にすることがないので、照れくさく、笑顔がはにかんだ感じになってしまった。
「あ、ありがとう」
「あ…………」
青年は小さく言葉を漏らしたかと思うと、俺を見つめたまま、呆けたような態度をとっている。顔は少し、赤みを差している気がする。
「あの、どうしたの?」
「え、いや……いえ、騎士たる者の務めですので、お気になさらずに」
「は、はぁ。騎士、ですか?」
「あ、私としたことが、自己紹介がまだでしたね。私は王都
「これはご丁寧に、俺は……」
途中で名前を飲み込み、思案する。
女姿で、男名を名乗るのはまずい気がする。
それ以前に、相手の名前は西洋風味。日本名だと変に思われるかも。
ここはそれっぽい女性名を考えないと。
本名の
何か、何か、いい感じの名前を思いつかないと。
自分の名前をあれこれ考えていると、それを訝しんでか、フォレと名乗った若者が話しかけてくる。
「どうされました?」
「えっと、名前だよね。え~っと」
名前が全く思いつかずに、こめかみに手を当てた。
そこには男どもから傷つけられた傷があり、痛みで呻き声をあげてしまう。
「あっつっ。頭が……」
だが、その行為が思わぬ功を奏する。
「頭の傷……まさか、あなたは記憶を?」
「え……は、はい、そうです。そうみたいです。だから名前浮かばないっていうか、わかんないみたいな」
別に記憶喪失を演じる必要はないが、ここは乗っかっておこう。
この世界に関する知識はゼロなので、今後のことを考えると記憶がないという設定は好都合かもしれない。
フォレは俺の答えに対して、一瞬だけ目を細め、こちらを覗きみるように首を少し斜めに向けた。
だがすぐに、首を戻して平静なそぶりを見せる。
今の態度は……疑念、だろうか?
しかし、彼からはそのような態度の残影は見えない。瞳には同情の光を宿すのみ。
「……それはお気の毒に。何か思い出せることはありますか? 住んでいた場所やご家族のことなど?」
住んでいた場所・日本。
家族・親父会社員。母パート。
妹一人。
もちろん、そんなこと答えられるわけもない。
「ううん、わかんない」
「そうですか。記憶に関してはどうすることもできませんが、せめて傷だけでも癒しておきましょう」
フォレは地面にへたり込んだままの俺の前で屈み、傷口を覆うように手を当てた。
薄っすらと淡い緑の光が彼の手の平を包む。
光はじんわりと温かく、ゆるりと痛みが引いていく。
「これって、魔法?」
「ええ。ですが、私は治癒術が不得手なので、表面の傷は消せても痛みが残ってしまうと思います。後で知り合いの術者にお願いして治してもらいましょう。彼女なら、傷も疲れも癒してくれますから」
「ご親切にどうも、です」
剣を振るっていた時とは違い、非常に物腰が柔らかで、それでいてぽやっとした感じがする。
とってもお人よし。そんな感じの若者だ。
「よし、大丈夫かな。お手をどうぞ」
「え、あ、どうも、です」
差し出してきた手を握り、引かれるように立ち上がった。
彼の手は剣を扱うためか、見かけによらずごつごつとした手。そこからは力強さと安心感ようなものを感じる。
俺はスカートに付いた土埃や草をはたく。
その様子を見て、ケガの調子は大丈夫だとフォレは判断したようだ。
「では、とりあえず、王都に戻りましょうか」
「王都?」
俺は辺りを見回して、王都とやらを探すが、もちろん草原ばかりでそんな立派そうな都は見当たらない。
首をきょろきょろと振っていると、視線を感じる。フォレのものだ。
フォレは俺を窺うように見ていた。
俺と視線がかち合うと、彼は優しく微笑み、王都がある方向を指す。
「王都はここから南西の方向にあります。まずは、この草原を南側に向かって街道に出ます。そこから道なりに西へ進めば、王都『サンオン』です」
「あ、そうなんだ」
彼が指さす方向を見ながら、俺は何事もなかったように答える。
だが、フォレは油断ならない人物だと心に留め置く。
いま彼は、俺が本当に記憶喪失かどうか試したのだ。
フォレは騎士団という立場の人間。
だから、俺が何らかの恨み、もしくは悪意を持って近づくために、記憶喪失を演じているのではないのかと疑った。
もし、間抜けな記憶喪失者もどきだったならば、王都の言葉に反応して、その方角に目を向けていた。
もちろんそれだけでは、記憶喪失の真贋は図れない。反応自体しない可能性だってある。
おそらく今のは、念のためにカマをかけてみた、といったところだろう。
年若いが、騎士団の副団長を名乗るだけあって、彼は相当に隙のない人物だと見える。
とはいえ、こちらに悪意はないし、彼もまた、俺に対して悪意はないだろうから、それほど気にすることでもないと思うけど。
緊張は一旦収めることにして、王都までの足を尋ねる。
「どうやって王都まで? こいつらの馬、使ってく?」
「そうですね。私はともかく、怪我を負っている女性を歩かせるのは騎士以前に男として問題ですから。あの、乗馬の経験は?」
「乗馬の経験は……たぶんないと思う」
危ないっ、ないとはっきり言いそうになった。
記憶喪失設定は面倒かも……。
「ならば、私の後ろにお座りください」
フォレは颯爽と馬にまたがり、俺へ手を伸ばす。
構図はお姫様に手を差し伸べる王子様。
なんだかなぁ、と思いつつも、彼の手を借りて馬に乗った。
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